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51.イデオン苦渋の決断
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マリアーノはわざとらしくため息をついた。
「サーシャが最初から伯父様に嫁いでくれたらこんなにややこしいことをしなくて済んだんですけどね。もうあなたたちが結婚式を挙げちゃったでしょう? だから僕がサーシャの見た目を真似て身代わりになりに来るしかなかった」
多くの国民は遠目にサーシャを見ただけだ。だからマリアーノと入れ替わってもほとんどの者は気付きもしないだろう。
そもそもマリアーノは勝手に王宮内をうろつき回って、自分が王妃だと名乗って顔を覚えさせていたという。
サーシャの本当の顔を知っているのは、サーシャが直接顔を合わせた侍女たちとヨエル、そしてコンサバトリー改修関係の獣人くらいだった。
「サーシャの顔を知っている獣人は遠くへ出稼ぎにでも行かせますよ。それでもう、僕がいつ入れ替わっても問題ありません。あなたが家臣にすらサーシャの顔を隠してほとんどお見せにならなかったのが仇になりましたね」
「この卑怯者め……」
(俺が悪いとでも言いたいのか)
「なんとでも言ってください。とにかく、サーシャの命が惜しければ僕の言うことに頷くしありませんよ。さあ、僕の夫になって下さいますね?」
「誰が貴様の夫になど――!」
するとマリアーノが冷たい声で言う。
「カルロ~、イデオン様が言うことを聞いてくれないそうだ。サーシャの頬に少し模様をつけてあげようか?」
するとカルロは短刀を持ち直してサーシャの頬に刃を当てた。イデオンはそれを見て真っ青になった。
「おいやめろ! やめてくれ。わかった。わかったからサーシャに傷を付けないでくれ!」
「そうですか? じゃあ僕の条件をのみますね?」
下手に断ればサーシャの身が危ない――。
イデオンはこの国の王で、本来であれば一人の人間のために国を左右する決定をすべきではないかもしれない。
(だが、俺も妻の前では単なる一人の男だ。たとえ国の命運がかかっていたとしてもサーシャの身を危険に晒すわけにはいかない――)
イデオンがその気になればマリアーノとカルロの二人くらい倒すことはできるだろう。しかしそれはサーシャが人質に取られていなければの話であり、衛兵隊が敵に回っているのであればなおさらここで暴れても無駄だ。
それならば一旦要求を呑むふりをしてデーア大公国の協力を待ち、体制を整え直した方が賢明だろう。
(ここはひとまずこいつの言いなりになるしかない……)
イデオンはマリアーノに尋ねた。
「――こんなことをして、この先どうなるのかわかっているのか? 本当にこんなクーデターまがいのことがうまくいくとでも? 爬虫類の一族を今更この国に呼び寄せてどうするというんだ」
「どうでしょうね――。僕は興味ありません。だけどこうしないと僕が伯父様に消されちゃいますから、言われたとおりやるしかないんです」
マリアーノは肩をすくめた。
(こいつにいくら言っても無駄ということか――バルトロメオ・ヴァレンティ男爵……なんと卑劣な男)
イデオンは横たわるサーシャに視線を向けた。薬で眠らされているのだろう、物音がしてもピクリとも動かない。血色は良く、きちんと呼吸により胸が上下しているのだけが救いだ。
(サーシャ、すまない。この件を片付けて必ずお前を助けに行くから、お前は安全な場所にいてくれ――)
イデオンはいずれヴァレンティ男爵を仕留めることを心に誓いつつ、苦渋の決断をした。
「わかった。その代わりサーシャは必ず無事送り届けると約束しろ」
「もちろんです」
「それと、サーシャが目を覚ましたら最後の別れだけはさせてくれ」
「本気ですか? 眠ったままお別れした方がお互い楽だと思うけど……」
マリアーノはちらっとサーシャの方を見た。
「いや。こんなことになってしまったのを俺から謝罪せねば」
「へぇ~、お堅いんだねイデオン様は。だけどあなたの気が変わって僕とつがいになったってちゃんと言ってくださいね」
「貴様とつがいになったつもりはない。そんな浅い傷になんの意味もないだろうが」
「本当につがいになったかどうかなんて関係ないですよ。この噛み痕を見てサーシャがどう思うか? それだけです」
