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60.ミカルのチョコレート作戦
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そして翌日ミカルは兄イデオンの言いつけ通りに、決められた時刻になるとこっそりキャビネットからチョコレートの箱を取り出した。
つやのある緑色の包装紙で包まれた箱を抱えたミカルは、誰にも見つからないように周囲を窺いながら廊下へ出た。
◇
先程ミカルはイタチ獣人がマリアーノと話しているところを見かけた。だからおそらくこの後数日はイタチが城へ来ることはないだろう。
元々サーシャの部屋だった西棟の角部屋がマリアーノの居室となっている。
コンコンコン、とミカルはドアをノックした。
「誰?」
室内に入るとマリアーノが目を見開いた。
「おやおや、可愛らしい雪豹の坊やじゃないか。珍しいね、何の用?」
「……」
ミカルは口がきけないふりをしてマリアーノに近づいた。無言でチョコレートの箱を差し出す。
「え? 何これ。僕に?」
「……」
ミカルは無言で頷いた。するとマリアーノの近くに立っていたアンが言う。
「まあ、これは王都一のお菓子屋さんの包み紙ですわ。ミカル様は、お兄さまの新しいお嫁さんにご挨拶にいらしたんじゃないでしょうか」
実はアンとは先日ヨエルとコンサバトリーでやり取りしているところを見られていた。彼女は植物の様子が気になって、マリアーノの目を盗んで見に来たのだった。そこで彼女にも協力してくれるよう頼んでいた。
「へえ、そうなんだ。ありがとう。ええと――ミカルだっけ?」
「……」
ミカルは頷いた。
「じゃあ早速食べようか」
マリアーノはこんなに小さな子が何か仕掛けてくるとは考えなかったようで、疑いもせずに包み紙を開けた。
「わあ、チョコレートじゃないか。美味しそう! ミカルも一緒に食べる?」
そう尋ねられてミカルはどきっとした。そして首を横にふる。
(ぼくは食べられないよ)
「え、いらないの? 子どもはチョコが好きだろう。ほら、遠慮しないで食べなよ」
マリアーノは悪人のくせに子どもに対して妙に優しいところを見せる。ミカルがまごついているとアンが横から口を挟んだ。
「あ、あの! マリアーノ様。そのチョコはウィスキーが入ってますのよ。ですからミカルさまはまだお召し上がりになれませんの」
「ああ、そういうことか。じゃあアンとスーは食べられるね」
「いいえ、とんでもない。私達はまだ仕事中ですからお酒入のものは遠慮いたしますわ」
「そう?」
「私、お茶を入れて参りますわね」
◇
アンのおかげでマリアーノだけがチョコレートを「美味しい美味しい」とぱくぱく食べてくれた。
彼はどうやら甘いものが好きらしい。とても喜んでいて、箱の中身を半分ほど平らげたと思うと急にぱたっとテーブルに突っ伏してしまった。
「……うまくいきましたわね、ミカル様」
ミカルは頷いた。アンの横にいたスーがマリアーノの様子を見てびっくりしている。
「まあ、お酒に酔って眠ってしまわれたの?」
「いいえ、違うのよ。じつはこのチョコレートには眠り薬が仕込んであったの」
「やだ、どういうこと?」
「詳しい話は後よ。マリアーノ様が起きる前に縛ってしまわないと」
「縛る!?」
スーは驚いてオロオロしていたが、アンの方はテキパキとクローゼットを開けて中から何かを持ってきた。
「これできっちり縛り上げるのよ」
アンが持ってきたのは花嫁のナイトガウンを結ぶための長いリボン状の紐だった。
マリアーノをベッドへ運び、侍女二人がかりで何重にもきっちり編み込むように巻き上げていく。するとマリアーノはすっかり身動きできない状態になった。
気づけば日が傾いており、ノックの音と共にヨエルが部屋に入って来た。
「お待たせしましたミカル様。アンもよくやってくれた」
「まあヨエル、無事に来られてよかったわ!」
(ヨエルが来てくれてよかった……)
ミカルもアンもやることはやったものの、侍女と子どもだけでは心細くて内心怯えていたのだ。
「イデオン様は?」
ヨエルが尋ねると同時にドアが開いてイデオンが「ここだ」と姿を現した。そしてベッドの上でぐるぐる巻きになっているマリアーノを見て頷く。
「皆よくやってくれた――。これはちょっとやそっとでは解けそうもないな」
「ええ。こちらはレディがどうしても殿方の前でガウンを脱ぎたくないときにする結び方ですの。今年の最新流行ですのよ」
「ほう――」
(どういう意味?)
