【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

grotta

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第六章 サラダ

41.捨てる神あれば拾う神あり

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 それ以来夕希は何もかもが嫌になってしまった。隼一にキスされたときに感じていたむず痒いような恋心も全部しおれて今はもう虚しさしか感じない。
 すると夕希の反応が薄いのがつまらないからなのか、彼は匂いの持続性が弱まったと言い始めた。どうせそれもデタラメ――便利なオメガの気を引こうとしているだけだ。

 もう自分が彼にとって特別だなんて思ったりしない。彼の嗅覚がオメガによって復活することは証明されたのだから、誰か他のオメガとキスすればいい。夕希がここにいる必要はこれでもう無くなった。
 折よく、夕希の打診に対して笹原から会って話しをしようとういう返事が届いた。

 ある平日の夜、夕希は笹原と待ち合わせをしていた。彼女指定のカフェは、レトロな雰囲気の落ち着いた照明のお店だった。夕希が着いて十五分ほど経ってから彼女が現れた。

「早瀬くん! 待たせてごめんね」
「いえ、僕こそ今日はお時間頂いてすみません」

 向かいの席に着くなり彼女が夕希の顔を見て首を傾げる。

「あれ、大丈夫? なんだか元気なさそうね」
「え、そうですか?」

 隼一とのこともあったし、自分でも気づかないうちに迫りくるタイムリミットに焦りを感じているのかもしれない。退職するため来週から有給消化で休みに入ることになり、引き継ぎが大変というのもある。

「ええ。なんだか前に会った時より痩せたんじゃない?」
「どうでしょう……最近計っていないので」
「羨ましいこと」

 コーヒーが届いてから笹原が本題について話し始める。

「で、さっそくだけどメール見ました。会社を退職するんですってね?」
「はい、そうなんです。その……結婚することになって」

 夕希がオメガであることを知っている彼女相手に隠すことでもないので、正直に話した。

「そういうことだったの? おめでとう! えっとまさか鷲尾先生とじゃないわよね? 早瀬くんはオメガだから、お相手は……?」

 笹原は少し聞きにくそうに尋ねてきた。

「はい。もちろん先生じゃなくて別のアルファ男性です」
「そうなのねぇ。それで鷲尾先生のアシスタントは辞める、と」
「はい。彼のスケジュールに合わせて行動するのが今後は難しいので……」

 夕希はコーヒーにミルクを足してかきまぜた。黒い液体に白い筋が円を描きながら溶けて混じる。

「なるほど、そういうことね。実はちょうど良いお仕事があって紹介できそうなのよ」
「ほんとうですか」

 笹原によると、とある隔月のライフスタイル雑誌で食に関するコラムを担当していたライターが急に辞めてしまい穴があいているそうだ。

「是非やらせてください!」
「わかった。じゃあ編集長に紹介するね。でもね、食に関するコラムがメインとはいえその雑誌ってスローライフがテーマなのよね」

 笹原が少し心配そうな顔をする。

「それでね、君が鷲尾先生と食べ歩いているような高級路線じゃないというか……例えば定食のお惣菜みたいなものだったり、庶民的な食べ物も取り扱わないといけないと思うんだけど、大丈夫そう?」

 なるほど。今までと世界が違うけど出来るのか、ということか。

「もちろん大丈夫です! 僕、隼一さんにお世話になる前は全然高級志向じゃない普通のサラリーマンでしたから。スイーツが得意分野ですけど、定食なんて毎日のように食べてますし」
「そうなのね。それを聞いて安心したわ」

 笹原はホッとしたように微笑んだ。笑うとエクボができて、十歳も年上とは思えないほど魅力的だ。
――やっぱり笹原さんって癒やされるなぁ。僕がベータなら、年上でも良いからアプローチしていたかも。

「何? 私の顔に何か付いてる?」
「あ、す、すいません! 笹原さんのエクボ可愛いなって思って見すぎました……」

 夕希がそう言うと笹原は頬を赤くした。

「え! やだぁ、早瀬くんちょっとやめてよ。お世辞が上手ね」
「いえ、本当なんですけど」
「もー。この子イチオシですってそこの編集長におすすめしておくね」

 彼女は忙しいようで、話が終わると飲みかけのコーヒーを残してそのまま別の仕事先へと駆けて行った。
 最近落ち込み気味だったが、笹原に会って運気が上向いて来た気がする。

「僕も頑張ろう……!」
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