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第二章 ポタージュ
13.秘密の共有
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――え? なんでわかったんだ……?
「その香水、フェロモン撹乱用のジャムでしょう」
「わかるんですか?」
「やっぱり。私の姉がオメガでそれと同じものを使ってるの。だからその匂いだけはわかっちゃうんだよね」
ベータの人間はオメガやアルファのフェロモンは感じ取ることができない。しかしこの香水はベータでも判別可能らしい。
「先生はこのこと知ってるの?」
「知ってるというか……その……」
おそらく気づかれているとは思うが、夕希はどう答えるか迷った。
「彼はオメガを近寄らせない人よ。バレたらきっと追い出されるわ」
「え! そうなんですか?」
「ちょっと、あなた知っててベータだと偽ってるんじゃないの?」
笹原が意外そうに目を見開いた。
「いえ……知りませんでした」
「まぁ、そうだったの。じゃあ、どうしてベータのふりを?」
夕希はそれには答えず聞き返す。
「そんなことより、隼一さんがオメガを近寄らせないってどういうことなんでしょうか?」
彼女はちらっと部屋のドアを見た。隼一がまだ帰ってこないのを確認して言う。
「彼はね、常に最高の状態で食事をしたいの」
「それがオメガと何か関係あるんですか」
「おおありよ。近くにオメガがいて発情でもしていたらどう?」
「えっと……フェロモンの香りで……あ!」
「そう。彼はオメガの匂いで料理の匂いや味がわからなくなるのをとても嫌っているの。だからこれまでオメガの人間と親しくしてこなかったのよ。ましてや食卓を囲むなんてあり得ない」
彼女はテーブルの料理を示すように両手を広げた。
夕希がパティシエになることを父に否定されたのと同じ理由だ。オメガには発情期があるから、定期的に匂いも味もわからなくなる。そしてそれは自分だけでなく、周囲のアルファにも影響を与える。
笹原が気遣わしげにこちらを見た。
「ジャムが効いてたから鷲尾先生はあなたがオメガだと気づかずアシスタントに任命したんでしょう。だけどバレたら大変よね」
そもそも彼は今嗅覚を失っているのだが、そのことは笹原も知らないようだ。
「あ、待ってよ。もしかしてあなたって先生の新しい恋人?」
「え!? ち、違います! それはないです」
夕希は首を横に振って否定した。
「そう? とうとう彼もオメガのパートナーを持つ気になったのかと思っちゃって。ほら、ずっと探してるじゃない」
「そうなんですか?」
「それも知らないの?」
「ネットニュースでオメガの社長令嬢を振ったっていうのは見ましたけど……」
笹原によると、どうやら彼はお爺様から結婚しろとうるさく言われているらしい。隼一も自分と同じようなことを身内に言われてると知って夕希は親近感を覚えた。
「早瀬くん、私協力する」
「え?」
「あなたがオメガだってバレないように私もできるだけ気を付けるわね」
笹原が優しく微笑む。
「姉がオメガだから色々大変なのはわかっているわ。困ったことがあったら気軽に頼ってちょうだい」
「笹原さん――ありがとうございます」
「さ、食べましょう! 彼が戻ってきて料理が減ってなかったら変に思われるわよ」
大きな口でパクパクとフカヒレの煮物を食べる笹原は華奢な女性なのにとても頼もしく見えた。よく喋ってよく笑って、しかも初対面なのに親切な人。
そう思いながら料理を食べていたら、隼一が戻ってきた。笹原がワインのグラスを掲げる。
「やっと帰ってきた~! お先に頂いちゃってますよぉ」
「笹原さん、良い飲みっぷりだね」
「やだ早瀬くんだって結構飲んでるわよね?」
「夕希はそんなにお酒は強くないよな」
「え~、そうなの? 早瀬くん、せっかく先生にご馳走になるんだもの、たくさん飲んでいいのよ?」
こうして編集者笹原との面会は和やかに済ませられたのだった。
「その香水、フェロモン撹乱用のジャムでしょう」
「わかるんですか?」
「やっぱり。私の姉がオメガでそれと同じものを使ってるの。だからその匂いだけはわかっちゃうんだよね」
ベータの人間はオメガやアルファのフェロモンは感じ取ることができない。しかしこの香水はベータでも判別可能らしい。
「先生はこのこと知ってるの?」
「知ってるというか……その……」
おそらく気づかれているとは思うが、夕希はどう答えるか迷った。
「彼はオメガを近寄らせない人よ。バレたらきっと追い出されるわ」
「え! そうなんですか?」
「ちょっと、あなた知っててベータだと偽ってるんじゃないの?」
笹原が意外そうに目を見開いた。
「いえ……知りませんでした」
「まぁ、そうだったの。じゃあ、どうしてベータのふりを?」
夕希はそれには答えず聞き返す。
「そんなことより、隼一さんがオメガを近寄らせないってどういうことなんでしょうか?」
彼女はちらっと部屋のドアを見た。隼一がまだ帰ってこないのを確認して言う。
「彼はね、常に最高の状態で食事をしたいの」
「それがオメガと何か関係あるんですか」
「おおありよ。近くにオメガがいて発情でもしていたらどう?」
「えっと……フェロモンの香りで……あ!」
「そう。彼はオメガの匂いで料理の匂いや味がわからなくなるのをとても嫌っているの。だからこれまでオメガの人間と親しくしてこなかったのよ。ましてや食卓を囲むなんてあり得ない」
彼女はテーブルの料理を示すように両手を広げた。
夕希がパティシエになることを父に否定されたのと同じ理由だ。オメガには発情期があるから、定期的に匂いも味もわからなくなる。そしてそれは自分だけでなく、周囲のアルファにも影響を与える。
笹原が気遣わしげにこちらを見た。
「ジャムが効いてたから鷲尾先生はあなたがオメガだと気づかずアシスタントに任命したんでしょう。だけどバレたら大変よね」
そもそも彼は今嗅覚を失っているのだが、そのことは笹原も知らないようだ。
「あ、待ってよ。もしかしてあなたって先生の新しい恋人?」
「え!? ち、違います! それはないです」
夕希は首を横に振って否定した。
「そう? とうとう彼もオメガのパートナーを持つ気になったのかと思っちゃって。ほら、ずっと探してるじゃない」
「そうなんですか?」
「それも知らないの?」
「ネットニュースでオメガの社長令嬢を振ったっていうのは見ましたけど……」
笹原によると、どうやら彼はお爺様から結婚しろとうるさく言われているらしい。隼一も自分と同じようなことを身内に言われてると知って夕希は親近感を覚えた。
「早瀬くん、私協力する」
「え?」
「あなたがオメガだってバレないように私もできるだけ気を付けるわね」
笹原が優しく微笑む。
「姉がオメガだから色々大変なのはわかっているわ。困ったことがあったら気軽に頼ってちょうだい」
「笹原さん――ありがとうございます」
「さ、食べましょう! 彼が戻ってきて料理が減ってなかったら変に思われるわよ」
大きな口でパクパクとフカヒレの煮物を食べる笹原は華奢な女性なのにとても頼もしく見えた。よく喋ってよく笑って、しかも初対面なのに親切な人。
そう思いながら料理を食べていたら、隼一が戻ってきた。笹原がワインのグラスを掲げる。
「やっと帰ってきた~! お先に頂いちゃってますよぉ」
「笹原さん、良い飲みっぷりだね」
「やだ早瀬くんだって結構飲んでるわよね?」
「夕希はそんなにお酒は強くないよな」
「え~、そうなの? 早瀬くん、せっかく先生にご馳走になるんだもの、たくさん飲んでいいのよ?」
こうして編集者笹原との面会は和やかに済ませられたのだった。
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