上 下
2 / 40

呪われた惨めな人生

しおりを挟む
僕は資産家の長男として生まれ、何不自由なく暮らしてきた。エスカレーター式の私立学校に通わせてもらい、医大へ進学。研修医を経て病院勤務の後、昨年精神科のクリニックを開業した。

31歳での開業は一般的な医師としてはかなり早い。研修医や勤務医は時間も無ければ金も無いのが普通で、開業の準備が出来るようになるのにはもう少し時間がかかるものだ。
しかし、僕の場合は資金や経営について考えなくても良いので早期の開業が可能だった。
というのも、僕の患っている特殊な病気のために早く厄介払いしたかった父が金を出してくれたのだ。
そんなわけで僕は実家を出て、クリニックからほど近いマンションで一人暮らしをしている。

こうしてみると表向きは順風満帆と見えるかもしれない。
でも実際は惨めな人生だ。

西園寺家の長男として生まれた僕は、本来ならば西園寺家の次期当主として育てられるはずだった。
しかし、僕には生まれつき右側の脇腹にあざがあった。赤い、蝶々のような形の小さな痣だ。
母は出産後息子の肌にこの痣を見つけて泣いた。息子の明るい未来への道が既に閉ざされたことを悟ったからだ。

西園寺家の女性に代々伝わる呪われた痣のことは、一族の間でも一部の人間にだけ知らされていた。
その痣がある者は淫らで、男を誘惑して意のままにすると言われて忌み嫌われてきた。
実際に発作的に見境なく男を求めるという行動に出る者は多く、人間関係においてトラブルを起こすこともしばしばだったのだ。一族の人間がそのような不祥事を起こす度に、相手に示談金を払ったり事件をもみ消すなどの手間が生じる。そのような理由から、痣の出た女は一族の中で「病持ち」として疎まれていたのだ。
僕の母も、右側の鎖骨に痣があった。
そして母はこの呪いに苦しんだ末に若くして亡くなっている。

僕の両親は従兄妹同士だった。父は最初は僕の母ではなく別の女性と結婚した。母は従兄妹同士であることを理由にずっと父の求愛を拒否していたからだ。しかし、父は母のことを諦めきれずに一度は別の女性と結婚しながらも離婚し、強引に母をめとった。元妻だった女性は勿論、周りの親族も母を非難した。
母が悪いわけではなかった。母は自分の痣を疎み、なるべく男性と接触しないように生きていた。だが父がわざわざ遠方に隠れるようにひっそりと暮らしていた母を見つけ出して連れ戻したのだった。
そして、母は結婚後すぐに僕を身籠みごもった。産まれた僕が男の子だったので、跡取りだということで一族が皆喜んだ。
しかし母だけは僕の痣に気づいていた。他の者は僕が男の子であるため痣のことなど考えもしなかったから、しばらくは気づかれずに済んだ。

明治以前より続く旧家である西園寺家では昔ながらの習わしがまだ生きていた。その昔、今ほど医療技術が発展していなかった時代には男児のほうが女児より死亡率が高かった。そのため男児であることが悪霊に知れると連れ去られるという迷信が生まれた。
男児が将来的に家督を継ぐ必要があるなど、それなりの家柄では男児の名前を女性風のものにし、服装も七五三が済む頃までは女物を着せることで子どもの健やかな成長を願った。

そのせいで僕の名前は静音しずねという女のような名前なのだった。
そうして、5歳頃まで悪霊を欺いた後は名前も変えて服装も男物になるはずだった。
しかし僕が5歳を迎える前に、脇腹の痣のことが父に知れてしまった。
僕が2歳のときには既に弟の咲真さくまが生まれていた。
そして僕は痣を持つ男子であった。
父は2人を天秤にかけ、弟の咲真を次期当主に選んだ。
男とはいえ、得体の知れない呪いを受け継いだかも知れない息子に家督を譲る気にはなれなかったのだ。それは自分自身が妻への執着心に取り憑かれていたことから出た判断でもあった。
痣を持つ女の誘惑がいかに抗いがたいものか、身をもって理解していたのだ。

そんなわけで、僕は長男でありながら次期当主としての道を絶たれた。
さすがに女装はやめさせてもらえたが、名前を変える必要もないとされてそのまま女々しい名で生きることとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...