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第五章 ヴィアンド

34.事後の気まずさ

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 あの後発情抑制剤は効いたはずなのに、夕希はそれを一度で終わらせることができなかった。結局、二人でシャワーを浴びながら再び欲望に火がついて身体を重ねた。

 リビングに戻り、ソファでうつ伏せに寝そべりながら夕希は傷の手当を受けていた。行為の最中、興奮した隼一がうなじを噛まないように避けながら、それ以外の部分にあちこち噛み付いていたのだ。結果夕希の背中といい、太腿といい、あちこちに歯型が残された。傷口を消毒しながら彼が謝罪する。

「本当に申し訳ない。こんなことするつもりじゃなかったんだ……」

 あまりにも彼らしくないしょげた様子につい笑ってしまう。ヒート状態になったアルファはほとんど猛獣みたいなものだと話には聞いていたから夕希はさほど気にしていなかった。

「わかってますって。それに僕がしてって言ったんですから」
「いくらなんでも君の綺麗な肌にこんなことをする酷い男は今までいなかっただろう? 怖い思いをさせてごめん」
「僕、そもそも男性としたことがなかったので比べられないですけど、よ、良かった……と思います」

 事後に感想を言うのなんて恥ずかしいけど、彼があまりにも申し訳なさそうにしているのでフォローのつもりで夕希はそう言った。

「え?」
「僕、女性としか付き合ったことないんで」
「そんな、嘘だろ? 待ってくれ、じゃあ初めてだったってこと?」
「……はい」

 顔を上げていられなくて夕希は突っ伏した。いい年をしたオメガなのに未経験だったことがばれてしまいちょっと恥ずかしい。でも仕方がなかったのだ。これまでベータのフリをして生きてきたんだから。
 うつ伏せになっていた夕希は彼からの返事がないのを不思議に思って振り向いた。すると彼は呆然とした顔で額に手を当てて虚空を見つめていた。

「隼一さん……?」
「なんてことだ、初めてなのにあんなに酷くしてしまうなんて……俺はなんてことを……」

 どうやら、夕希が初体験だったのに噛み痕を多数残すほど手荒にしてしまったことを後悔しているらしい。

「あ、あのー……、僕男なので、初めてだとかそんなに気にしなくても……」
「悪かった。次はもっと優しくするから」

――次もなにも、もう二度とこういうことはないので安心して下さい……。

「それにしても、薬を飲んでても君はやっぱりいい匂いがするね」
「そうなんですか?」
「ああ。いつもとちょっと違って熟したフルーツみたいな香りだ」

 発情期のフェロモンの香りがどんなかなんて初めて聞いた。

「いつもはどんな匂いなんです?」
「熟す前のぶどうとか、咲きかけの花みたいな青っぽい香りだよ」
「ふーん……」
「さ、これでいい」

 手当が終わったらしく、めくり上げていたTシャツを戻してくれる。夕希は身体を起こし、ソファに腰掛けた。

「ありがとうございます」
「本当に悪かった」
「気にしないでください。お互い発情してたってことで忘れましょう」

 隼一はちょっとためらった後で心配そうに聞いてきた。

「なぁ、夕希。どうして自分のことをベータだなんて嘘をついていたのか聞いてもいいか? さっき転校がどうとかって言ってたけど、何かあったのか?」

 オメガとして抱かれた以上、聞かれるとは思っていた。それにしても酔っていたせいで高校時代の記憶が入り混じっておかしなことを喋ったのはまずかった。
 しかしアルファの彼にあまり詳しく話すわけにもいかない。夕希はクッションを抱え、彼から視線をそらす。

「それは……まあ色々あったんです。僕、昔アルファの友人に騙されて。オメガとかアルファとか、そういうの全部嫌になっちゃったんです」

 横目でちらっと隼一の方を伺うと、彼は表情を曇らせていた。それから彼が何か言おうとしたのを遮って、夕希は逆に尋ねた。

「それより、隼一さんこそどうして僕がオメガだとわかっていたのに黙っていてくれたんです?」
「だって、君にはそうしておきたい理由があるんだろうと思ったからね。それに、俺にとっては性別はどうでも良かった」
「どうでも……?」
「夕希が近くにいてくれるなら、俺はなんだって良い」

 真剣な表情の彼に見つめられて、なんと答えたら良いかわからず居心地が悪くなってきた。

「そ、そう……ですか。えっと、あ! そうだ。そういえばお酒の飲み比べ、続きやらないと間に合いませんよ」

 時計を見るともう既に正午を回っていた。今日中にテイスティングをし、明日の夜までに記事を書いて提出しないといけない。
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