【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta

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勘違いの初恋(7)

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 僕は玄関のドアに鍵をかけ、急いでバスルームに駆け込んだ。
 リビングを通る時母が「ご飯食べる?」と尋ねてきたが、断って風呂に行くと答えた。

 冷たいシャワーを頭からかぶったらようやく少し落ち着いてきた。湯船に浸かり、さっきのことを思い返す。

 隆之介に海へ連れて行ってもらった帰り、寝るまいと思ったのに気づいたら寝てしまっていた。
 夢の中で僕は良い香りに包まれながら彼の隣で海に夕陽が落ちるのを見ていた。隆之介が甘えるみたいに僕の肩に頭を乗せたので、髪の毛が顎に触れてくすぐったいなと思ったところで目が覚めた。

 するとそこは車内で、首の辺りには実際隆之介の頭があり髪の毛が僕の顎先に触れていた。
 寝起きにいきなり至近距離で好きな人に微笑まれるなんて心臓に悪い。しかもその後彼はキスしたいと言って――。

 指で唇をなぞる。初めてのキスが隆之介とだなんて、寝起きでぼんやりしてなかったら緊張でまたパニックになっていたかもしれない。
――心構えも無いまま彼の唇が柔らかく触れて……それにあの匂いときたら。僕は頭に血が昇って、もっとしたいなんて思ってしまった。
 ふとその時の甘い香りが浴室内に漂った気がして逃げるように湯船に顔をつけた。あの時僕は相手を誘うためのフェロモンを無意識のうちに出していたかもしれない。
 頭が混乱している。どれが夢でどれが現実なのか……なんで急にキスされた? 僕もなんで断らなかったんだ?
 いや、好きな人にキスは嫌かと聞かれて嫌だなんて言えるわけない。でも、僕は彼を好きだけど……彼は僕のことなんてただの親戚のお兄さんとしか思ってないはずなのに――。

 湯につけていた顔を上げて水滴を拭う。
 別に彼にとって大した意味はないのかも。海に行って、なんとなく良い雰囲気になったからキスした――という若者のノリ……?
 隆之介と親しくなるにつれ段々昔のように距離感が近くなってきていた。肩を組まれたり、背中や腰に手を添えられるくらいだから本来なんてことはない。だけど僕はそれだけでドキドキしてしまう自分が嫌だった。彼のことが好きだと気づいてから、意識しすぎなのだ。

「ダメだ、勘違いするなよ僕」

 パンパンと両手で自分の頬を叩く。自分が隆之介にとって特別だなんて思い上がっちゃダメだ。ましてや年下の親戚をオメガのフェロモンで誘うなんて、あり得ない。
 冷静になるまでしばらく隆之介と会うのは控えたほうが良いかもしれない。





 僕はそれから隆之介の誘いを断るようになり、また週末は家で過ごすことが増えた。するとそれを敏感に察知した母が言う。

「ねーえ。今週も隆之介くんとお出掛けしないの?」
「しないよ」
「ケンカでもした? 前はよく遊んでたのに」
 
 本当は今日も遊びに行こうと誘われていたけど断ったところだった。母は何も悪くないのに、心配そうな様子が今はなんだかうっとうしく感じてしまう。こんなこと今までなかったのに……。

「ケンカなんてしてない。隆之介くんだって忙しいんだよ。模試とか、講習とかあるみたいだし」
「ふーん、そうなのね」

 僕の苦し紛れの言い訳を母は信じたのかどうかわからない。ただ彼女は明るい声で言った。

「じゃあ、暇ならお使い頼んで良いかしら?」

 隆之介と会わなくなった途端にすることもなくなった僕は、母の頼みを聞いて買い物に出掛けた。
 
「フルーツの詰め合わせはこれでよし。あとは、お花か」

 僕は母に指定された花屋でアレンジメントを頼んだ。担当してくれたのは三十代くらいの男性店員で、なかなか手際も良くセンスの良いアレンジをしてくれた。

「こちらでよろしいですか?」
「あ、はい」
「では五千円頂戴します」

 支払いをしてフラワーバスケットを手に店を出ようとしたとき、店員に引き止められた。

「あの! 違ったらすみません、もしかして小島くん?」  

  突然名前を呼ばれて動揺する。

「はい。そうですが……?」
「ああやっぱり。俺、中学校の時同じクラスだった渡辺だよ。久しぶりだなぁ」
「渡辺……くん……?」

 そこで気がついた。ここ最近隆之介と一緒ならマスク無しで外出できるようになっていたので、今日は一人なのにマスクを付けるのを忘れていたのだ。相手と自分を遮るものが何もない――そのことを認識した途端に不安が押し寄せてきた。
――よりによって嫌な思い出しかない中学生時代の同級生に会うなんて。
 


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