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49.マリアーノの要求(1)
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「貴様はマリアーノ……!?」
「あーあ、もうバレちゃった。あと少しだったのにな」
(――どういうことだ? たしかにさっきまではサーシャだったのに……!)
マリアーノはうなじを撫でた手のひらを眺めて首を捻っている。
「うーん、ちょっとだけ血が出てるからこれでつがい成立してないかなぁ、さすがに無理か」
「な、何を言ってるんだ……お前は……こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」
イデオンはマリアーノの両手を掴み仰向けでベッドに縫い付けた。しかしマリアーノは余裕の表情だ。目の前で大柄な雪豹獣人に怒鳴られても涼しい顔をしている。
「大きな声出さないで下さい。うるさいなぁ」
「貴様……! サーシャをどこへやった!?」
「だからもう少し静かにしてくださいよ。おーい、カルロ! 出てきていいよ」
「なっ――」
マリアーノがなんでもないことのように声を掛けると、部屋の奥のクローゼットが開いて中から侍従がサーシャを横抱きにして現れた。
「サーシャ!」
イデオンが慌てて寝台から降り、駆け寄ろうとするとマリアーノが鋭い声を出した。
「動かないで!」
イデオンはハッとして立ち止まる。
すると侍従はサーシャを床へ下ろし、ギラリと光る短刀をサーシャの喉元に当てた。気を失っているようで、サーシャはぐったりしたまま動かなかった。
「何をする、やめろ!」
「それはこっちのセリフだよイデオン陛下。サーシャを傷つけられたくなかったら大人しくベッドに戻って」
(サーシャ……なぜあんなところに? さっきまで目の前にいたはずなのに。マリアーノが奇術でも使ったというのか?)
イデオンは理解が追いつかぬまま渋々ベッドに戻った。
「サーシャに傷一つ付けてみろ。貴様を森に投げ捨てて狼の餌食にしてやるからな……」
「おお怖い。恐ろしくって僕震えちゃいそう~」
マリアーノはすくみ上がるようなふりをした。
(こいつ、ふざけた真似を――!)
「まあそんな怖い目をしないでくださいよ。僕としてもサーシャを傷つけるのが目的ではないです。だってそんなことしたら伯父様に怒られちゃうし?」
「伯父様……? つまり貴様はヴァレンティ男爵の指示でこんなことをしていると言うのか」
「ええ、もちろん」
「一体何の目的があってこんなことをしているんだ。金でもなんでもやるから、要求を言え。そしてすぐにサーシャを解放してここから出て行け!」
マリアーノはすました顔をしてうなじの血を拭っている。
髪型や体型はサーシャそっくりだが、こうして見ると顔は全く似ていない。しかしさっきは魔法にでもかけられたようにサーシャそのものに見えたし、匂いもサーシャの香りだったのが不思議でならなかった。
「そうしたいのはやまやまなんですが、そうもいかないんです」
「なに?」
「僕の――というか伯父の要求は、サーシャを手に入れることです」
「なんだと? 馬鹿な。サーシャは俺の妻だぞ」
「わかってます。でもサーシャの喉をかき切られたくなければ、伯父にサーシャを渡してください。そして、僕が代わりにあなたの妻――要するにこの国の王妃としてつがいとなり、子を生み育てます」
(……こいつ、正気なのか……?)
イデオンはあまりの要求に開いた口が塞がらなかった。
思わず乾いた笑いが漏れる。
「ははは、お前は頭がおかしくなったのか? お前とそこのカルロだけで何ができるというんだ。ここに衛兵を呼んだらお前たちなど一瞬で牢屋行きだぞ」
イデオンがそう言ってもマリアーノは薄ら笑いを浮かべたままだ。本当に頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「残念ながら、あなたがいくら呼んでも誰も来ません」
「――なんだって?」
「僕がこっちにきて毎日何をしていたと思うんです? ただおしゃれして観光していたとでも?」
「……どういうことだ……?」
「この城の衛兵のほとんどは、人間の国クレムス王国との同盟に反対する過激派組織の獣人と入れ替わりました。あなたの友人フーゴさんも僕が誘ったらこちらに寝返ってくれましたよ」
「な、なんだと……?」
(そんなばかな――)
「あーあ、もうバレちゃった。あと少しだったのにな」
(――どういうことだ? たしかにさっきまではサーシャだったのに……!)
