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親戚のお兄さん(3)
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「おい、隆之介。おーい。映画もう終わったぞ」
ソファで肘をつきながらテレビ画面を見ていたら、隣に座っている友人の 和真が目の前でヒラヒラと手を振った。
「ん……? ああそうか」
「あのなぁ、お前が見たいって言うからこれにしたんだろ。全然ちゃんと見てねーじゃん」
「悪い。考え事してて……」
「んだよ。俺はお前が最近元気ないから家に呼んでやってるのに理由も話さないし」
澄人と海に行ってからもう三週間経つ。その後何度か誘っても澄人は会ってくれなかった。俺は友人に尋ねる。
「なぁ、相手誘って何回断られたら脈無しだと思う?」
「はぁ……? なんだよ急に。普通一回断られた時リスケしてくんなかったら終わりだろ」
――だよな。俺もそう思ってた。
「なんだよ。この前浮かれて話してきた年上の彼氏に距離置かれてんの?」
「彼氏じゃない。まだ付き合ってない」
「え? 付き合ってなかったの!? だってほぼ毎週会ってたんだよな」
和真が目を丸くしたのも無理はない。俺がこれまで誰かと付き合うまでにこんなに時間をかけたことなんて無いから。
それに俺だってほとんど付き合ってるつもりだった。年の差もあるし、澄人があまり恋愛慣れしてないみたいだったから慎重に進めようと思っただけだ。俺なりに大事にして、誠意をもって接してたつもりだったのに――。
「この前海に行って」
「ああ。そう言ってたよな。喜んでたんだろ?」
「まぁな。それで家の前まで送って、別れ際に顔見てたら我慢できなくなってちょっと強引にキスしたら……それ以来会ってくれなくなった」
和真はまた目を見開いた。そして失礼なことに吹き出してそのまま笑い始めた。
「おい。笑い事じゃないぞ」
「あはは、いや、ごめん。隆之介でもそんなことあるんだなって」
ひとしきり笑った後和真は真顔になって言う。
「脈なしじゃん」
「やめろ」
「だって、キスした後会ってくんないんだろ?」
「軽くしただけだぞ」
「そういうことじゃないだろ。元から恋愛対象として見られてなかったんじゃね?」
「そんなことない。あの甘い匂いは絶対俺に気がある」
むきになる俺に、和真はやれやれとため息をついた。
「俺はベータだからその匂いがどうとかわかんないけどさ~。キスしてダメなら次行こうぜ」
彼がポンと俺の肩を叩く。
「な? お前は男でも女でもいけるじゃん。世の中に他にいい女もいい男もたくさんいるって」
「……違うんだよ」
「え? 何が」
「スミくんは他の人とは違うんだよ。俺はもう、スミくんじゃないと――」
その時テーブルに置いてあったスマホが震えてカタカタと音がした。
――うるさいな、今は大事な話をしてるんだよ。
電源を切ろうとして着信の相手の名前が目にとまる。
スミくんから……?
俺は慌てて電話に出た。
「もしもし、スミくん?」
『あ……隆之介くん……』
「どうしたんだ? 声が聞こえにくいんだけど」
スミくんは荒い息づかいで、掠れるような声だった。
まさか外でヒートの発作を起こしたのか?
