62 / 62
第八章 デセール&カフェ
62.【最終話】春を夢見て羽ばたく凍蝶
しおりを挟む
十一月も後半になり気温は下がっていたけど、今日は天気も良くて比較的温かい。この広場に某有名クリスタルブランドによる巨大なシャンデリアが設置されるともう少しでクリスマスだな、という気がしてつい心が躍る。しかも去年まで毎年夕希はそれを猛烈な食欲と、たとえ仲のいい友人がいたとしても埋めきれない孤独感を抱えつつ眺めていた。
だけど今年は愛するパートナーが隣にいる。彼がそっと僕の手を握った。
「手、冷たいな」
「隼一さんはいつも温かいですね」
しばらく無言で緩やかな坂を登る。夜になるとイルミネーションが綺麗なんだよね――と思いながら辺りをぼんやりと眺めていたら隼一が立ち止まった。
「あ、夕希ちょっと待って」
「え? なんですか」
隼一が珍しくスマホを手にして夕希にレンズを向けた。
――急に何?
何度かシャッター音が鳴って、隼一が満足そうに頷いた。
「どうしたの?」
「蝶だよ。頭に止まって――ああ、飛んでいった。あいつも俺のように夕希のいい匂いに誘われたのかな?」
彼が指差す方に視線を向けると黄色い蝶が弱々しく植栽の向こうへ飛び去るのが見えた。すると小さな女の子が後ろから駆けてきて、夕希たちを追い抜いた。
「チョウチョ待って~!」
女の子は蝶を追いかけて植え込みを覗き込んでいる。そこへ後ろから母親らしき女性が走ってきた。夕希はそれを見てつぶやく。
「もう冬になるのに蝶々がいるんですね」
「いるよ。冬蝶とか、凍蝶って言って冬の季語になってる。寒さで元気がないから物悲しいけど、風情があるよな」
「知らなかったです。そういうのも勉強しないとだめですか」
「はは、そんなに気にすることはないさ。こうやってたまに君に知識をひけらかすくらいしか用途は無いし」
隼一がまた夕希の手を取った。彼は指で手の甲をなぞりながら夕希の耳元で囁く。
「そんなことより俺たちも早くあんな可愛い子どもが欲しいね」
「えっ!」
夕希は恥ずかしさで咄嗟に彼の手を離し、自分の耳を手で隠した。
「そういうことを外で急に言わないでくださ――」
抗議する夕希の唇は隼一の温かい唇で塞がれた。
「んむっ……!」
すぐに隼一は唇を離して夕希に背を向けた。
「じ、隼一さん!」
夕希はいよいよ顔を真っ赤にして隼一に食ってかかろうとした。すると彼は笑いながら大股でさっさと坂を登って行ってしまう。
「もう、すぐにふざけるんだから……」
夕希は彼の背中を追いかける。
隼一との結婚が決まり、夕希は焦って仕事を見つける必要はなくなった。今まではコラムニストという仕事にこだわっていたけど、美耶から打診された仕事にも興味を持ち始めている。オメガとして、そして将来的に母親となる予定の人間として、何か役立つ仕事ができるならしてみたい。
少し前までは、何が何でも在宅の仕事を見つけなければ――と必死になっていた。だけど本当に大事なのは仕事を見つけることじゃない。固定観念にとらわれて、自分をがんじがらめにしていたのは自分自身だった。そこから抜け出すことが必要だったんだ。
――もう無理に自分を偽る必要はない――。
今はオメガの自分を認めて受け入れてくれる人が傍にいる。隼一はもちろん、家族や友人とも向き合う勇気が持てた。
未だにオメガの自分をさらけ出して素直になることはちょっと怖い。だけど寒さに負けず冬を乗り越え、自由に羽ばたく春の蝶のようになりたい。
「きっとなれるよね……」
〈完〉
ーーーーーー
最後までご覧いただきありがとうございました!
