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第三章 ポワソン

22.SNSのアンチコメント

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 そして大型連休の最終日、遅めのランチを食べた後夕希は隼一の車で自宅に送ってもらった。彼はしきりに次の金曜にまた会えるかということを気にしていた。
 そこそこ文章が書けるようになってきて、やっと彼の原稿の中でデザートの部分だけ夕希が代わりに書くことを任されるようになったところだ。なるべくこまめに文章をチェックしてもらいたいと思っているのは夕希の方だった。
 だけど連休明けだから会社の仕事が忙しいし、おそらく金曜以外の平日に会うことは出来ないと伝えた。すると彼はがっかりした顔で「休み中ずっと一緒にいたから離れるのがつらい」と言いつつ渋々頷いた。
 匂いがわからなくて、彼は記憶だけで文章を書くのが相当大変なのだろう。それにしても彼は最初のイメージと比べて随分夕希に甘えてくるようになった気がする。
――匂いを嗅ぐと落ち着くなんて、隼一さんもちょっと可愛いところがあるんだよね。





 夕希はその後も美耶に言われたことをたまに思い出しては悩んでいた。素直になるべき――というのはつまり見合い相手に心を開けということだろうか。でも美耶に見合いのことは話していないから、架空の相手のことを指しているのか――。結局夕希にははっきりしたことはわからないままだった。

 部屋を掃除した後、しばらく記事を書くことに没頭していた。湯気を立てていたコーヒーは気がつくとすっかり冷めてしまっていた。夕希は首をコキコキ鳴らしながら肩を回す。

「ん~、ちょっと休憩」

 記事はある程度書いて一段落したので、息抜きにさっき食べた料理やデザートの画像をSNSにアップしようとスマホを手に取った。そして画像を投稿した後、前回の投稿に付いているコメントをチェックした。
 最近はこれまでよりも人気店に通うようになり投稿内容が変わったお陰で、フォロワー数が一気に増えていた。必ずコメントも付くようになったし、人気のインフルエンサーからいいねを貰えることもある。
 コメントの大半は「◯◯のケーキ美味しいですよね!」といった好意的なメッセージだ。しかし先日ホテルのバーでカクテルを飲んだ時の画像まで遡ったところ、異質なコメントが目に飛び込んできた。

『最近いい気になりすぎ。マウントですか? 彼と一緒って匂わせもうざい』

――え……?
 多くのフォロワーを有する人気のインフルエンサーに一定数のアンチコメントが付くということは知っている。だけど、夕希程度のフォロワーたかだか数百程度のグルメアカウントですらこういうコメントが来ることに驚いた。
――しかも、『彼と一緒』ってどういうことだろう。
 彼氏がいるアピールに見えたということだろうか。しかし、夕希は自分の手が映るような写真も載せているし、文章の一人称は『僕』に統一していて投稿者が男だとわかるはずだ。
 混乱する中、コメントしてきた相手のアカウントに飛んでみた。しかし、捨てアカウントのようでこの人自身の投稿は何もなく、人柄が伺えるような自己紹介文も載っていなかった。

「はぁ、なんか怖いな」

 たしかに夕希のアカウントはこれまではコンビニスイーツなど安価な食品の投稿が主だった。良くても三ヶ月に一回訪問しているホテルのビュッフェくらいで、高級店に行ったという内容はほとんど投稿していなかった。
 それがいきなり三つ星レストランなどに頻繁に行くようになったので、それを面白くないと思う人もいるのだろうか。

 夕希としてはこれまで色々なグルメアカウントを見てきて、自分が行けないようなお店の味を写真と共に紹介してくれるのがありがたいと思っていた。だけどそれが誰かにとっては不快だということなのかもしれない。

「あー、なんか最近要らないものがたくさん送られてきて嫌になっちゃうな」

 夕希はコーヒーカップを口に運ぶ。冷めたコーヒーはいつも以上に苦く感じた。
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