『ごめ……苦しくて、息……隆之介くんに来てほしい……』
「え、待って。救急車は呼ばなくていいの?」
『それは、大丈夫……』
「わかったすぐ行く! 今どこ?」
場所を聞いて通話を切った。
「和真、車貸してくれ」
「いいけど……大丈夫?」
「わからない。とにかく行ってくる。あとで電話する!」
キーを借りて慌ただしく外に出た。
◇
電話で聞いた居場所のすぐ近くに車を停め、走ってそこへ向かう。
近くなるにつれ、少しずつ澄人の匂いがしてきた。
「いた」
遊歩道を進んで行くと、青白い顔の澄人がベンチに座っている。
「スミくん!」
声を掛けると澄人が立ち上がってよろよろとこちらへ来た。そして驚いたことに突然抱きついてきた。
「スミくん、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……」
苦しくて答えられないみたいで、彼の息づかいだけが聞こえた。俺は背中を撫でてやることしかできなかった。
そうしているうちに、やがて呼吸はゆるやかに落ち着いてきた。俺も少しホッとする。そこで澄人は初めて俺にしがみついてると気づいたみたいで、こちらを見上げて赤い顔で言った。
「ごめん、息出来なくなって」
「もう大丈夫?」
「うん。ありがとう、急に呼び出してごめん」
澄人は腕の中から抜け出そうと身じろぎしたが、俺は少し意地悪したくなって気付かぬふりで腕に力を込めた。
「いいんだよ。でも驚いた。今日は会えないんじゃなかったの? 俺、友達と遊んでたのに」
「あ、ごめん……。本当にごめん! 僕、母に用事を頼まれて……それで途中で具合悪くなって――」
会うのを焦らされたせいで恨み言を言いたくなってしまったが、少しやりすぎた。澄人が本気で恐縮してしまったのを見て俺は腕を離した。
「冗談だよ。心配したけど、本当は電話してくれたの嬉しかった」
「隆之介くん……本当にごめんね」
俺はもう一度彼を抱きしめた。
「具合悪い時はいつだって俺に電話して。どこでも駆けつけるから。でも本当に大丈夫? 一応病院へ行く?」
「ううん、もう大丈夫。今日マスクするの忘れて来ちゃっただけなんだ」
そういえば俺がいないのに澄人はマスクをしていなかった。俺はベンチに置かれた澄人の荷物を持つ。
「スミくん、これ運ぶね。家に送ればいい?」
「ありがとう」
車に乗り澄人の自宅に向かいながら俺はずっと聞きたかったことを尋ねた。
「スミくん、外ではいつもマスクしてるよね。昔匂いで嫌なことがあったって前に言ってたけど、詳しく聞いちゃだめ?」
澄人は俺の顔を見て静かに頷いた。
「うん、迷惑かけちゃったし……話すね。だけど――」
彼は少し迷ってからこう言った。
「お願いがあるんだけど、荷物を置いたあと隆之介くんの家に行って話してもいいかな?」
「もちろんいいよ。でもなんで?」
「……変だと思わないでね。僕、隆之介くんの家に行くとなんだか安心するんだ。嫌なことを忘れられるっていうか」
こんなこと初めて聞いた。それと同時に、自分の家をそんなふうに思ってくれてるなんて無性に嬉しくなる。
「わかった、行こう」
ソファで肘をつきながらテレビ画面を見ていたら、隣に座っている友人の 和真が目の前でヒラヒラと手を振った。
「ん……? ああそうか」
「あのなぁ、お前が見たいって言うからこれにしたんだろ。全然ちゃんと見てねーじゃん」
「悪い。考え事してて……」
「んだよ。俺はお前が最近元気ないから家に呼んでやってるのに理由も話さないし」
澄人と海に行ってからもう三週間経つ。その後何度か誘っても澄人は会ってくれなかった。俺は友人に尋ねる。
「なぁ、相手誘って何回断られたら脈無しだと思う?」
「はぁ……? なんだよ急に。普通一回断られた時リスケしてくんなかったら終わりだろ」
――だよな。俺もそう思ってた。
「なんだよ。この前浮かれて話してきた年上の彼氏に距離置かれてんの?」
「彼氏じゃない。まだ付き合ってない」
「え? 付き合ってなかったの!? だってほぼ毎週会ってたんだよな」
和真が目を丸くしたのも無理はない。俺がこれまで誰かと付き合うまでにこんなに時間をかけたことなんて無いから。
それに俺だってほとんど付き合ってるつもりだった。年の差もあるし、澄人があまり恋愛慣れしてないみたいだったから慎重に進めようと思っただけだ。俺なりに大事にして、誠意をもって接してたつもりだったのに――。
「この前海に行って」
「ああ。そう言ってたよな。喜んでたんだろ?」
「まぁな。それで家の前まで送って、別れ際に顔見てたら我慢できなくなってちょっと強引にキスしたら……それ以来会ってくれなくなった」
和真はまた目を見開いた。そして失礼なことに吹き出してそのまま笑い始めた。
「おい。笑い事じゃないぞ」
「あはは、いや、ごめん。隆之介でもそんなことあるんだなって」
ひとしきり笑った後和真は真顔になって言う。
「脈なしじゃん」
「やめろ」
「だって、キスした後会ってくんないんだろ?」
「軽くしただけだぞ」
「そういうことじゃないだろ。元から恋愛対象として見られてなかったんじゃね?」
「そんなことない。あの甘い匂いは絶対俺に気がある」
むきになる俺に、和真はやれやれとため息をついた。
「俺はベータだからその匂いがどうとかわかんないけどさ~。キスしてダメなら次行こうぜ」
彼がポンと俺の肩を叩く。
「な? お前は男でも女でもいけるじゃん。世の中に他にいい女もいい男もたくさんいるって」
「……違うんだよ」
「え? 何が」
「スミくんは他の人とは違うんだよ。俺はもう、スミくんじゃないと――」
その時テーブルに置いてあったスマホが震えてカタカタと音がした。
――うるさいな、今は大事な話をしてるんだよ。
電源を切ろうとして着信の相手の名前が目にとまる。
スミくんから……?
