37 / 62
第五章 ヴィアンド
37.フェロモンと嗅覚の関係
しおりを挟む
彼がソファで待っている間、夕希はキッチンに立ってコーヒーを淹れた。用意する間に立ちのぼるこの深みのある匂いも、今の彼には感じられないのだ。湯気を立てるコーヒーカップをテーブルに置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
「大丈夫ですよ、きっとまた良くなります。礼央さんも、ストレスが原因になるって言ってたじゃないですか。考え過ぎないほうがいいですよ」
「そうだな。そうだった……」
二人でコーヒーを飲みながら、夕希は彼の気が紛れるように話を振った。
「そういえば隼一さん、昨日匂いがわかるようになった時に効果がどうのって言ってましたよね。何か心当たりがあるんですか?」
「え? ああ、そうなんだ。実は礼央から聞いたんだが――」
彼はこの前礼央とフレンチレストランに行った際、二人だけ別室に移動したときのことを教えてくれた。専門的な話はよくわからない部分もあった。だけど要するに、アルファが極度のストレスにより嗅覚を失った場合、その解決法として発情中のオメガとの性行為が有効だという話だった。夕希は信じられなくて、彼がふざけているんじゃないかと思った。
「そんなの、冗談でしょう?」
「いや、大真面目さ。そもそもアルファがどうやってオメガのフェロモンを感じ取ると思う?」
「さあ……」
夕希が首を傾げると、隼一は石膏像を思わせるその美しい顔の中心部を指差した。
「アルファとオメガの鼻には、普通の嗅覚を感じる部分とは別に、フェロモン物質を受容する鋤鼻器官というものがあるんだ」
――ああ、そういえば昨日も何か言ってたような。
「多くの人間……つまりベータはこの鋤鼻器が胎児のうちに退化してしまう。だから彼らはオメガのフェロモンを関知できない」
「なるほど……」
特に深く考えたこともなかったけど、アルファだけがオメガのフェロモンを感じ取れるのはそういうことだったんだ。
「礼央が言うにはこの鋤鼻器でオメガのフェロモンを受容し、肉体的に満足感を得ることがアルファには必要不可欠な刺激らしい」
「はぁ……」
いまいちよく理解できずまた首を傾げると、彼は夕希の手からコーヒーカップを取り上げてテーブルに置いた。何をするのかと黙って見ていたら、突然彼が夕希をソファに押し倒した。
――え、何?
「要するに、オメガとこうやって触れ合ってストレス発散しないと俺たちアルファは使い物にならない出来損ないだってこと」
真面目に話しを聞いていたつもりなのに、気がついたら彼にのしかかられ口付けされていた。しかも、欲情を煽るような深いキスだ。彼の大きな手で顎を固定されていて、顔を背けることもできない。
「んっ……」
――せっかく抑制剤を飲んでるっていうのに、何するんだよ……!
熱い舌が口中を思うさま這い回る感触に、だんだん頭がぼんやりしてくる。勝手をされて腹立たしいのに、本能がアルファを求めるあまり身動きができなくなった。彼の舌先が夕希の柔らかい部分を蹂躙し尽くした後、ようやく離れていった。その頃には夕希の身体はすっかり弛緩し、抵抗する気力もなくなっていた。
「はぁっ……はぁ……なにを……」
「ああ、最高に美味い……夕希、もっとしていい?」
思わず頷きかけたが、尚も覆いかぶさってくる彼の身体を必死に押しとどめる。
「だ、だめ! 何考えてるんですか? 僕、薬を飲んでやっと抑えてるんですよ」
「わかってる。でも君がこんなに近くにいるのに我慢しろっていうのか?」
「だから僕は帰るって言ったじゃないですか!」
「俺を見捨てるの?」
彼はわざとらしく拗ねた言い方をして、夕希の首筋を舐めた。
「あっ!」
唇を吸われるよりもっと直接的な、ぞくぞくするような快感が背筋を走る。
「やめて、だめ」
「可愛い……夕希、もっと味わいたいんだ。お願い」
「だめです、どいてください……!」
彼は盛りのついたオス犬のように、夕希の顔といい首といいあちこちキスして匂いを嗅いでくる。本当は身体に火がついて疼いているけれど、こんなことをしている場合ではない。
「隼一さん! いい加減にしないと怒りますよ。あなたがふざけてるから仕事が進まないって笹原さんに言っちゃいますからね!」
笹原の名前を出した途端に正気を取り戻したのか、彼は不満そうな顔をしながらもやっとどけてくれた。
「昨日はあんなに君から積極的に誘ってくれたのに」
「あ、あれは発情しておかしくなってたんです!」
「最中も『もっと』と可愛くおねだりしてくれて――」
「わー! やめてくださいってば!」
夕希が彼の口を塞ごうと手を伸ばすと、彼はその手に笑いながらキスした。慌てて手を引っ込めてなるべく冷たい調子で言う。
「笹原さんからの確認事項、僕が代わりにお酒を飲んでチェックしますから」
すると彼は「はいはい、わかりましたよ」と渋々頷いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「大丈夫ですよ、きっとまた良くなります。礼央さんも、ストレスが原因になるって言ってたじゃないですか。考え過ぎないほうがいいですよ」
「そうだな。そうだった……」
