61 / 69
60.ミカルのチョコレート作戦
しおりを挟む
そして翌日ミカルは兄イデオンの言いつけ通りに、決められた時刻になるとこっそりキャビネットからチョコレートの箱を取り出した。
つやのある緑色の包装紙で包まれた箱を抱えたミカルは、誰にも見つからないように周囲を窺いながら廊下へ出た。
◇
先程ミカルはイタチ獣人がマリアーノと話しているところを見かけた。だからおそらくこの後数日はイタチが城へ来ることはないだろう。
元々サーシャの部屋だった西棟の角部屋がマリアーノの居室となっている。
コンコンコン、とミカルはドアをノックした。
「誰?」
室内に入るとマリアーノが目を見開いた。
「おやおや、可愛らしい雪豹の坊やじゃないか。珍しいね、何の用?」
「……」
ミカルは口がきけないふりをしてマリアーノに近づいた。無言でチョコレートの箱を差し出す。
「え? 何これ。僕に?」
「……」
ミカルは無言で頷いた。するとマリアーノの近くに立っていたアンが言う。
「まあ、これは王都一のお菓子屋さんの包み紙ですわ。ミカル様は、お兄さまの新しいお嫁さんにご挨拶にいらしたんじゃないでしょうか」
実はアンとは先日ヨエルとコンサバトリーでやり取りしているところを見られていた。彼女は植物の様子が気になって、マリアーノの目を盗んで見に来たのだった。そこで彼女にも協力してくれるよう頼んでいた。
「へえ、そうなんだ。ありがとう。ええと――ミカルだっけ?」
「……」
ミカルは頷いた。
「じゃあ早速食べようか」
マリアーノはこんなに小さな子が何か仕掛けてくるとは考えなかったようで、疑いもせずに包み紙を開けた。
「わあ、チョコレートじゃないか。美味しそう! ミカルも一緒に食べる?」
そう尋ねられてミカルはどきっとした。そして首を横にふる。
(ぼくは食べられないよ)
「え、いらないの? 子どもはチョコが好きだろう。ほら、遠慮しないで食べなよ」
マリアーノは悪人のくせに子どもに対して妙に優しいところを見せる。ミカルがまごついているとアンが横から口を挟んだ。
「あ、あの! マリアーノ様。そのチョコはウィスキーが入ってますのよ。ですからミカルさまはまだお召し上がりになれませんの」
「ああ、そういうことか。じゃあアンとスーは食べられるね」
「いいえ、とんでもない。私達はまだ仕事中ですからお酒入のものは遠慮いたしますわ」
「そう?」
「私、お茶を入れて参りますわね」
◇
アンのおかげでマリアーノだけがチョコレートを「美味しい美味しい」とぱくぱく食べてくれた。
彼はどうやら甘いものが好きらしい。とても喜んでいて、箱の中身を半分ほど平らげたと思うと急にぱたっとテーブルに突っ伏してしまった。
「……うまくいきましたわね、ミカル様」
ミカルは頷いた。アンの横にいたスーがマリアーノの様子を見てびっくりしている。
「まあ、お酒に酔って眠ってしまわれたの?」
「いいえ、違うのよ。じつはこのチョコレートには眠り薬が仕込んであったの」
「やだ、どういうこと?」
「詳しい話は後よ。マリアーノ様が起きる前に縛ってしまわないと」
「縛る!?」
スーは驚いてオロオロしていたが、アンの方はテキパキとクローゼットを開けて中から何かを持ってきた。
「これできっちり縛り上げるのよ」
アンが持ってきたのは花嫁のナイトガウンを結ぶための長いリボン状の紐だった。
マリアーノをベッドへ運び、侍女二人がかりで何重にもきっちり編み込むように巻き上げていく。するとマリアーノはすっかり身動きできない状態になった。
気づけば日が傾いており、ノックの音と共にヨエルが部屋に入って来た。
「お待たせしましたミカル様。アンもよくやってくれた」
「まあヨエル、無事に来られてよかったわ!」
(ヨエルが来てくれてよかった……)
ミカルもアンもやることはやったものの、侍女と子どもだけでは心細くて内心怯えていたのだ。
「イデオン様は?」
ヨエルが尋ねると同時にドアが開いてイデオンが「ここだ」と姿を現した。そしてベッドの上でぐるぐる巻きになっているマリアーノを見て頷く。
「皆よくやってくれた――。これはちょっとやそっとでは解けそうもないな」
「ええ。こちらはレディがどうしても殿方の前でガウンを脱ぎたくないときにする結び方ですの。今年の最新流行ですのよ」
「ほう――」
(どういう意味?)
