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第三章 ポワソン
15.夕希特製お弁当
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バーを出た後、二十四時間営業のスーパーに寄って食材を買い込んだ。隼一の自宅の冷蔵庫内にはワインを飲む時用のチーズくらいしか入っていない。常にほぼ空っぽなので、料理をするとなるとお米や調味料から全て買わなければならなかった。
夕希は翌日の土曜日にお弁当を持ってピクニックに行こうと考えていた。たまにはグルメのことは忘れて別のことをすれば隼一の気分転換になると思ったのだ。
この日は四月最後の金曜で、ちょうど連休に入ったところ。天気予報によると翌日の気温は二十度を超えそうだ。
夕希はその晩唐揚げやピクルスの仕込みをした。隼一が物珍しそうにキッチンを覗き込んでくるので聞いてみると、彼は料理だけは苦手なので絶対にしない主義だそうだ。これは一部の親しい人間しか知らない超極秘事項らしい。勝手ながら美食家は料理も上手そうなイメージがある。なんでもできそうなアルファの貴公子でも、実は料理だけは苦手なんだと知って夕希はちょっと嬉しくなった。
そんなわけで、一流シェフの厨房なら見たことがあるという彼でも、自宅で普通の家庭料理が作られるのを見るのは珍しいようだ。彼の家には炊飯器すらなかった。
夕希はその晩酔っ払っていたから、自分の料理を彼に食べさせるのがどういうことか考えていなかった。しかし、翌日目が覚めてみるとなぜ辛口美食評論家に料理をふるまおうなんて思ったのかと後悔した。
しかしもう下ごしらえするところを見られてしまったので、翌朝夕希はお弁当を作り始めた。
おにぎり、唐揚げ、ウィンナー、ピクルス、ブロッコリーにプチトマト、卵焼きという小学生の運動会か? と指摘されそうなおよそSNS映えしないお弁当が出来上がった。弁当箱もスーパーに売っていたものでおしゃれとは程遠いピンク色のプラスチック製のものだった。
「すいません。僕、全然料理得意なわけじゃないのに酔った勢いでお弁当作るなんて……。こんなものしかできませんでした」
うなだれながら出来上がったお弁当を見せると、隼一は目を輝かせた。
「何言ってるんだ。最高じゃないか。俺は感動したよ。こういうのって作ってもらったことないから」
「へ?」
「初めてリアルで見たよ、日本のお弁当。可愛いな、タコのウィンナー」
――嘘でしょ。そこで喜ぶの? とりあえずウィンナーをタコにしたのが正解だった?
「海外のランチボックスだと、ピーナッツサンドとバナナだけなんてザラだからね。日本のこういう手の込んだお弁当って憧れだったよ」
――そうなんだ……。
「ああ悔しいな、匂いがわかったらな。この卵焼き、きっといい匂いだろ?」
「ええ、自分で言うのもなんですけど卵焼きだけは昔から自信あります」
といっても卵焼き器が無くて丸いフライパンで作ったからちょっと形がいびつなのだが。
「どんな匂い?」
「え……と、カツオのお出汁は燻製の香りが弱めのソフトな感じです。それに砂糖の混じったちょっと甘めの匂いですよ」
「ああ、いいね。早く食べたい。で、今日はどこに行くつもり?」
「それが……昨日思いついたのはお台場だったんですけど、考えてみたら連休だし混んでますよね」
「へぇ、お台場には行ったことがないな」
「行ったことないんですか?」
「あそこには俺が食べたい物が無くて」
「隼一さん。今日は美味しいものを食べるのはお休みにして、匂いがしなくても楽しめることをしましょうよ」
「なるほど――それは考えたこともなかった。夕希が案内してくれるならどこでも行ってみたいな」
「じゃあお台場行っちゃいましょう!」
夕希は翌日の土曜日にお弁当を持ってピクニックに行こうと考えていた。たまにはグルメのことは忘れて別のことをすれば隼一の気分転換になると思ったのだ。
この日は四月最後の金曜で、ちょうど連休に入ったところ。天気予報によると翌日の気温は二十度を超えそうだ。
夕希はその晩唐揚げやピクルスの仕込みをした。隼一が物珍しそうにキッチンを覗き込んでくるので聞いてみると、彼は料理だけは苦手なので絶対にしない主義だそうだ。これは一部の親しい人間しか知らない超極秘事項らしい。勝手ながら美食家は料理も上手そうなイメージがある。なんでもできそうなアルファの貴公子でも、実は料理だけは苦手なんだと知って夕希はちょっと嬉しくなった。
そんなわけで、一流シェフの厨房なら見たことがあるという彼でも、自宅で普通の家庭料理が作られるのを見るのは珍しいようだ。彼の家には炊飯器すらなかった。
夕希はその晩酔っ払っていたから、自分の料理を彼に食べさせるのがどういうことか考えていなかった。しかし、翌日目が覚めてみるとなぜ辛口美食評論家に料理をふるまおうなんて思ったのかと後悔した。
しかしもう下ごしらえするところを見られてしまったので、翌朝夕希はお弁当を作り始めた。
おにぎり、唐揚げ、ウィンナー、ピクルス、ブロッコリーにプチトマト、卵焼きという小学生の運動会か? と指摘されそうなおよそSNS映えしないお弁当が出来上がった。弁当箱もスーパーに売っていたものでおしゃれとは程遠いピンク色のプラスチック製のものだった。
「すいません。僕、全然料理得意なわけじゃないのに酔った勢いでお弁当作るなんて……。こんなものしかできませんでした」
うなだれながら出来上がったお弁当を見せると、隼一は目を輝かせた。
「何言ってるんだ。最高じゃないか。俺は感動したよ。こういうのって作ってもらったことないから」
「へ?」
「初めてリアルで見たよ、日本のお弁当。可愛いな、タコのウィンナー」
――嘘でしょ。そこで喜ぶの? とりあえずウィンナーをタコにしたのが正解だった?
「海外のランチボックスだと、ピーナッツサンドとバナナだけなんてザラだからね。日本のこういう手の込んだお弁当って憧れだったよ」
――そうなんだ……。
「ああ悔しいな、匂いがわかったらな。この卵焼き、きっといい匂いだろ?」
「ええ、自分で言うのもなんですけど卵焼きだけは昔から自信あります」
といっても卵焼き器が無くて丸いフライパンで作ったからちょっと形がいびつなのだが。
「どんな匂い?」
「え……と、カツオのお出汁は燻製の香りが弱めのソフトな感じです。それに砂糖の混じったちょっと甘めの匂いですよ」
「ああ、いいね。早く食べたい。で、今日はどこに行くつもり?」
「それが……昨日思いついたのはお台場だったんですけど、考えてみたら連休だし混んでますよね」
「へぇ、お台場には行ったことがないな」
「行ったことないんですか?」
「あそこには俺が食べたい物が無くて」
「隼一さん。今日は美味しいものを食べるのはお休みにして、匂いがしなくても楽しめることをしましょうよ」
「なるほど――それは考えたこともなかった。夕希が案内してくれるならどこでも行ってみたいな」
「じゃあお台場行っちゃいましょう!」
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