ミカルはアンとイデオンの会話の意味がわからず首を傾げた。
「ではマリアーノはこれで問題無いな。ヨエル、デーア大公国からの援軍はどうなっている?」
「はい。明日の朝には到着する見込みです。昼頃までには王宮を包囲できるかと」
「わかった。それでは、俺はすぐにでも出発してサーシャを救出する」
「実はクレムス王国でヴァレンティ男爵の屋敷を差し押さえる準備が進んでいるのですが……」
ヨエルによると、大々的にクレムス王の名を掲げて押し掛ければヴァレンティ男爵がサーシャを連れて逃亡する可能性があるという。そこでイデオンが単独で乗り込み、サーシャを先に救出してから屋敷の差し押さえをすることで話がまとまっているそうだ。
「つまり俺はなるべく早く駆けつけねばならんということだな。わかった、すぐに出る」
「お一人で大丈夫ですか?」
「当然だ。獣化して走るのが一番速いからな、従者など足手まといだ」
「くれぐれもお気をつけください、陛下」
(お兄さま……サーシャをよろしくね)
ミカルは兄の袖を掴み、想いを込めて見つめた。
「ミカル、必ずサーシャを連れて帰るからな。お前はデーア大公国の援軍が来るまでヨエルの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」
ミカルが力強く頷くのを見た兄は、颯爽と部屋を出て行った。
つやのある緑色の包装紙で包まれた箱を抱えたミカルは、誰にも見つからないように周囲を窺いながら廊下へ出た。
◇
先程ミカルはイタチ獣人がマリアーノと話しているところを見かけた。だからおそらくこの後数日はイタチが城へ来ることはないだろう。
元々サーシャの部屋だった西棟の角部屋がマリアーノの居室となっている。
コンコンコン、とミカルはドアをノックした。
「誰?」
室内に入るとマリアーノが目を見開いた。
「おやおや、可愛らしい雪豹の坊やじゃないか。珍しいね、何の用?」
「……」
ミカルは口がきけないふりをしてマリアーノに近づいた。無言でチョコレートの箱を差し出す。
「え? 何これ。僕に?」
「……」
ミカルは無言で頷いた。するとマリアーノの近くに立っていたアンが言う。
「まあ、これは王都一のお菓子屋さんの包み紙ですわ。ミカル様は、お兄さまの新しいお嫁さんにご挨拶にいらしたんじゃないでしょうか」
実はアンとは先日ヨエルとコンサバトリーでやり取りしているところを見られていた。彼女は植物の様子が気になって、マリアーノの目を盗んで見に来たのだった。そこで彼女にも協力してくれるよう頼んでいた。
「へえ、そうなんだ。ありがとう。ええと――ミカルだっけ?」
「……」
ミカルは頷いた。
「じゃあ早速食べようか」
マリアーノはこんなに小さな子が何か仕掛けてくるとは考えなかったようで、疑いもせずに包み紙を開けた。
「わあ、チョコレートじゃないか。美味しそう! ミカルも一緒に食べる?」
そう尋ねられてミカルはどきっとした。そして首を横にふる。
(ぼくは食べられないよ)
「え、いらないの? 子どもはチョコが好きだろう。ほら、遠慮しないで食べなよ」
マリアーノは悪人のくせに子どもに対して妙に優しいところを見せる。ミカルがまごついているとアンが横から口を挟んだ。
「あ、あの! マリアーノ様。そのチョコはウィスキーが入ってますのよ。ですからミカルさまはまだお召し上がりになれませんの」
「ああ、そういうことか。じゃあアンとスーは食べられるね」
