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第六章 サラダ
47.亀裂
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わけがわからなくて彼に理由を尋ねる。
「どうしてだめなんですか?」
「あそこは……とにかくだめだ。その編集長と君は合わない」
合う合わないなんて、どうして彼にわかるんだ?
もしかして彼は一緒に仕事をしたことがあるのかもしれない。だけどそれにしても、夕希の見つけた仕事に彼が口出しする権利なんて無いのに。
「面接もしましたし、良さそうな人でしたよ。それにもう仕事を引き受けてるのでだめって言われても遅いです」
そう言うと彼に肩を掴まれる。
「夕希、言うことを聞いてくれ。あそこだけはだめだ。笹原さんも何を考えてるんだ? 君をあんな男と会わせるなんてどうかしてる」
今度は笹原のことまで悪く言われて夕希はさすがに黙っていられなかった。
「笹原さんに頼んだのは僕です! あなたに内緒で彼女とやり取りをしたことは謝ります。だけど、僕の仕事は僕が自分で決めますから」
「夕希、絶対許さないぞ。君から言えないなら俺から笹原さんに断わってやる。編集長にもな」
彼はいつになく厳しい口調で言い切った。
――どうして? ようやく僕が見つけた仕事なのに。なんで隼一さんがそれを奪おうとするの?
頭が混乱してきた。彼は優しくて親切なアルファではないということ?
やっぱり彼も夕希の父や、義兄と同じ身勝手でオメガを所有物だと思っているアルファなのだろうか。さっきまで彼の何もかもがわかったような気がしていたのに、今は彼のことがさっぱりわからない。
「どうして――そんなことするんです?」
「答える必要は無い。とにかく、その編集長はだめだ。俺が君に合った仕事を探してあげるから」
――探してあげる?
彼の言い方に夕希は引っかかりを覚えた。黒いシミのような不信感がじわじわと胸に広がっていく。
「あなたも、結局オメガが自分の思い通りにならないと気がすまないんですね……」
すると彼はため息をつきながら「そんなんじゃない」と言った。
「……あなたも結局北山さんと同じなんだ」
「北山? 誰だそれは?」
「僕の――婚約者です」
彼は夕希の顔を覗き込んで聞き返した。
「何だって?」
「ごめんなさい、黙っていて。僕が仕事を辞めた本当の理由は、結婚することが決まっていたからなんです」
隼一は目を見開いて珍しく取り乱した様子を見せた。
「結婚だって? ちょっと待ってくれ、冗談だろ?」
「いえ、本当です。だから僕……もう隼一さんと会うことはできません」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。クルーザーはちょうど桟橋に到着したところだった。真っ黒な水面に街灯の光がチラチラと反射している。船が動いているときよりも、停泊しているときの方が揺れを感じるのが不思議だった。
彼は夕希の話が真実かどうか見定めようとしているようだった。険しい顔で彼が夕希を問い詰める。
「そんな勝手な……君は俺を騙したのか?」
「騙したなんて、そんなつもりはありません。それに元々、僕がアシスタントを務めるのはあなたの嗅覚が戻るまでという話しでしたよね」
「それはそうだが――」
夕希の発言に彼は納得できないようだった。
「それに、隼一さんだって僕を利用したじゃないですか。嗅覚を戻すため、オメガを抱く目的で僕に仕事を依頼しましたよね?」
「それは――」
「全く下心が無かったと神に誓って言えますか?」
夕希は正面から彼をじっと見つめた。彼の視線が揺れたのは、船上にいるからではない。
「夕希、たしかに俺は嗅覚のことがあってオメガを探していた。だけど――」
「ほら、やっぱり否定できないんだ!」
わかってはいたが、彼がすぐ否定してくれなかった落胆は大きかった。
「お互いメリットがあった。そういうことにしませんか。あなたは相手に困ることもないでしょうから、僕以外のオメガと香りのある快適な暮らしをして下さい。僕はコラムの仕事さえあればそれで生きていけるので。今までありがとうございました」
一礼して席を立った。すると隼一が夕希の腕を掴む。
「夕希! 待てよ、勝手に行くなんて許さないぞ」
そのままソファに押し倒される。彼のこんなに怒った様子は見たことがなかったので夕希はびっくりして抵抗も出来なかった。
「どうしてだめなんですか?」
「あそこは……とにかくだめだ。その編集長と君は合わない」
合う合わないなんて、どうして彼にわかるんだ?
もしかして彼は一緒に仕事をしたことがあるのかもしれない。だけどそれにしても、夕希の見つけた仕事に彼が口出しする権利なんて無いのに。
「面接もしましたし、良さそうな人でしたよ。それにもう仕事を引き受けてるのでだめって言われても遅いです」
そう言うと彼に肩を掴まれる。
「夕希、言うことを聞いてくれ。あそこだけはだめだ。笹原さんも何を考えてるんだ? 君をあんな男と会わせるなんてどうかしてる」
今度は笹原のことまで悪く言われて夕希はさすがに黙っていられなかった。
「笹原さんに頼んだのは僕です! あなたに内緒で彼女とやり取りをしたことは謝ります。だけど、僕の仕事は僕が自分で決めますから」
「夕希、絶対許さないぞ。君から言えないなら俺から笹原さんに断わってやる。編集長にもな」
彼はいつになく厳しい口調で言い切った。
――どうして? ようやく僕が見つけた仕事なのに。なんで隼一さんがそれを奪おうとするの?
頭が混乱してきた。彼は優しくて親切なアルファではないということ?
やっぱり彼も夕希の父や、義兄と同じ身勝手でオメガを所有物だと思っているアルファなのだろうか。さっきまで彼の何もかもがわかったような気がしていたのに、今は彼のことがさっぱりわからない。
「どうして――そんなことするんです?」
「答える必要は無い。とにかく、その編集長はだめだ。俺が君に合った仕事を探してあげるから」
――探してあげる?
彼の言い方に夕希は引っかかりを覚えた。黒いシミのような不信感がじわじわと胸に広がっていく。
「あなたも、結局オメガが自分の思い通りにならないと気がすまないんですね……」
すると彼はため息をつきながら「そんなんじゃない」と言った。
「……あなたも結局北山さんと同じなんだ」
「北山? 誰だそれは?」
「僕の――婚約者です」
彼は夕希の顔を覗き込んで聞き返した。
「何だって?」
「ごめんなさい、黙っていて。僕が仕事を辞めた本当の理由は、結婚することが決まっていたからなんです」
隼一は目を見開いて珍しく取り乱した様子を見せた。
「結婚だって? ちょっと待ってくれ、冗談だろ?」
「いえ、本当です。だから僕……もう隼一さんと会うことはできません」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。クルーザーはちょうど桟橋に到着したところだった。真っ黒な水面に街灯の光がチラチラと反射している。船が動いているときよりも、停泊しているときの方が揺れを感じるのが不思議だった。
彼は夕希の話が真実かどうか見定めようとしているようだった。険しい顔で彼が夕希を問い詰める。
「そんな勝手な……君は俺を騙したのか?」
「騙したなんて、そんなつもりはありません。それに元々、僕がアシスタントを務めるのはあなたの嗅覚が戻るまでという話しでしたよね」
「それはそうだが――」
夕希の発言に彼は納得できないようだった。
「それに、隼一さんだって僕を利用したじゃないですか。嗅覚を戻すため、オメガを抱く目的で僕に仕事を依頼しましたよね?」
「それは――」
「全く下心が無かったと神に誓って言えますか?」
夕希は正面から彼をじっと見つめた。彼の視線が揺れたのは、船上にいるからではない。
「夕希、たしかに俺は嗅覚のことがあってオメガを探していた。だけど――」
「ほら、やっぱり否定できないんだ!」
わかってはいたが、彼がすぐ否定してくれなかった落胆は大きかった。
「お互いメリットがあった。そういうことにしませんか。あなたは相手に困ることもないでしょうから、僕以外のオメガと香りのある快適な暮らしをして下さい。僕はコラムの仕事さえあればそれで生きていけるので。今までありがとうございました」
一礼して席を立った。すると隼一が夕希の腕を掴む。
「夕希! 待てよ、勝手に行くなんて許さないぞ」
そのままソファに押し倒される。彼のこんなに怒った様子は見たことがなかったので夕希はびっくりして抵抗も出来なかった。
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