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3.お兄さんとの出会い
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とうとう彼女と約束した日がやって来た。
逃げたいけれど、こういう約束をすっぽかせるほど柊一は不真面目ではない。
指定された店には柊一が一番最初に到着した。柊一が優柔不断で店を決めるのが苦手だとこの前話したから、予約は夏帆がしてくれていた。
東京タワーが見えるホテルのレストランで、広々としたテラスにソファ席が設置してある。開放的で洗練された雰囲気だ。彼女気が利いてるな――と思いながらキョロキョロしていたら、当の本人が現れた。後ろに背の高い男性がいるから、おそらくあれがお兄さんだろう。柊一は立ち上がって二人を迎えた。
「あ、浅見くん! お待たせしました」
「こんばんは。俺も今来た所だよ」
「こちら兄の京介です。お兄ちゃん、こちらが浅見柊一くん」
「はじめまして」
笑顔でさっと右手を出されて咄嗟に握手した。男の柊一から見てもはっとする程のイケメンで、動作もスマート。いかにも大人の男という感じだ。
(勝手にタトゥーだらけの怖い人想像してすみません……)
黒く艶のある髪の毛に顔立ちは正統派の美形。スーツはたぶん柊一が着ているものとは値段が一桁違うだろう。
(なんだよ、俺なんかとは住む世界が違う人じゃん――もう帰りたいよ……)
「さ、二人とも見惚れてないで座って何か飲もうよ」
柊一が呆然としている間に彼女は先に座ってメニューを見始めていた。
「あ、ごめん」
慌てて彼女の向かいに座る。その横に兄の京介が座った。
第一印象ではとっつきにくそうに見えたけど、京介は喋ってみると気さくな人物だった。
「柊一くんごめんね、うちの妹強引で。合コンで会った女の子にいきなりゲイの兄なんて紹介されたら引くよね」
「あ、いえそんなことは……全然」
「いいんだ、気を遣わないでくれ。そう思うのが普通だからね」
そう言って彼は白い歯を見せた。すごく大人に見えたけど、年齢は三つ上の三十四歳。話してみると仕事も共通点があった。柊一は製薬会社の営業職だが、京介は医療機器メーカーの専務取締役。彼の伯父の会社らしく、夏帆もそこで経理として働いているそうだ。扱っているものに違いはあれど、医療に関わる職種というのは同じだった。しかも何箇所かは同じ病院に出入りしていることもわかった。
その他にもお互いに妹がいることや、サッカー観戦の趣味など共通点もあって会話は弾んだ。夏帆も楽しそうだったし、気づけばあっという間に二時間以上経っていた。
次の予約があるためそろそろ席を空けるようにやんわりと店員に促され席を立つ。はじめは早く終わって帰りたいと思っていたのに、柊一はこの時点で名残惜しいとすら感じていた。
「いきなり誘っちゃってごめんね! でも盛り上がってよかった。じゃあ、私は地下鉄だから。お兄ちゃん車でしょ? 柊一くんのこと送ってあげてね。じゃ!」
彼女はそう言うが、実の妹を差し置いて送ってもらうのは申し訳ない。「夏帆ちゃんが送ってもらったら?」とこちらが言うと、彼女は「私これから友達ともうひと飲みするから。じゃーね!」と手を振って地下鉄の方へ歩いて行った。
「あ、ありがとう……」
京介は柊一と夏帆のやりとりを見てため息をついた。
「まったく、相変わらず勝手でせっかちなヤツだな」
元気で決断力があって思いやりもあって、やっぱり好みの女性なんだけど――そんな風に思った柊一に彼が言う。
「車回すよ。その辺りで待ってて」
「え、あっ……俺も地下鉄で帰れますから!」
「遠慮しないで。ドライブがてら送ってくから付き合ってよ」
「あ……待っ――」