旧時代的な家庭で育ったオメガの夕希が隼一というアルファと出会って自分の第二性を受け入れていくというお話しでした。
読んでくださって少しでもポジティブな気持ちになっていただけたら幸いです。
第10回BL小説大賞に参加していますので、もし気に入っていただけましたら投票お願いします♡
連載中感想やしおりを挟んで頂いてとても励まされました。ありがとうございました!
本作に出てきた文月礼央、美耶、朔は『嫌われ者の美人Ωが不妊発覚で婚約破棄され運命の番に嫁ぐまで』の登場人物です。
また、都会が舞台だった夕希・隼一のお話しとは正反対に田舎者が転生して能天気さで困難を乗り越えていくオメガバースもBL小説大賞に参加中です↓
『転生花嫁と雪豹α王の人質婚~北海道民の記憶持ちΩは寒さに強くてもふもふ好き~』
もしよければ御覧ください♪
だけど今年は愛するパートナーが隣にいる。彼がそっと僕の手を握った。
「手、冷たいな」
「隼一さんはいつも温かいですね」
しばらく無言で緩やかな坂を登る。夜になるとイルミネーションが綺麗なんだよね――と思いながら辺りをぼんやりと眺めていたら隼一が立ち止まった。
「あ、夕希ちょっと待って」
「え? なんですか」
隼一が珍しくスマホを手にして夕希にレンズを向けた。
――急に何?
何度かシャッター音が鳴って、隼一が満足そうに頷いた。
「どうしたの?」
「蝶だよ。頭に止まって――ああ、飛んでいった。あいつも俺のように夕希のいい匂いに誘われたのかな?」
彼が指差す方に視線を向けると黄色い蝶が弱々しく植栽の向こうへ飛び去るのが見えた。すると小さな女の子が後ろから駆けてきて、夕希たちを追い抜いた。
「チョウチョ待って~!」
女の子は蝶を追いかけて植え込みを覗き込んでいる。そこへ後ろから母親らしき女性が走ってきた。夕希はそれを見てつぶやく。
「もう冬になるのに蝶々がいるんですね」
「いるよ。冬蝶とか、凍蝶って言って冬の季語になってる。寒さで元気がないから物悲しいけど、風情があるよな」
「知らなかったです。そういうのも勉強しないとだめですか」
「はは、そんなに気にすることはないさ。こうやってたまに君に知識をひけらかすくらいしか用途は無いし」
隼一がまた夕希の手を取った。彼は指で手の甲をなぞりながら夕希の耳元で囁く。
「そんなことより俺たちも早くあんな可愛い子どもが欲しいね」
「えっ!」
夕希は恥ずかしさで咄嗟に彼の手を離し、自分の耳を手で隠した。
「そういうことを外で急に言わないでくださ――」
抗議する夕希の唇は隼一の温かい唇で塞がれた。
「んむっ……!」
すぐに隼一は唇を離して夕希に背を向けた。
「じ、隼一さん!」
夕希はいよいよ顔を真っ赤にして隼一に食ってかかろうとした。すると彼は笑いながら大股でさっさと坂を登って行ってしまう。
「もう、すぐにふざけるんだから……」
夕希は彼の背中を追いかける。
隼一との結婚が決まり、夕希は焦って仕事を見つける必要はなくなった。今まではコラムニストという仕事にこだわっていたけど、美耶から打診された仕事にも興味を持ち始めている。オメガとして、そして将来的に母親となる予定の人間として、何か役立つ仕事ができるならしてみたい。
少し前までは、何が何でも在宅の仕事を見つけなければ――と必死になっていた。だけど本当に大事なのは仕事を見つけることじゃない。固定観念にとらわれて、自分をがんじがらめにしていたのは自分自身だった。そこから抜け出すことが必要だったんだ。
――もう無理に自分を偽る必要はない――。
今はオメガの自分を認めて受け入れてくれる人が傍にいる。隼一はもちろん、家族や友人とも向き合う勇気が持てた。
未だにオメガの自分をさらけ出して素直になることはちょっと怖い。だけど寒さに負けず冬を乗り越え、自由に羽ばたく春の蝶のようになりたい。
「きっとなれるよね……」
〈完〉
ーーーーーー
最後までご覧いただきありがとうございました!
旧時代的な家庭で育ったオメガの夕希が隼一というアルファと出会って自分の第二性を受け入れていくというお話しでした。
読んでくださって少しでもポジティブな気持ちになっていただけたら幸いです。
第10回BL小説大賞に参加していますので、もし気に入っていただけましたら投票お願いします♡
連載中感想やしおりを挟んで頂いてとても励まされました。ありがとうございました!
本作に出てきた文月礼央、美耶、朔は『嫌われ者の美人Ωが不妊発覚で婚約破棄され運命の番に嫁ぐまで』の登場人物です。
また、都会が舞台だった夕希・隼一のお話しとは正反対に田舎者が転生して能天気さで困難を乗り越えていくオメガバースもBL小説大賞に参加中です↓
『転生花嫁と雪豹α王の人質婚~北海道民の記憶持ちΩは寒さに強くてもふもふ好き~』
もしよければ御覧ください♪
25
お気に入りに追加
911
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(18件)
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
零れる
午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー
あらすじ
十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。
オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。
★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。
★オメガバースです。
★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。
風俗店で働いていたら運命の番が来ちゃいました!
白井由紀
BL
【BL作品】(20時毎日投稿)
絶対に自分のものにしたい社長α×1度も行為をしたことない風俗店のΩ
アルファ専用風俗店で働くオメガの優。
働いているが1度も客と夜の行為をしたことが無い。そのため店長や従業員から使えない認定されていた。日々の従業員からのいじめで仕事を辞めようとしていた最中、客として来てしまった運命の番に溺愛されるが、身分差が大きいのと自分はアルファに不釣り合いだと番ことを諦めてしまう。
それでも、アルファは番たいらしい
なぜ、ここまでアルファは番たいのか……
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
※長編になるか短編になるかは未定です
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
運命の番から逃げたいです 【αとΩの攻防戦】
円みやび
BL
【αとΩの攻防戦】
オメガバースもの ある過去から人が信じられず、とにかく目立ちたくないがないために本来の姿を隠している祐也(Ω)と外面完璧なとにかく目立つ生徒会長須藤(α)が出会い運命の番だということがわかる。
はじめは暇つぶしがてら遊ぼうと思っていた須藤だったが、だんたん遊びにできなくなっていく。
表紙は柾さんに書いていただきました!
エブリスタで過去投稿していた物を少しだけ修正しつつ投稿しています。
初めての作品だった為、拙い部分が多いとおもいますがどうか暖かい目で見てください。
モッテモテの自信ありまくりの俺様が追いかけるというのが好きでできた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
すごく読みやすくて一気に読んじゃいました!
いい作品をありがとうございます🙇♂️
一気読みありがとうございます✨🙏
感想とっても嬉しいです!
読んで頂きありがとうございました💕
隼一さんと幸せになれてよかった。
母親とかも、美耶さんの母程イッテなくてよかった…。
より戻したくて廃棄物を大量生産しちゃう隼一さんが可愛かったです💕
最後まで読んでくださりありがとうございました!
価値観の変わった親でしたが、夕希の母親には愛情はあるという設定でした。
隼一の廃棄物が今後食べ物になると良いなと願ってます☺️
感想ありがとうございます✨
読ませて頂きありがとうございました。
面白かったです(〃艸〃)
気が向きましたら その後(番外編)お願いします!
最後までご覧いただきありがとうございました!
番外編も少し考えている話があるので、大賞期間が終わって落ち着いたら書きたいなと思います♡
お忙しい中読んで感想まで頂いてありがとうございました╰(*´︶`*)╯♡