ミカルはアンとイデオンの会話の意味がわからず首を傾げた。
「ではマリアーノはこれで問題無いな。ヨエル、デーア大公国からの援軍はどうなっている?」
「はい。明日の朝には到着する見込みです。昼頃までには王宮を包囲できるかと」
「わかった。それでは、俺はすぐにでも出発してサーシャを救出する」
「実はクレムス王国でヴァレンティ男爵の屋敷を差し押さえる準備が進んでいるのですが……」
ヨエルによると、大々的にクレムス王の名を掲げて押し掛ければヴァレンティ男爵がサーシャを連れて逃亡する可能性があるという。そこでイデオンが単独で乗り込み、サーシャを先に救出してから屋敷の差し押さえをすることで話がまとまっているそうだ。
「つまり俺はなるべく早く駆けつけねばならんということだな。わかった、すぐに出る」
「お一人で大丈夫ですか?」
「当然だ。獣化して走るのが一番速いからな、従者など足手まといだ」
「くれぐれもお気をつけください、陛下」
(お兄さま……サーシャをよろしくね)
ミカルは兄の袖を掴み、想いを込めて見つめた。
「ミカル、必ずサーシャを連れて帰るからな。お前はデーア大公国の援軍が来るまでヨエルの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」
ミカルが力強く頷くのを見た兄は、颯爽と部屋を出て行った。
つやのある緑色の包装紙で包まれた箱を抱えたミカルは、誰にも見つからないように周囲を窺いながら廊下へ出た。
◇
先程ミカルはイタチ獣人がマリアーノと話しているところを見かけた。だからおそらくこの後数日はイタチが城へ来ることはないだろう。
元々サーシャの部屋だった西棟の角部屋がマリアーノの居室となっている。
コンコンコン、とミカルはドアをノックした。
「誰?」
室内に入るとマリアーノが目を見開いた。
「おやおや、可愛らしい雪豹の坊やじゃないか。珍しいね、何の用?」
「……」
ミカルは口がきけないふりをしてマリアーノに近づいた。無言でチョコレートの箱を差し出す。
「え? 何これ。僕に?」
「……」
ミカルは無言で頷いた。するとマリアーノの近くに立っていたアンが言う。
「まあ、これは王都一のお菓子屋さんの包み紙ですわ。ミカル様は、お兄さまの新しいお嫁さんにご挨拶にいらしたんじゃないでしょうか」
実はアンとは先日ヨエルとコンサバトリーでやり取りしているところを見られていた。彼女は植物の様子が気になって、マリアーノの目を盗んで見に来たのだった。そこで彼女にも協力してくれるよう頼んでいた。
「へえ、そうなんだ。ありがとう。ええと――ミカルだっけ?」
「……」
ミカルは頷いた。
「じゃあ早速食べようか」
マリアーノはこんなに小さな子が何か仕掛けてくるとは考えなかったようで、疑いもせずに包み紙を開けた。
「わあ、チョコレートじゃないか。美味しそう! ミカルも一緒に食べる?」
そう尋ねられてミカルはどきっとした。そして首を横にふる。
(ぼくは食べられないよ)
「え、いらないの? 子どもはチョコが好きだろう。ほら、遠慮しないで食べなよ」
マリアーノは悪人のくせに子どもに対して妙に優しいところを見せる。ミカルがまごついているとアンが横から口を挟んだ。
「あ、あの! マリアーノ様。そのチョコはウィスキーが入ってますのよ。ですからミカルさまはまだお召し上がりになれませんの」
「ああ、そういうことか。じゃあアンとスーは食べられるね」
「いいえ、とんでもない。私達はまだ仕事中ですからお酒入のものは遠慮いたしますわ」
「そう?」
「私、お茶を入れて参りますわね」
◇
アンのおかげでマリアーノだけがチョコレートを「美味しい美味しい」とぱくぱく食べてくれた。
彼はどうやら甘いものが好きらしい。とても喜んでいて、箱の中身を半分ほど平らげたと思うと急にぱたっとテーブルに突っ伏してしまった。
「……うまくいきましたわね、ミカル様」
ミカルは頷いた。アンの横にいたスーがマリアーノの様子を見てびっくりしている。
「まあ、お酒に酔って眠ってしまわれたの?」
「いいえ、違うのよ。じつはこのチョコレートには眠り薬が仕込んであったの」
「やだ、どういうこと?」
「詳しい話は後よ。マリアーノ様が起きる前に縛ってしまわないと」
「縛る!?」
スーは驚いてオロオロしていたが、アンの方はテキパキとクローゼットを開けて中から何かを持ってきた。
「これできっちり縛り上げるのよ」
アンが持ってきたのは花嫁のナイトガウンを結ぶための長いリボン状の紐だった。
マリアーノをベッドへ運び、侍女二人がかりで何重にもきっちり編み込むように巻き上げていく。するとマリアーノはすっかり身動きできない状態になった。
気づけば日が傾いており、ノックの音と共にヨエルが部屋に入って来た。
「お待たせしましたミカル様。アンもよくやってくれた」
「まあヨエル、無事に来られてよかったわ!」
(ヨエルが来てくれてよかった……)
ミカルもアンもやることはやったものの、侍女と子どもだけでは心細くて内心怯えていたのだ。
「イデオン様は?」
ヨエルが尋ねると同時にドアが開いてイデオンが「ここだ」と姿を現した。そしてベッドの上でぐるぐる巻きになっているマリアーノを見て頷く。
「皆よくやってくれた――。これはちょっとやそっとでは解けそうもないな」
「ええ。こちらはレディがどうしても殿方の前でガウンを脱ぎたくないときにする結び方ですの。今年の最新流行ですのよ」
「ほう――」
(どういう意味?)
ミカルはアンとイデオンの会話の意味がわからず首を傾げた。
「ではマリアーノはこれで問題無いな。ヨエル、デーア大公国からの援軍はどうなっている?」
「はい。明日の朝には到着する見込みです。昼頃までには王宮を包囲できるかと」
「わかった。それでは、俺はすぐにでも出発してサーシャを救出する」
「実はクレムス王国でヴァレンティ男爵の屋敷を差し押さえる準備が進んでいるのですが……」
ヨエルによると、大々的にクレムス王の名を掲げて押し掛ければヴァレンティ男爵がサーシャを連れて逃亡する可能性があるという。そこでイデオンが単独で乗り込み、サーシャを先に救出してから屋敷の差し押さえをすることで話がまとまっているそうだ。
「つまり俺はなるべく早く駆けつけねばならんということだな。わかった、すぐに出る」
「お一人で大丈夫ですか?」
「当然だ。獣化して走るのが一番速いからな、従者など足手まといだ」
「くれぐれもお気をつけください、陛下」
(お兄さま……サーシャをよろしくね)
ミカルは兄の袖を掴み、想いを込めて見つめた。
「ミカル、必ずサーシャを連れて帰るからな。お前はデーア大公国の援軍が来るまでヨエルの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」
ミカルが力強く頷くのを見た兄は、颯爽と部屋を出て行った。
72
お気に入りに追加
2,121
あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。


侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる