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66.国王夫妻の帰還(1)
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こうして爬虫類一族により長きにわたって計画されていたグエルブ王国の乗っ取り、そしてサーシャの監禁事件は幕を下ろした。
肩に傷を負ったイデオンはその後すぐにクレムス王国の療養施設に運ばれた。幸い命に別状はなく、手当を受けたイデオンは持ち前の頑丈さで翌日には目を覚ました。一週間ほど雪豹姿のままクレムス王国に滞在し、ようやく人の姿に戻れるようになった。
「ようやく話ができるな」
「無事で良かったです」
久々にイデオンと会話できるようになったサーシャはほっとして涙を流した。
「泣くな、サーシャ。再会してからお前の泣き顔ばかり見ている気がする」
「ごめんね。でも安心したら涙が止まらないんだもんしかたないしょ」
(良かった。イデオン様ともう話せなくなったらどうしようかと思っちゃった……まぁ、あの全身もっふもふなイデオン様も捨てがたいんだけど)
ベッドに横になったままイデオンが眉間にシワを寄せて言う。
「お前をこんな目に遭わせて本当にすまなかった。妻ひとり満足に助けられなくて情けない――どうか許してくれ」
「え、なしたの? イデオン様は僕を迎えに来てくれたじゃない。こんな怪我までして守ってくれて」
「ああ。しかし、俺一人では救えなかった。あの者たちがいなければどうなっていたか……」
イデオンはクレムス王国に出稼ぎに来ていた作業員たちに頭を下げ、プライドを捨ててサーシャ救出の援護を頼んだという。元々彼らはマリアーノによってグエルブ王国から追い出された身。たまたまヘラジカ獣人がグエルブを出る前にヨエルと市場で鉢合わせたらしい。そこでヨエルの指示により皆クレムス王国に集まって来ていたわけだ。
「クレムス王国の人間の技師らと彼らは打ち解けていろいろ情報交換していたようだ。お陰でヴァレンティ邸の秘密の通路から、お前の閉じ込められた部屋のことまでいろいろ聞き出してくれて助かった。あの者たちには頭が上がらんな」
「ふふ、みんないい人たちでしょ? コンサバトリーの改修で手伝ってもらったときから本当にお世話になりっぱなしだもんね」
「ああ。俺からも皆に褒美を取らせねばならんな」
「うん。それに、今度こそイデオン様も一緒にコンサバトリーでパーティーしようね」
イデオンはようやく笑顔を見せた。怪我をしたせいで表情が暗いのかと思っていたけど、今回の件で責任を感じて精神的に参っていたようだ。
(助けに来てくれただけで嬉しかったし、気にしなくていいのに)
クレムス療養中に、デーア大公国のグスタフ大公も見舞いに来てくれた。イデオンとは以前会ったことがあるそうで、グスタフが親しげに微笑みかける。
「やあ、イデオン。すっかり大きくなったなぁ。怪我の具合はどうだ?」
「お久しぶりです、殿下。お陰さまで、この通りもう大丈夫です。この度は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそすまなかった。俺の国で君の両親があんなことになってずっと謝りたかったんだ」
「――あなたのせいではありません」
「残念だよ、本当に」
グスタフはイデオンに向かって優しく「困ったことがあったらお父さんだと思って頼ってくれ」と言って去っていった。
◇
その後念の為もう一週間ほど滞在した後、サーシャとイデオンは馬車でグエルブ王国へ帰った。
温かかったクレムス王国から雪国へ戻ると、サーシャは早速馬車の窓を開けて深呼吸した。
「くぅ~。しばれるなぁ! やっぱり冬はこうでないとね」
「お前は寒いのが好きなのか?」
「それは当たり前っしょ。あ、ごめんね。冷たい風はイデオン様の傷にさわるべか」
「ふん、俺を誰だと思っているんだ。雪豹だぞ?」
サーシャがイデオンと共にグエルブ城に再び足を踏み入れると、パタパタと軽快な足音が聞こえてきた。
「サーシャー! おかえりなさい!」
「ミカルくん」
小さな雪豹獣人がサーシャの胸に飛び込んできた。それを受け止め切れずにあやうく後ろへ転びそうになったところをイデオンが支えてくれる。
兄王は弟の頭を撫でた。
「ミカル、ちゃんと良い子にしていたか?」
「はい、お兄さま!」
別れ際にかすれる声でぼそぼそと話していたミカルは、よく通る声でハキハキ答えた。
「ミカルくん、お話しするのすっごく上手になってるじゃん! すごいね」
「えへへ、サーシャが帰ってくるのずっとずっと待ってたんだよ。嬉しい……」
そう言ってミカルはもう一度サーシャにぎゅっと抱きついた。
ふわふわの白いしっぽがゆらゆら揺れているのが可愛らしい。サーシャもミカルを抱きしめ、金色の巻き毛に頬ずりした。
「ありがとう、僕もまた会えて嬉しいよ。抱っこしていい?」
「うん!」
サーシャはミカルを抱き上げた。すると回廊の奥からヨエル、宰相オリヴァーと共に見たことのある人物がやってきた。
「陛下、よくぞご無事で。それからサーシャ様、お久しぶりでございます。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「エミールじゃないか……!」
エミールはデーア大公国のグスタフ大公の親友オットー・リーゼンフェルト伯爵の長男だ。サーシャとも年が近く、子どもの頃デーア大公国に遊びに行ったときグスタフ公の子息と一緒によく遊んでいた。
