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17.心の距離

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 柊一は自宅のバスルームで鏡を見た。顔にガーゼを貼られた情けない姿に苦笑する。
 夏帆の元彼にわざわざ文句を言いに行ったのは失敗だった。喧嘩が強いわけでもないのに、格好つけて出しゃばった結果がこれだ。無駄に怪我をして、京介にまで迷惑をかけてしまった。
(そもそも夏帆ちゃんは京介さんに知られたくないから俺に話したってのに――)

 だけど、こう言ってはなんだが良いこともあった。なかなかあの後京介に連絡する勇気が出なかったけど、今回の件をきっかけにまた会うことができた。
 京介は心配して駆け付けてくれ、迷惑そうな素振りも見せずに自宅まで送ってくれた。彼はまだ自分のことを見限ったわけじゃない――と思いたい。
 しばらくぶりに彼の顔を見て、会えない間自分がいかに寂しかったのかを思い知らされた。今まで付き合って来た女性に対してこんな気持になったことはない。むしろ会えない時間が長いほど密かに胸を撫で下ろしていたくらいなのに――。

 京介の姿を見て柊一はすごくほっとした。
 慣れないことをして怪我を負ったということもあるが、落ち込んでいたし疲れていた。彼が現れて驚いたけど、顔を見た瞬間無性に彼に抱きしめてもらいたい気分になったのだ。
 前回のことを直接謝れたし、週末にまた会う約束もできた。
 京介もあの日のことは気にしないと言ってくれたし、少しずつ時間をかけて慣れていけば良いはず。すぐには無理かもしれないけれど、いずれは男性とできるよう頑張ろう。わからないことは勉強すれば良い。彼と上手くいかないと決めつけるのはまだ早い。

 そしてその週末は借りていたTシャツと、お詫びのワインを持って京介の部屋を訪れた。事前に男性とベッドを共にする方法を調べたし、心構えも前よりはある。
 京介は以前と変わらぬ笑顔で迎えてくれ、ひとまず安堵した。数週間分見られずに溜まっていたドラマの続きを見て、ビールを飲んだ。彼は相変わらず優しく紳士的だった。

 だけど、何となく前と違うことを柊一は感じ取っていた。
 今までなら酒を飲むと彼はもう少し砕けた調子で話しかけてくれたし、何よりもっと甘えてくれていた。だけど、その夜は全然そんな雰囲気じゃなくて肩透かしを食らった気さえした。
(何だかよそよそしいな……)

 結局その晩覚悟したようなことは何も無く、クリーニング済みのシャツを受け取り終電前に帰った。
 彼はもう少しゆっくりと二人の関係を進めていくつもりなのかもしれない。柊一は少し焦る気持ちを抑えてそう思うことにした。しかし、自分が前回セックスを拒んだから彼の態度が変わったのかもしれないという疑念が浮かんで消えなかった。
 
 その後何度か京介と会って、外食したり映画を見たりスポーツ観戦もした。これまでと変わらず、良く言えばデートを楽しむカップルのようであり、悪く言えばただの友人のような関係――。彼の方から柊一に触れることは無かった。
 自分としてはもう少し距離を近付けられるようにしたいと思っていて、夏帆に相談もした。しかし「お兄ちゃんは遠慮してるはずだからとにかく押してみて」と言われるのみ。

 柊一は男性相手に恋愛をしたことがない。だから、押すと言ってもどうしたら良いかわからなかった。先日の失態を思えば、自分から進んでキスしようとは思えない。かといって、男性を上手く誘う方法など夏帆に尋られるはずもなかった。

「はぁ……。どうしたらいいんだ?」

 その後も一緒にいる時間は減っていないのに、彼のよそよそしさはむしろ増していくのだった。
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