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61.ヴァレンティ男爵の思惑と監禁された花嫁

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(可愛い私のサーシャ。長年想い続けてやっと手に入れることができた。そう思ったのに――結局私の屋敷に来てから、まともに一緒に食事もできず触れることも叶わない)

「こんなことになるとは……」



かつて爬虫類の一族であるヴァレンティ家は別の名前でグエルブ王国の王家に呪い師として仕えていた。
しかし欲をかいて王座を狙おうとし、失敗した。

そして爬虫類族は獣人の国から追放された。

爬虫類族は、獣人と違って耳も人間と同じ形で尻尾も隠すことができた。そこで爬虫類族の祖先は人間のフリをしてクレムス王国に住み着いた。

一族に伝わるまじないの力を駆使してとある男爵家の主人を亡きものにし、当主になり代わった。
そしてそのまま「ヴァレンティ男爵」を名乗って商売を軌道にのせ、財を成した。
催眠をかけて人を操ることも得意としていたから、誰にも乗っ取りを疑われることはなかった。
そしていつか故郷であるグエルブの王族に復讐しようと虎視眈々と狙っていたのだ。

バルトロメオ・ヴァレンティはグエルブ王国から追放された爬虫類族の4代目で、既にヴァレンティ家は莫大な財産を築いていた。
そんな中若かりし日のヴァレンティ男爵は、サーシャの母アンネマリーに恋をする。

しかし侯爵令嬢だった彼女とは身分も違うためうまくいかず。結局フランツ・レーヴェニヒという公爵の長男に彼女を奪われてしまった。

そのことを恨みに思っていたヴァレンティ男爵は、彼女の息子でオメガのサーシャに目をつけた。

クレムス王レーヴェニヒ家の遠縁であるサーシャと結婚すれば王家とのつながりもできる。となればグエルブ王国を手にかけるのも容易になると考えたのだ。

同盟を結ぼうとしているグエルブとクレムスを仲違いさせ、グエルブ王国に攻撃を仕掛ければ――。混乱に乗じて王国を支配することができるかもしれないとヴァレンティ男爵は思っていた。

そして同盟締結の直前、会談の場であるデーア大公国を訪れたグエルブ王と王妃をクレムス側の人間の仕業と見せかけて暗殺。
これで首尾よく同盟締結を阻止することができた。

しかしひとつ誤算があった。
デーア大公国のグスタフ大公はヴァレンティ男爵が考えていたよりもグエルブ前国王と親しかったのだ。

すぐにでもグエルブとクレムスが戦争を始めれば、ヴァレンティ男爵は人間との同盟に反対する過激派組織を使いグエルブ王国軍を内部から壊滅させる腹づもりであった。
しかし獣人国はデーア大公国の忠告を聞き入れ、クレムス王国からサーシャを人質花嫁として受け入れてしまった。
これにより即時開戦の道は断たれた。

ヴァレンティ男爵はこれらの作戦を抜きにしても、アンネマリーにそっくりなサーシャに対し熱烈な恋愛感情を抱くようになっていた。
彼と結婚し、しかも国取りもできると思っていたのに――可愛いサーシャは憎き雪豹王に嫁いでしまった。
動物嫌いのサーシャがまさか自分ではなく獣人の妻になることを選ぶとは全く予想もしていなかった。

そこで急遽派遣したのが甥っ子のマリアーノだ。彼にはこれまでもサーシャに近づくアルファを追い払ってもらっていた。
学生の頃には、サーシャが交際を始めたアルファ貴族との仲を引き裂いてもらったこともある。
そこで今回も同じようにサーシャの代わりにマリアーノを雪豹王の妻にすべく送り込んだ。

雪豹王との間にマリアーノが子を成せば、爬虫類族の血を引く王位継承者が誕生するわけだ。つまり戦わずして一族の悲願が達成する。

(マリアーノは上手くやってくれている。雪豹王を脅してサーシャを私の屋敷に送り届けてくれた……)

しかし問題は、サーシャが錯乱状態になってしまったことだった。

(一体何を間違えたというんだ――)

ヴァレンティ男爵は彼の母親の借金を返してやったし、この屋敷ではなんの不自由も無く暮らせているはずだ。

しかしサーシャは雪豹アルファ獣人のたまらなく嫌な匂いのついたマントを肌身離さず身につけている。そしてそれを脱がせようとすると暴れて、終いには自傷行為に走るので奪うこともできない。

あの酷い匂い――アルファのマーキングのおかげでヴァレンティ男爵はサーシャに触れることもできなかった。

しかもサーシャはここへ来てからもう2度も脱走騒ぎを起こしている。
最初は海側のバルコニー付きの部屋を与えていた。しかしそこは施錠がしっかりできない部屋。
それですぐに脱走されてしまったので、ヴァレンティ男爵はサーシャを山側の斜面に接した暗く鍵のかかる部屋に移さねばならなかった。

部屋の外から鍵を掛け、ヴァレンティ男爵はサーシャが逃げないように直近の記憶を忘れさせる催眠術をかけた。
するとその副作用なのかサーシャは自分のことを「ミノル」だと名乗り「ホッカイドウから来た。道に迷って帰れない」などと奇妙な主張を繰り返すようになった。
最初は虚言だと思ったが、本気でそう思い込んでいるようで普通の貴族が使わないような奇妙な言葉をぶつぶつつぶやいている。しかも食事もろくに取らず、水しか飲まないのでどんどんやつれていく。
うつろな目をしたサーシャはこちらを見ても誰かわからないようだ。

(雪豹王との記憶だけ忘れさせるはずがこんなことになるとは想定外だった――)



それから数日後。
雪豹王イデオン・ヘレニウスが愚かにも単独でヴァレンティ邸に乗り込んで来たと敷地の周囲に配置した見張り番から知らせが届いた。

「マリアーノからはなんの知らせも無いが……雪豹王が自らサーシャを連れ戻しに来たというのか?」

(ふふん、人間のオメガにうつつを抜かす獣人国王の間抜けヅラを拝んでやるとしよう。そしてこの手でその首をはねてやろう――!)
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