「なんでエミールがここに?」
「はい。実はヴァレンティ男爵の件で調査を請け負っていたのが父と僕でして」
「え~! そうだったんだ」
肩に傷を負ったイデオンはその後すぐにクレムス王国の療養施設に運ばれた。幸い命に別状はなく、手当を受けたイデオンは持ち前の頑丈さで翌日には目を覚ました。一週間ほど雪豹姿のままクレムス王国に滞在し、ようやく人の姿に戻れるようになった。
「ようやく話ができるな」
「無事で良かったです」
久々にイデオンと会話できるようになったサーシャはほっとして涙を流した。
「泣くな、サーシャ。再会してからお前の泣き顔ばかり見ている気がする」
「ごめんね。でも安心したら涙が止まらないんだもんしかたないしょ」
(良かった。イデオン様ともう話せなくなったらどうしようかと思っちゃった……まぁ、あの全身もっふもふなイデオン様も捨てがたいんだけど)
ベッドに横になったままイデオンが眉間にシワを寄せて言う。
「お前をこんな目に遭わせて本当にすまなかった。妻ひとり満足に助けられなくて情けない――どうか許してくれ」
「え、なしたの? イデオン様は僕を迎えに来てくれたじゃない。こんな怪我までして守ってくれて」
「ああ。しかし、俺一人では救えなかった。あの者たちがいなければどうなっていたか……」
イデオンはクレムス王国に出稼ぎに来ていた作業員たちに頭を下げ、プライドを捨ててサーシャ救出の援護を頼んだという。元々彼らはマリアーノによってグエルブ王国から追い出された身。たまたまヘラジカ獣人がグエルブを出る前にヨエルと市場で鉢合わせたらしい。そこでヨエルの指示により皆クレムス王国に集まって来ていたわけだ。
「クレムス王国の人間の技師らと彼らは打ち解けていろいろ情報交換していたようだ。お陰でヴァレンティ邸の秘密の通路から、お前の閉じ込められた部屋のことまでいろいろ聞き出してくれて助かった。あの者たちには頭が上がらんな」
「ふふ、みんないい人たちでしょ? コンサバトリーの改修で手伝ってもらったときから本当にお世話になりっぱなしだもんね」
「ああ。俺からも皆に褒美を取らせねばならんな」
「うん。それに、今度こそイデオン様も一緒にコンサバトリーでパーティーしようね」
イデオンはようやく笑顔を見せた。怪我をしたせいで表情が暗いのかと思っていたけど、今回の件で責任を感じて精神的に参っていたようだ。
(助けに来てくれただけで嬉しかったし、気にしなくていいのに)
クレムス療養中に、デーア大公国のグスタフ大公も見舞いに来てくれた。イデオンとは以前会ったことがあるそうで、グスタフが親しげに微笑みかける。
「やあ、イデオン。すっかり大きくなったなぁ。怪我の具合はどうだ?」
「お久しぶりです、殿下。お陰さまで、この通りもう大丈夫です。この度は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそすまなかった。俺の国で君の両親があんなことになってずっと謝りたかったんだ」
「――あなたのせいではありません」
「残念だよ、本当に」
グスタフはイデオンに向かって優しく「困ったことがあったらお父さんだと思って頼ってくれ」と言って去っていった。
◇
その後念の為もう一週間ほど滞在した後、サーシャとイデオンは馬車でグエルブ王国へ帰った。
温かかったクレムス王国から雪国へ戻ると、サーシャは早速馬車の窓を開けて深呼吸した。
「くぅ~。しばれるなぁ! やっぱり冬はこうでないとね」
「お前は寒いのが好きなのか?」
「それは当たり前っしょ。あ、ごめんね。冷たい風はイデオン様の傷にさわるべか」
「ふん、俺を誰だと思っているんだ。雪豹だぞ?」
サーシャがイデオンと共にグエルブ城に再び足を踏み入れると、パタパタと軽快な足音が聞こえてきた。
「サーシャー! おかえりなさい!」
「ミカルくん」
小さな雪豹獣人がサーシャの胸に飛び込んできた。それを受け止め切れずにあやうく後ろへ転びそうになったところをイデオンが支えてくれる。
兄王は弟の頭を撫でた。
「ミカル、ちゃんと良い子にしていたか?」
「はい、お兄さま!」
別れ際にかすれる声でぼそぼそと話していたミカルは、よく通る声でハキハキ答えた。
「ミカルくん、お話しするのすっごく上手になってるじゃん! すごいね」
「えへへ、サーシャが帰ってくるのずっとずっと待ってたんだよ。嬉しい……」
そう言ってミカルはもう一度サーシャにぎゅっと抱きついた。
ふわふわの白いしっぽがゆらゆら揺れているのが可愛らしい。サーシャもミカルを抱きしめ、金色の巻き毛に頬ずりした。
「ありがとう、僕もまた会えて嬉しいよ。抱っこしていい?」
「うん!」
サーシャはミカルを抱き上げた。すると回廊の奥からヨエル、宰相オリヴァーと共に見たことのある人物がやってきた。
「陛下、よくぞご無事で。それからサーシャ様、お久しぶりでございます。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「エミールじゃないか……!」
エミールはデーア大公国のグスタフ大公の親友オットー・リーゼンフェルト伯爵の長男だ。サーシャとも年が近く、子どもの頃デーア大公国に遊びに行ったときグスタフ公の子息と一緒によく遊んでいた。
「なんでエミールがここに?」
「はい。実はヴァレンティ男爵の件で調査を請け負っていたのが父と僕でして」
「え~! そうだったんだ」
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