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第三章 ポワソン
18.婚約者からの贈り物
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以前送られてきた身上書は一瞬目にしただけでじっくり読みもしなかったし、特段変わった名前でもなかったから忘れていた。誰かわかった途端にその包装紙の赤い色がやけに毒々しく見えた。カードに目を通す。
『可愛い僕の婚約者へ。君に似合いそうな物をお店で見かけて衝動買いしてしまいました。気に入ってもらえたら嬉しい。それを付けた君に会えるのが待ち遠しいよ。 友宏』
「似合いそう? 嫌な予感しかしないんだけど……」
夕希は恐る恐るその包みを開けた。すると中からベロア素材の黒いジュエリーケースが出てくる。蓋を開けると黒い台座の上にピンクベージュ色の革製ネックガードが乗っていた。金具の部分に小さなダイヤがあしらわれており、しっとりした革の質感からいってかなりの高級品であることが伺えた。
「うそだろ……」
まだ一度も会ったことがないのに――。会う前から「自分のものだ」と主張したいアルファの独占欲が透けて見えて不快だった。やっぱりこの人もオメガのことを所有物としか思っていないのだ。
発情期のオメガがアルファによってうなじを噛まれると遺伝子レベルで番の関係が成立する。そうなるとそのオメガの発情フェロモンは番のアルファだけにしか効かなくなる。オメガ側は一度噛まれたら相手が死ぬまでその関係を解消することが出来ず、他のアルファとの性行為に対して身体が拒否反応を示すようになる。一方アルファ側は複数のオメガと番となることができるため、オメガ側だけが常にリスクを背負うことになる。
そこで、うなじを噛まれることを防ぐためにオメガ専用のネックガードが流通している。その性質上、首輪のようなものなのでそれを付けているとオメガだとひと目でわかってしまうのが夕希は嫌だった。
夕希はジュエリーケースの蓋を閉じると、リビング横に置いていあるデスクの引き出し奥に仕舞った。
気がつくとコーヒーメーカーは既に抽出を終えていた。夕希はそれをマグカップに注ぎ、デスクに向かってノートパソコンを立ち上げた。こんなことにいちいち心を乱されている場合じゃない。先日食べたクレープシュゼットのバターたっぷりでコク深いカラメルソースの甘味と、柑橘の爽やかな匂いが記憶から消える前に文章を書かないといけないのだから。
なかなか集中できないで文章を書いては消し、書いては消ししていると自宅に帰り着いた隼一からメッセージが届いた。
そこには今日のお弁当のお礼と、来週隼一の友人家族と一緒に食事をしようという旨が書かれていた。いつもと変わらぬ隼一のメッセージに夕希はなんだかほっとしてしまった。
会ったこともない人からの一方的なプレゼントなんて嬉しくもなんともない。夕希はさっきまで一緒にいた隼一の元に今すぐ帰りたかった。隼一ならば相手のことを考えずにこんな無礼なことはしない。彼のあの心地よいウッディな香りを今すぐ胸いっぱい吸い込んで安心したい。
「こんな人と結婚したくない……どうしたらいいの、隼一さん……」
『可愛い僕の婚約者へ。君に似合いそうな物をお店で見かけて衝動買いしてしまいました。気に入ってもらえたら嬉しい。それを付けた君に会えるのが待ち遠しいよ。 友宏』
「似合いそう? 嫌な予感しかしないんだけど……」
夕希は恐る恐るその包みを開けた。すると中からベロア素材の黒いジュエリーケースが出てくる。蓋を開けると黒い台座の上にピンクベージュ色の革製ネックガードが乗っていた。金具の部分に小さなダイヤがあしらわれており、しっとりした革の質感からいってかなりの高級品であることが伺えた。
「うそだろ……」
まだ一度も会ったことがないのに――。会う前から「自分のものだ」と主張したいアルファの独占欲が透けて見えて不快だった。やっぱりこの人もオメガのことを所有物としか思っていないのだ。
発情期のオメガがアルファによってうなじを噛まれると遺伝子レベルで番の関係が成立する。そうなるとそのオメガの発情フェロモンは番のアルファだけにしか効かなくなる。オメガ側は一度噛まれたら相手が死ぬまでその関係を解消することが出来ず、他のアルファとの性行為に対して身体が拒否反応を示すようになる。一方アルファ側は複数のオメガと番となることができるため、オメガ側だけが常にリスクを背負うことになる。
そこで、うなじを噛まれることを防ぐためにオメガ専用のネックガードが流通している。その性質上、首輪のようなものなのでそれを付けているとオメガだとひと目でわかってしまうのが夕希は嫌だった。
夕希はジュエリーケースの蓋を閉じると、リビング横に置いていあるデスクの引き出し奥に仕舞った。
気がつくとコーヒーメーカーは既に抽出を終えていた。夕希はそれをマグカップに注ぎ、デスクに向かってノートパソコンを立ち上げた。こんなことにいちいち心を乱されている場合じゃない。先日食べたクレープシュゼットのバターたっぷりでコク深いカラメルソースの甘味と、柑橘の爽やかな匂いが記憶から消える前に文章を書かないといけないのだから。
なかなか集中できないで文章を書いては消し、書いては消ししていると自宅に帰り着いた隼一からメッセージが届いた。
そこには今日のお弁当のお礼と、来週隼一の友人家族と一緒に食事をしようという旨が書かれていた。いつもと変わらぬ隼一のメッセージに夕希はなんだかほっとしてしまった。
会ったこともない人からの一方的なプレゼントなんて嬉しくもなんともない。夕希はさっきまで一緒にいた隼一の元に今すぐ帰りたかった。隼一ならば相手のことを考えずにこんな無礼なことはしない。彼のあの心地よいウッディな香りを今すぐ胸いっぱい吸い込んで安心したい。
「こんな人と結婚したくない……どうしたらいいの、隼一さん……」
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