(一族そろって根性の腐った奴らだ……)
「サーシャが最初から伯父様に嫁いでくれたらこんなにややこしいことをしなくて済んだんですけどね。もうあなたたちが結婚式を挙げちゃったでしょう? だから僕がサーシャの見た目を真似て身代わりになりに来るしかなかった」
多くの国民は遠目にサーシャを見ただけだ。だからマリアーノと入れ替わってもほとんどの者は気付きもしないだろう。
そもそもマリアーノは勝手に王宮内をうろつき回って、自分が王妃だと名乗って顔を覚えさせていたという。
サーシャの本当の顔を知っているのは、サーシャが直接顔を合わせた侍女たちとヨエル、そしてコンサバトリー改修関係の獣人くらいだった。
「サーシャの顔を知っている獣人は遠くへ出稼ぎにでも行かせますよ。それでもう、僕がいつ入れ替わっても問題ありません。あなたが家臣にすらサーシャの顔を隠してほとんどお見せにならなかったのが仇になりましたね」
「この卑怯者め……」
(俺が悪いとでも言いたいのか)
「なんとでも言ってください。とにかく、サーシャの命が惜しければ僕の言うことに頷くしありませんよ。さあ、僕の夫になって下さいますね?」
「誰が貴様の夫になど――!」
するとマリアーノが冷たい声で言う。
「カルロ~、イデオン様が言うことを聞いてくれないそうだ。サーシャの頬に少し模様をつけてあげようか?」
するとカルロは短刀を持ち直してサーシャの頬に刃を当てた。イデオンはそれを見て真っ青になった。
「おいやめろ! やめてくれ。わかった。わかったからサーシャに傷を付けないでくれ!」
「そうですか? じゃあ僕の条件をのみますね?」
下手に断ればサーシャの身が危ない――。
イデオンはこの国の王で、本来であれば一人の人間のために国を左右する決定をすべきではないかもしれない。
(だが、俺も妻の前では単なる一人の男だ。たとえ国の命運がかかっていたとしてもサーシャの身を危険に晒すわけにはいかない――)
イデオンがその気になればマリアーノとカルロの二人くらい倒すことはできるだろう。しかしそれはサーシャが人質に取られていなければの話であり、衛兵隊が敵に回っているのであればなおさらここで暴れても無駄だ。
それならば一旦要求を呑むふりをしてデーア大公国の協力を待ち、体制を整え直した方が賢明だろう。
(ここはひとまずこいつの言いなりになるしかない……)
イデオンはマリアーノに尋ねた。
「――こんなことをして、この先どうなるのかわかっているのか? 本当にこんなクーデターまがいのことがうまくいくとでも? 爬虫類の一族を今更この国に呼び寄せてどうするというんだ」
「どうでしょうね――。僕は興味ありません。だけどこうしないと僕が伯父様に消されちゃいますから、言われたとおりやるしかないんです」
マリアーノは肩をすくめた。
(こいつにいくら言っても無駄ということか――バルトロメオ・ヴァレンティ男爵……なんと卑劣な男)
イデオンは横たわるサーシャに視線を向けた。薬で眠らされているのだろう、物音がしてもピクリとも動かない。血色は良く、きちんと呼吸により胸が上下しているのだけが救いだ。
(サーシャ、すまない。この件を片付けて必ずお前を助けに行くから、お前は安全な場所にいてくれ――)
イデオンはいずれヴァレンティ男爵を仕留めることを心に誓いつつ、苦渋の決断をした。
「わかった。その代わりサーシャは必ず無事送り届けると約束しろ」
「もちろんです」
「それと、サーシャが目を覚ましたら最後の別れだけはさせてくれ」
「本気ですか? 眠ったままお別れした方がお互い楽だと思うけど……」
マリアーノはちらっとサーシャの方を見た。
「いや。こんなことになってしまったのを俺から謝罪せねば」
「へぇ~、お堅いんだねイデオン様は。だけどあなたの気が変わって僕とつがいになったってちゃんと言ってくださいね」
「貴様とつがいになったつもりはない。そんな浅い傷になんの意味もないだろうが」
「本当につがいになったかどうかなんて関係ないですよ。この噛み痕を見てサーシャがどう思うか? それだけです」
(一族そろって根性の腐った奴らだ……)
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