【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta

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勘違いの初恋(1)

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 僕は小島澄人、二十九歳のオメガ男性。フェロモンに体が過剰に反応してしまうタイプで、よくある悲惨な学校生活を送った経験を持つオメガの一人だ。
 それでも大人になるにつれて薬で体調をコントロールできるようになり、最近は父と兄が経営している歯科クリニックで受付の仕事をさせてもらって普通に生活している。

 そんなある日、僕は父と兄が親戚の家にお祝いを持っていくのに付き添うことになった。
 子供の頃はその家――山岸家にお正月やお盆などの際、親戚の集まりで度々訪れていた。だけど、ある出来事があってから僕は山岸家には行けなくなっていたのだった。もうかれこれ十年以上ぶりに山岸家を訪れたことになる。
 久々に足を踏み入れた家は当時のままで、昔ながらの木造平屋建ての東側に美しい庭園が広がっていた。
――やっぱり、いい匂いだな……。
 昔から、この家に入るといつもなんとも言えずいい香りがした。開け放たれた縁側から入り込む夏の匂いなのかもしれない。ただ、その香りは季節を問わず年中感じられるのだ。
 それで僕はその香りがもしかするとこの家の長男山岸総太郎やまぎしそうたろうのものではないかと考えるようになった。

 当時、僕は五歳年上の彼に密かに憧れを抱いていた。学校で同年代の生徒たちからいじめを受けていた時期でもあり、聡明で冷たい雰囲気の総太郎は皆と違って見えたのだ。
 少し年上の同性に憧れるなんてよくあることだ。だけど、その当時僕が総太郎に抱いていた気持ちが単なる憧れなのか、そこに少しも恋心が含まれていなかったのか、はっきり断言はできない。

 とはいえ総太郎が長年付き合っていた女性と三年前に結婚した時、僕は何も感じなかった。今日ここを訪れたのも彼の父に仕事関係の依頼があったのと同時に、総太郎に第一子が産まれたのでそのお祝いを持参するためだった。
 そして今こうして彼の家を訪れ、仕事で不在の彼の代わりに出迎えてくれた奥さんを見ても、感じるのは祝福の気持ちだけだった。
――やっぱりあれは恋とは違ったのかもしれない……。
 僕はフェロモンに敏感に反応してしまうタイプのオメガだけれど、この家の匂いはむしろ気分が落ち着くものだ。それに、総太郎の性別はベータだ。いい匂いがするからといって彼に惹かれていると考えるのは安直だったかもしれない。
 しばらく彼の父や奥さんと話した後、僕はお手洗いを借りた。応接間に戻るため鳥の鳴き声の聞こえる縁側を歩いていると、さっきよりも濃い匂いを感じて立ち止まる。

「庭の木や花の匂いなのかな」

 大きく息を吸い込んで廊下の角を曲がると、背の高い青年と出くわした。僕が驚いて固まっているところに、彼が礼儀正しく「こんにちは」と頭を下げた。

「あ……こんにちは」

 総太郎に似て端正な顔立ちだけど、この青年の目元の方が柔らかい印象だ。そして、見上げるほど背が高くスポーツでもやっているのか、がっしりした体つきだった。ブラウンにカラーリングしたフェザーマッシュヘアが昔と違う雰囲気を与えているけれど、彼の顔には見覚えがあった。

「もしかして、隆之介りゅうのすけくん?」
「あ、はい。どこかでお会いしてましたか?」

 突然名前を呼ばれて目を見開いた彼は、僕を見下ろすほどの長身でありながら不思議と幼く見えた。やはり、総太郎の弟の隆之介だ。最後に会った時、彼は小学生だったからあまりに大きくなっていて驚かされる。そして僕が名乗ると、彼は記憶を辿るようにしてつぶやいた。

「……もしかして、スミくん……?」

 彼が僕の名を呼んだ時、懐かしさでいっぱいになった。僕のことをこうやって呼ぶのは彼だけだったと思い出す。十年以上ぶりに呼ばれて嬉しくなり、この空間に漂ういい匂いも相まって妙にハイになってしまった。僕はここに来た経緯を熱に浮かされたように早口でまくしたてた。

「今日は父と兄が隆之介くんのお父さんに用事があってお邪魔してたんだ。君は講義があるって聞いてたから会えないと思ったんだけど……あ……」

 ペラペラと喋っていて自分で気づいた。そう、ここに来なくなったのは総太郎への憧れが理由ではない。目の前の隆之介こそ、その原因の一つだったのだ。
――会いたかったけど、避けていたんだった。今日も大学へ行っていると聞いたからここへ来たのに……。

 心臓がバクバクして、自分が普通じゃないと気づいたときには床にへたりこんでいた。それを見た彼が「横になれる場所に連れてく」と声を掛けて僕を抱き上げた。
 記憶の中では自分より小さかった彼に軽々と持ち上げられてショックだった。十年以上経った今、立場は完全に逆転したのだと思い知らされる。
 彼はアルファだ。
 オメガである僕とは真逆の存在。この世でどうあがいても対等になることができない相手――。

 彼は誰もいない部屋のソファに僕を下ろすと、オメガの発作であると察したようで「人を呼んでくる」と立ち去ろうとした。それを見て無意識のうちに彼の手を掴んでいた。

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