「いいえ、とんでもない。私達はまだ仕事中ですからお酒入のものは遠慮いたしますわ」
「そう?」
「私、お茶を入れて参りますわね」
◇
アンのおかげでマリアーノだけがチョコレートを「美味しい美味しい」とぱくぱく食べてくれた。
彼はどうやら甘いものが好きらしい。とても喜んでいて、箱の中身を半分ほど平らげたと思うと急にぱたっとテーブルに突っ伏してしまった。
「……うまくいきましたわね、ミカル様」
ミカルは頷いた。アンの横にいたスーがマリアーノの様子を見てびっくりしている。
「まあ、お酒に酔って眠ってしまわれたの?」
「いいえ、違うのよ。じつはこのチョコレートには眠り薬が仕込んであったの」
「やだ、どういうこと?」
「詳しい話は後よ。マリアーノ様が起きる前に縛ってしまわないと」
「縛る!?」
スーは驚いてオロオロしていたが、アンの方はテキパキとクローゼットを開けて中から何かを持ってきた。
「これできっちり縛り上げるのよ」
アンが持ってきたのは花嫁のナイトガウンを結ぶための長いリボン状の紐だった。
マリアーノをベッドへ運び、侍女二人がかりで何重にもきっちり編み込むように巻き上げていく。するとマリアーノはすっかり身動きできない状態になった。
気づけば日が傾いており、ノックの音と共にヨエルが部屋に入って来た。
「お待たせしましたミカル様。アンもよくやってくれた」
「まあヨエル、無事に来られてよかったわ!」
(ヨエルが来てくれてよかった……)
ミカルもアンもやることはやったものの、侍女と子どもだけでは心細くて内心怯えていたのだ。
「イデオン様は?」
ヨエルが尋ねると同時にドアが開いてイデオンが「ここだ」と姿を現した。そしてベッドの上でぐるぐる巻きになっているマリアーノを見て頷く。
「皆よくやってくれた――。これはちょっとやそっとでは解けそうもないな」
「ええ。こちらはレディがどうしても殿方の前でガウンを脱ぎたくないときにする結び方ですの。今年の最新流行ですのよ」
「ほう――」
(どういう意味?)
ミカルはアンとイデオンの会話の意味がわからず首を傾げた。
「ではマリアーノはこれで問題無いな。ヨエル、デーア大公国からの援軍はどうなっている?」
「はい。明日の朝には到着する見込みです。昼頃までには王宮を包囲できるかと」
「わかった。それでは、俺はすぐにでも出発してサーシャを救出する」
「実はクレムス王国でヴァレンティ男爵の屋敷を差し押さえる準備が進んでいるのですが……」
ヨエルによると、大々的にクレムス王の名を掲げて押し掛ければヴァレンティ男爵がサーシャを連れて逃亡する可能性があるという。そこでイデオンが単独で乗り込み、サーシャを先に救出してから屋敷の差し押さえをすることで話がまとまっているそうだ。
「つまり俺はなるべく早く駆けつけねばならんということだな。わかった、すぐに出る」
「お一人で大丈夫ですか?」
「当然だ。獣化して走るのが一番速いからな、従者など足手まといだ」
「くれぐれもお気をつけください、陛下」
(お兄さま……サーシャをよろしくね)
ミカルは兄の袖を掴み、想いを込めて見つめた。
「ミカル、必ずサーシャを連れて帰るからな。お前はデーア大公国の援軍が来るまでヨエルの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」
ミカルが力強く頷くのを見た兄は、颯爽と部屋を出て行った。
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