二人でコーヒーを飲みながら、夕希は彼の気が紛れるように話を振った。
「そういえば隼一さん、昨日匂いがわかるようになった時に効果がどうのって言ってましたよね。何か心当たりがあるんですか?」
「え? ああ、そうなんだ。実は礼央から聞いたんだが――」
彼はこの前礼央とフレンチレストランに行った際、二人だけ別室に移動したときのことを教えてくれた。専門的な話はよくわからない部分もあった。だけど要するに、アルファが極度のストレスにより嗅覚を失った場合、その解決法として発情中のオメガとの性行為が有効だという話だった。夕希は信じられなくて、彼がふざけているんじゃないかと思った。
「そんなの、冗談でしょう?」
「いや、大真面目さ。そもそもアルファがどうやってオメガのフェロモンを感じ取ると思う?」
「さあ……」
夕希が首を傾げると、隼一は石膏像を思わせるその美しい顔の中心部を指差した。
「アルファとオメガの鼻には、普通の嗅覚を感じる部分とは別に、フェロモン物質を受容する鋤鼻器官というものがあるんだ」
――ああ、そういえば昨日も何か言ってたような。
「多くの人間……つまりベータはこの鋤鼻器が胎児のうちに退化してしまう。だから彼らはオメガのフェロモンを関知できない」
「なるほど……」
特に深く考えたこともなかったけど、アルファだけがオメガのフェロモンを感じ取れるのはそういうことだったんだ。
「礼央が言うにはこの鋤鼻器でオメガのフェロモンを受容し、肉体的に満足感を得ることがアルファには必要不可欠な刺激らしい」
「はぁ……」
いまいちよく理解できずまた首を傾げると、彼は夕希の手からコーヒーカップを取り上げてテーブルに置いた。何をするのかと黙って見ていたら、突然彼が夕希をソファに押し倒した。
――え、何?
「要するに、オメガとこうやって触れ合ってストレス発散しないと俺たちアルファは使い物にならない出来損ないだってこと」
真面目に話しを聞いていたつもりなのに、気がついたら彼にのしかかられ口付けされていた。しかも、欲情を煽るような深いキスだ。彼の大きな手で顎を固定されていて、顔を背けることもできない。
「んっ……」
――せっかく抑制剤を飲んでるっていうのに、何するんだよ……!
熱い舌が口中を思うさま這い回る感触に、だんだん頭がぼんやりしてくる。勝手をされて腹立たしいのに、本能がアルファを求めるあまり身動きができなくなった。彼の舌先が夕希の柔らかい部分を蹂躙し尽くした後、ようやく離れていった。その頃には夕希の身体はすっかり弛緩し、抵抗する気力もなくなっていた。
「はぁっ……はぁ……なにを……」
「ああ、最高に美味い……夕希、もっとしていい?」
思わず頷きかけたが、尚も覆いかぶさってくる彼の身体を必死に押しとどめる。
「だ、だめ! 何考えてるんですか? 僕、薬を飲んでやっと抑えてるんですよ」
「わかってる。でも君がこんなに近くにいるのに我慢しろっていうのか?」
「だから僕は帰るって言ったじゃないですか!」
「俺を見捨てるの?」
彼はわざとらしく拗ねた言い方をして、夕希の首筋を舐めた。
「あっ!」
唇を吸われるよりもっと直接的な、ぞくぞくするような快感が背筋を走る。
「やめて、だめ」
「可愛い……夕希、もっと味わいたいんだ。お願い」
「だめです、どいてください……!」
彼は盛りのついたオス犬のように、夕希の顔といい首といいあちこちキスして匂いを嗅いでくる。本当は身体に火がついて疼いているけれど、こんなことをしている場合ではない。
「隼一さん! いい加減にしないと怒りますよ。あなたがふざけてるから仕事が進まないって笹原さんに言っちゃいますからね!」
笹原の名前を出した途端に正気を取り戻したのか、彼は不満そうな顔をしながらもやっとどけてくれた。
「昨日はあんなに君から積極的に誘ってくれたのに」
「あ、あれは発情しておかしくなってたんです!」
「最中も『もっと』と可愛くおねだりしてくれて――」
「わー! やめてくださいってば!」
夕希が彼の口を塞ごうと手を伸ばすと、彼はその手に笑いながらキスした。慌てて手を引っ込めてなるべく冷たい調子で言う。
「笹原さんからの確認事項、僕が代わりにお酒を飲んでチェックしますから」
すると彼は「はいはい、わかりましたよ」と渋々頷いた。
3
お気に入りに追加
909
あなたにおすすめの小説
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております
夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子
葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。
幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。
一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。
やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。
※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる