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第二章 ポタージュ
7.美食家αからの急なお誘い
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「誠に申し訳ございませんでした。今後このようなことが無いよう注意します」
夕希はこの日何度目になるかわからない謝罪の言葉を述べて、顧客先の医師に深々と頭を下げた。
「もういい、使えるようになったから」
初老の医師は夕希から興味を失ったようで目の前のパソコンに文字を打ち込み始めた。
病院の外に出てようやく息を吐く。
「はぁ……また怒られちゃったよ」
夕希は現在IT企業でシステムエンジニアをしていて、病院内で使用されるカルテや会計システムを担当している。仕事のことを聞かれてシステムエンジニアだと言うと皆一様に「プログラミングしてるんだ、すごい」と反応してくれるが、実際の仕事は対人が主だ。今みたいにシステムに不具合があったら呼ばれて飛んで行き、客先で頭を下げる。
とぼとぼと歩きながらスマホで次の予定をチェックした。悲しいことに午後の訪問先でも怒鳴られる覚悟が必要なようだ。
「もう無理。エネルギー補給しないと死んじゃうよ」
夕希は鞄に入れてあったチョコレートを取り出し、包装紙を破いて一粒口に入れた。ローストしたナッツの香りが鼻孔に広がる。
「ああ、甘さが沁みる」
疲れた脳が求めていた甘さではあったものの、チョコレート自体は脂っぽくてそれほど品質は高くない。
――この前隼一さんに連れて行ってもらったNホテルのチョコは口溶け良くてめちゃくちゃ美味しかったなぁ……。
夕希はスマホを取り出して画像投稿SNSの自分のアカウントをチェックする。そこには先週隼一と訪れたホテルの新作スイーツ試食会で食べたチョコレートの写真が載っていた。宝石のように輝くチョコレートにうっとりしていたら、スマホに着信履歴が残っている事に気づいた。
――あれ、留守電?
聞いてみると、隼一からの伝言だった。
『急だけど今夜は空いてるか? 予定がなければ仕事上がりに食事に行こう。連絡待ってる』
――うわ、ちょうどメンタルやられて美味しいもの食べたかったところ……!
絶妙なタイミングで来た美食家からのお誘い。さっきまで仕事で叱られ落ち込んでいたのが嘘みたいに夕希の心は弾んでいた。駅のホームに車両が入ってくる。金曜の夜に突如入った予定に心を踊らせ、夕希は軽い足取りで地下鉄に乗り込んだ。
◇
その夜仕事を終えて夕希は会社を出た。そのまま待ち合わせ場所まで行こうとしたら、ビルを出てすぐのところで声を掛けられた。
「夕希、こっちだ」
「えっ、隼一さん?」
「早く着いたから迎えに来た」
オフィス街に黒いスポーツカーで現れた隼一に驚いた。
車に乗り込むとヘッドレスト一体型のスポーツ仕様のシートになっていて、普段乗る機会の無い特殊なインテリアに夕希は目を見張った。
「これジェームズ・ボンドの車じゃないですか。すごい……」
「映画好きなのか?」
「ええ、アクション系やスパイ物しか見ないですけど」
「そうなんだ。意外だな、恋愛ものでも見てそうな顔してるのに」
――それってどんな顔?
「恋愛ものは苦手です。眠くなっちゃうし」
「俺もだよ」
夕希がシートベルトをしたのを確認した後、少し高めのエンジン音を響かせて彼は車を発進させた。
「今日は寿司でいい?」
「はい、僕は何でも。隼一さんはお寿司が好きなんですか?」
「そうだな、日本にいる間は日本食を口にしたくなるってとこかな」
彼は一年の約半分は海外で過ごしているとのことだった。
「匂いがしないと、濃い味付けの洋食はそこそこ普通に食べられるんだ。だけど和食の繊細な風味は匂いがしないと全く楽しめなくてね。君についてきてもらえば寿司も食べられるかなって思ったんだ」
夕希はこの日何度目になるかわからない謝罪の言葉を述べて、顧客先の医師に深々と頭を下げた。
「もういい、使えるようになったから」
初老の医師は夕希から興味を失ったようで目の前のパソコンに文字を打ち込み始めた。
病院の外に出てようやく息を吐く。
「はぁ……また怒られちゃったよ」
夕希は現在IT企業でシステムエンジニアをしていて、病院内で使用されるカルテや会計システムを担当している。仕事のことを聞かれてシステムエンジニアだと言うと皆一様に「プログラミングしてるんだ、すごい」と反応してくれるが、実際の仕事は対人が主だ。今みたいにシステムに不具合があったら呼ばれて飛んで行き、客先で頭を下げる。
とぼとぼと歩きながらスマホで次の予定をチェックした。悲しいことに午後の訪問先でも怒鳴られる覚悟が必要なようだ。
「もう無理。エネルギー補給しないと死んじゃうよ」
夕希は鞄に入れてあったチョコレートを取り出し、包装紙を破いて一粒口に入れた。ローストしたナッツの香りが鼻孔に広がる。
「ああ、甘さが沁みる」
疲れた脳が求めていた甘さではあったものの、チョコレート自体は脂っぽくてそれほど品質は高くない。
――この前隼一さんに連れて行ってもらったNホテルのチョコは口溶け良くてめちゃくちゃ美味しかったなぁ……。
夕希はスマホを取り出して画像投稿SNSの自分のアカウントをチェックする。そこには先週隼一と訪れたホテルの新作スイーツ試食会で食べたチョコレートの写真が載っていた。宝石のように輝くチョコレートにうっとりしていたら、スマホに着信履歴が残っている事に気づいた。
――あれ、留守電?
聞いてみると、隼一からの伝言だった。
『急だけど今夜は空いてるか? 予定がなければ仕事上がりに食事に行こう。連絡待ってる』
――うわ、ちょうどメンタルやられて美味しいもの食べたかったところ……!
絶妙なタイミングで来た美食家からのお誘い。さっきまで仕事で叱られ落ち込んでいたのが嘘みたいに夕希の心は弾んでいた。駅のホームに車両が入ってくる。金曜の夜に突如入った予定に心を踊らせ、夕希は軽い足取りで地下鉄に乗り込んだ。
◇
その夜仕事を終えて夕希は会社を出た。そのまま待ち合わせ場所まで行こうとしたら、ビルを出てすぐのところで声を掛けられた。
「夕希、こっちだ」
「えっ、隼一さん?」
「早く着いたから迎えに来た」
オフィス街に黒いスポーツカーで現れた隼一に驚いた。
車に乗り込むとヘッドレスト一体型のスポーツ仕様のシートになっていて、普段乗る機会の無い特殊なインテリアに夕希は目を見張った。
「これジェームズ・ボンドの車じゃないですか。すごい……」
「映画好きなのか?」
「ええ、アクション系やスパイ物しか見ないですけど」
「そうなんだ。意外だな、恋愛ものでも見てそうな顔してるのに」
――それってどんな顔?
「恋愛ものは苦手です。眠くなっちゃうし」
「俺もだよ」
夕希がシートベルトをしたのを確認した後、少し高めのエンジン音を響かせて彼は車を発進させた。
「今日は寿司でいい?」
「はい、僕は何でも。隼一さんはお寿司が好きなんですか?」
「そうだな、日本にいる間は日本食を口にしたくなるってとこかな」
彼は一年の約半分は海外で過ごしているとのことだった。
「匂いがしないと、濃い味付けの洋食はそこそこ普通に食べられるんだ。だけど和食の繊細な風味は匂いがしないと全く楽しめなくてね。君についてきてもらえば寿司も食べられるかなって思ったんだ」
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