【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

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第六章 サラダ

43.僕がすべきこと

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「ほら、北山さんは父さんの会社に出資してくれてる企業の跡取り息子だろう」

 それは事前に聞いていた。要するに夕希と北山は政略結婚みたいなものなのだ。父の会社が今経営不振で、北山の父から出資してもらってなんとかしのいでいるという状況だった。
 北山は昔会社関連のイベントで夕希のことを見て気に入り、将来是非結婚をと言ってきていた。はじめは笑い話だったそれが、父の会社が傾いたことで現実味を帯び、結果的に今回の縁談に繋がった。

「何か間違いがあったら困るから、夕希をお嫁に出す前に問題が無いか母さんは確認したかったみたい」
「そんな……。普通そこまでする?」
「だって夕希が今まで女の子と付き合ったりしていたから。母さん、もしかして夕希がベータの女の子と結婚する気なんじゃないかってずっと心配していたんだよ」

――それを言われると何も言えない。実際そう企んでいたこともあるし……。
 親からの信頼が無いとこういうことになるのか、と夕希は落胆した。

「それで夕希は……その男の人と駆け落ちなんてするつもりじゃないよね?」
「はぁ?」
「だって恋人なんでしょう。毎週のように通ってたって母さんから聞いたよ」

――そういうことか。兄も母も僕が北山さんから逃げて、他の男と一緒になるんじゃないかって心配しているんだ。

「ないない。それは絶対無いよ。話せば長くなるけど、仕事のことでその人から指導を受けてただけなんだ」
「仕事?」
「ほら、僕ずっと前からコラムニストになりたいって言ってたじゃない?」
「ああ、あれ。本気だったの?」

 兄は驚いた顔で言う。
 母にせよこの兄にせよ、オメガは仕事や夢なんて持たずにアルファと結婚して子どもを産み育てるのが一番良いと思い込んでいる人たちだ。彼らには夕希がこの歳になるまで結婚もせず、仕事をしていることが心底理解できないのだ。

「うん。コラムのことで色々教えて貰ってただけ。その人とどうこうっていうんじゃないから安心して」
「なぁんだ、そうだったの。僕てっきり、夕希は他に好きな人がいて北山さんとは結婚しないつもりなんだと思って心配しちゃった」
「そんなんじゃないよ」

 兄はようやく笑顔を見せた。繊細な髪の毛に陽の光が透けて輝いている。今は少しやつれてしまったけど、それがかえって彼のはかなげな美しさを際立たせていた。夕希は昔から兄が大好きで、幸せになって欲しいとずっと願っていた。
 彼が遠くを見ながらぽつりと言う。

「僕は母さんに孫の顔見せてあげられなかったから……」
「そんなの、まだわからないじゃない」
「ううん、だめなんだ」

 何かを堪えるような顔で笑う兄に夕希が言えることは一つしかなかった。

「僕が北山さんと結婚して、ちゃんと子どもを産んで母さんを安心させるから。アキくんはもう何も心配いらないよ」
「うん。ありがとう」

 兄の夫は結婚後兄が妊娠している最中に他の女と会っていた。それがわかったのは兄が初めて流産したときだった。
 その後も兄はなかなか出産まで至れず、流産を繰り返した。専門医に検査をしてもらったところ不育症といって、妊娠はするものの妊娠の継続が難しい体質だと判明した。
 今兄が母親として育てている竜樹は、夫と不倫相手との子どもだ。兄が不育症とわかって、彼の夫はその子を引き取ることにしたのだ。そのことに関して兄は精神的なショックを受けてはいたが、夫を責めることはなかった。オメガがアルファに逆らうことは出来ないと思い込んでいるのだ。むしろ、自分が妊娠継続できないせいだと己を責めていた。

 母の境遇も似たようなものだった。夕希の父も義兄と同じく身勝手なアルファ男性で彼も外に何人愛人がいるのかわからない。
 父はオメガに対しては子どもを産ませること以外利用価値がないと思っている。だから、夕希たちオメガの兄弟が父に遊んでもらった記憶はなかった。それより他の女性に産ませたアルファの子がいて、その子を可愛がっているんだと大人になってから知った。それは取り乱した母が嘆いているのを聞いて知ったことだけど、それでも母が父を責めているところを見たことはなかった。

「アルファと結婚して子を産むのよ。その子どもがアルファならなお良いわ」というのが母の口癖だ。彼女はそれがオメガの幸せだと信じて疑わない。
 だから兄の亜希が不育症と知った時、彼女はひどく落胆した。それは同時に兄の心も深く傷つけた。
 父から愛情を注がれなかった分、夕希たち兄弟は母に対する愛情が特に強い。母の期待を裏切りたくない一心で兄はがんじがらめになっていた。夕希が母に反抗してベータとして生きようと思ったことで、それはより顕著になっていったのかもしれない。

 夕希は未だに母と兄のように「オメガだから、アルファだから」と割り切って考えることはできない。だけど、兄が背負ってきたものをそろそろ自分が引き受けるべき時だった。

 ふいに潮の香りが夕希の鼻孔をかすめ、以前海岸付近でピクニックをしたのを思い出す。
――夕希は? 子どもは何人欲しいの?
――子どもが三人くらいいて賑やかなのっていいよね?
 隼一の優しい声が蘇って、胸が締め付けられる。

「僕……子どもは、三人くらいほしいなって思ってるんだ」

 そう言って夕希は兄に微笑みかけた。すると兄がちょっと心配そうに眉を寄せた。

「夕希……? ねえ、本当に大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」と答えて夕希はメニューを手に取った。「それより僕、何か甘い物食べたいな。追加でジェラート頼まない?」
 夕希の提案に兄は静かに頷いた。
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