足早に遠ざかる背中を見て、せっかちで強引なところが兄妹そっくりだと柊一は思った。そして、それが不思議と嫌ではないのだった。
逃げたいけれど、こういう約束をすっぽかせるほど柊一は不真面目ではない。
指定された店には柊一が一番最初に到着した。柊一が優柔不断で店を決めるのが苦手だとこの前話したから、予約は夏帆がしてくれていた。
東京タワーが見えるホテルのレストランで、広々としたテラスにソファ席が設置してある。開放的で洗練された雰囲気だ。彼女気が利いてるな――と思いながらキョロキョロしていたら、当の本人が現れた。後ろに背の高い男性がいるから、おそらくあれがお兄さんだろう。柊一は立ち上がって二人を迎えた。
「あ、浅見くん! お待たせしました」
「こんばんは。俺も今来た所だよ」
「こちら兄の京介です。お兄ちゃん、こちらが浅見柊一くん」
「はじめまして」
笑顔でさっと右手を出されて咄嗟に握手した。男の柊一から見てもはっとする程のイケメンで、動作もスマート。いかにも大人の男という感じだ。
(勝手にタトゥーだらけの怖い人想像してすみません……)
黒く艶のある髪の毛に顔立ちは正統派の美形。スーツはたぶん柊一が着ているものとは値段が一桁違うだろう。
(なんだよ、俺なんかとは住む世界が違う人じゃん――もう帰りたいよ……)
「さ、二人とも見惚れてないで座って何か飲もうよ」
柊一が呆然としている間に彼女は先に座ってメニューを見始めていた。
「あ、ごめん」
慌てて彼女の向かいに座る。その横に兄の京介が座った。
第一印象ではとっつきにくそうに見えたけど、京介は喋ってみると気さくな人物だった。
「柊一くんごめんね、うちの妹強引で。合コンで会った女の子にいきなりゲイの兄なんて紹介されたら引くよね」
「あ、いえそんなことは……全然」
「いいんだ、気を遣わないでくれ。そう思うのが普通だからね」
そう言って彼は白い歯を見せた。すごく大人に見えたけど、年齢は三つ上の三十四歳。話してみると仕事も共通点があった。柊一は製薬会社の営業職だが、京介は医療機器メーカーの専務取締役。彼の伯父の会社らしく、夏帆もそこで経理として働いているそうだ。扱っているものに違いはあれど、医療に関わる職種というのは同じだった。しかも何箇所かは同じ病院に出入りしていることもわかった。
その他にもお互いに妹がいることや、サッカー観戦の趣味など共通点もあって会話は弾んだ。夏帆も楽しそうだったし、気づけばあっという間に二時間以上経っていた。
次の予約があるためそろそろ席を空けるようにやんわりと店員に促され席を立つ。はじめは早く終わって帰りたいと思っていたのに、柊一はこの時点で名残惜しいとすら感じていた。
「いきなり誘っちゃってごめんね! でも盛り上がってよかった。じゃあ、私は地下鉄だから。お兄ちゃん車でしょ? 柊一くんのこと送ってあげてね。じゃ!」
彼女はそう言うが、実の妹を差し置いて送ってもらうのは申し訳ない。「夏帆ちゃんが送ってもらったら?」とこちらが言うと、彼女は「私これから友達ともうひと飲みするから。じゃーね!」と手を振って地下鉄の方へ歩いて行った。
「あ、ありがとう……」
京介は柊一と夏帆のやりとりを見てため息をついた。
「まったく、相変わらず勝手でせっかちなヤツだな」
元気で決断力があって思いやりもあって、やっぱり好みの女性なんだけど――そんな風に思った柊一に彼が言う。
「車回すよ。その辺りで待ってて」
「え、あっ……俺も地下鉄で帰れますから!」
「遠慮しないで。ドライブがてら送ってくから付き合ってよ」
「あ……待っ――」
足早に遠ざかる背中を見て、せっかちで強引なところが兄妹そっくりだと柊一は思った。そして、それが不思議と嫌ではないのだった。
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