俺は慌てて電話に出た。
「もしもし、スミくん?」
『あ……隆之介くん……』
「どうしたんだ? 声が聞こえにくいんだけど」
スミくんは荒い息づかいで、掠れるような声だった。
まさか外でヒートの発作を起こしたのか?
『ごめ……苦しくて、息……隆之介くんに来てほしい……』
「え、待って。救急車は呼ばなくていいの?」
『それは、大丈夫……』
「わかったすぐ行く! 今どこ?」
場所を聞いて通話を切った。
「和真、車貸してくれ」
「いいけど……大丈夫?」
「わからない。とにかく行ってくる。あとで電話する!」
キーを借りて慌ただしく外に出た。
◇
電話で聞いた居場所のすぐ近くに車を停め、走ってそこへ向かう。
近くなるにつれ、少しずつ澄人の匂いがしてきた。
「いた」
遊歩道を進んで行くと、青白い顔の澄人がベンチに座っている。
「スミくん!」
声を掛けると澄人が立ち上がってよろよろとこちらへ来た。そして驚いたことに突然抱きついてきた。
「スミくん、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……」
苦しくて答えられないみたいで、彼の息づかいだけが聞こえた。俺は背中を撫でてやることしかできなかった。
そうしているうちに、やがて呼吸はゆるやかに落ち着いてきた。俺も少しホッとする。そこで澄人は初めて俺にしがみついてると気づいたみたいで、こちらを見上げて赤い顔で言った。
「ごめん、息出来なくなって」
「もう大丈夫?」
「うん。ありがとう、急に呼び出してごめん」
澄人は腕の中から抜け出そうと身じろぎしたが、俺は少し意地悪したくなって気付かぬふりで腕に力を込めた。
「いいんだよ。でも驚いた。今日は会えないんじゃなかったの? 俺、友達と遊んでたのに」
「あ、ごめん……。本当にごめん! 僕、母に用事を頼まれて……それで途中で具合悪くなって――」
会うのを焦らされたせいで恨み言を言いたくなってしまったが、少しやりすぎた。澄人が本気で恐縮してしまったのを見て俺は腕を離した。
「冗談だよ。心配したけど、本当は電話してくれたの嬉しかった」
「隆之介くん……本当にごめんね」
俺はもう一度彼を抱きしめた。
「具合悪い時はいつだって俺に電話して。どこでも駆けつけるから。でも本当に大丈夫? 一応病院へ行く?」
「ううん、もう大丈夫。今日マスクするの忘れて来ちゃっただけなんだ」
そういえば俺がいないのに澄人はマスクをしていなかった。俺はベンチに置かれた澄人の荷物を持つ。
「スミくん、これ運ぶね。家に送ればいい?」
「ありがとう」
車に乗り澄人の自宅に向かいながら俺はずっと聞きたかったことを尋ねた。
「スミくん、外ではいつもマスクしてるよね。昔匂いで嫌なことがあったって前に言ってたけど、詳しく聞いちゃだめ?」
澄人は俺の顔を見て静かに頷いた。
「うん、迷惑かけちゃったし……話すね。だけど――」
彼は少し迷ってからこう言った。
「お願いがあるんだけど、荷物を置いたあと隆之介くんの家に行って話してもいいかな?」
「もちろんいいよ。でもなんで?」
「……変だと思わないでね。僕、隆之介くんの家に行くとなんだか安心するんだ。嫌なことを忘れられるっていうか」
こんなこと初めて聞いた。それと同時に、自分の家をそんなふうに思ってくれてるなんて無性に嬉しくなる。
「わかった、行こう」
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