マリアーノはうなじを撫でた手のひらを眺めて首を捻っている。
「うーん、ちょっとだけ血が出てるからこれでつがい成立してないかなぁ、さすがに無理か」
「な、何を言ってるんだ……お前は……こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」
イデオンはマリアーノの両手を掴み仰向けでベッドに縫い付けた。しかしマリアーノは余裕の表情だ。目の前で大柄な雪豹獣人に怒鳴られても涼しい顔をしている。
「大きな声出さないで下さい。うるさいなぁ」
「貴様……! サーシャをどこへやった!?」
「だからもう少し静かにしてくださいよ。おーい、カルロ! 出てきていいよ」
「なっ――」
マリアーノがなんでもないことのように声を掛けると、部屋の奥のクローゼットが開いて中から侍従がサーシャを横抱きにして現れた。
「サーシャ!」
イデオンが慌てて寝台から降り、駆け寄ろうとするとマリアーノが鋭い声を出した。
「動かないで!」
イデオンはハッとして立ち止まる。
すると侍従はサーシャを床へ下ろし、ギラリと光る短刀をサーシャの喉元に当てた。気を失っているようで、サーシャはぐったりしたまま動かなかった。
「何をする、やめろ!」
「それはこっちのセリフだよイデオン陛下。サーシャを傷つけられたくなかったら大人しくベッドに戻って」
(サーシャ……なぜあんなところに? さっきまで目の前にいたはずなのに。マリアーノが奇術でも使ったというのか?)
イデオンは理解が追いつかぬまま渋々ベッドに戻った。
「サーシャに傷一つ付けてみろ。貴様を森に投げ捨てて狼の餌食にしてやるからな……」
「おお怖い。恐ろしくって僕震えちゃいそう~」
マリアーノはすくみ上がるようなふりをした。
(こいつ、ふざけた真似を――!)
「まあそんな怖い目をしないでくださいよ。僕としてもサーシャを傷つけるのが目的ではないです。だってそんなことしたら伯父様に怒られちゃうし?」
「伯父様……? つまり貴様はヴァレンティ男爵の指示でこんなことをしていると言うのか」
「ええ、もちろん」
「一体何の目的があってこんなことをしているんだ。金でもなんでもやるから、要求を言え。そしてすぐにサーシャを解放してここから出て行け!」
マリアーノはすました顔をしてうなじの血を拭っている。
髪型や体型はサーシャそっくりだが、こうして見ると顔は全く似ていない。しかしさっきは魔法にでもかけられたようにサーシャそのものに見えたし、匂いもサーシャの香りだったのが不思議でならなかった。
「そうしたいのはやまやまなんですが、そうもいかないんです」
「なに?」
「僕の――というか伯父の要求は、サーシャを手に入れることです」
「なんだと? 馬鹿な。サーシャは俺の妻だぞ」
「わかってます。でもサーシャの喉をかき切られたくなければ、伯父にサーシャを渡してください。そして、僕が代わりにあなたの妻――要するにこの国の王妃としてつがいとなり、子を生み育てます」
(……こいつ、正気なのか……?)
イデオンはあまりの要求に開いた口が塞がらなかった。
思わず乾いた笑いが漏れる。
「ははは、お前は頭がおかしくなったのか? お前とそこのカルロだけで何ができるというんだ。ここに衛兵を呼んだらお前たちなど一瞬で牢屋行きだぞ」
イデオンがそう言ってもマリアーノは薄ら笑いを浮かべたままだ。本当に頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「残念ながら、あなたがいくら呼んでも誰も来ません」
「――なんだって?」
「僕がこっちにきて毎日何をしていたと思うんです? ただおしゃれして観光していたとでも?」
「……どういうことだ……?」
「この城の衛兵のほとんどは、人間の国クレムス王国との同盟に反対する過激派組織の獣人と入れ替わりました。あなたの友人フーゴさんも僕が誘ったらこちらに寝返ってくれましたよ」
「な、なんだと……?」
(そんなばかな――)
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