48 / 69
47.甘く香る罠(1)
しおりを挟む
パーティーの後、ドローイング・ルームにはイデオンの友人たちが集まって酒を飲んでいた。
しかしイデオンはそちらへは顔を出さずそのまま自室に戻る。この後の予定に備えて身軽な服装に着替えた。
そして部屋を出る直前、どうにも落ち着かない気分だったので蜂蜜酒を一杯飲んだ。
サーシャの部屋へ行く前にミカルの部屋に寄ると、ヨエルがベッドのそばに膝をついて幼い弟を寝かしつけているところだった。
もう眠りかけていたようで、こちらに気づいたヨエルが無言で人差し指を口に当てた。イデオンは足音を立てぬように近づき、弟の穏やかな寝顔を見下ろした。まだ会話はできないままだが、サーシャがいるときであればミカルは笑顔を見せるようにもなっていた。
イデオンはヨエルに目配せして静かに部屋を出る。
(満足そうな顔だった――ミカルも今年はお菓子集めを楽しめたようだな)
昨年両親が亡くなって崩れてしまったもの――失ったものは大きかった。しかしそれらをようやく取り戻しつつあった。国民の平穏な日常、そして弟の笑顔。その上これからサーシャというつがいを得ようとしている――。全てが上手くいきそうでイデオンは意気揚々と廊下を突き進んだ。
◇
サーシャの部屋のドアをノックして扉を開く。中に入ると、室内には甘い香りが漂っていた。蜂蜜酒と、それからサーシャのフェロモン香――。イデオンがその香りを胸に吸い込むと、快楽の予感に背筋が痺れて軽くめまいがした。
(――早々に酒が回ったか?)
「サーシャ、待たせたな」
「イデオン様……どうぞこちらへ」
天蓋付きのベッドのカーテン越しにサーシャの華奢なシルエットが見える。いつものように先にソファで酒を飲もうと言うつもりはないようだ。
「今夜はもう寝台に上がっているのか」
「ええ、緊張して先にお酒を飲んだものですから――」
カーテンをめくると、サーシャはいつものマントを羽織ってうつむいている。イデオンがフードを脱がせようとするとサーシャがそれを手で制した。
「あの、恥ずかしいからこのまま……」
(可愛いことを言う奴だ)
「わかった」
カーテンを開けてサーシャに近づくとより一層ライラックの香りが濃くなる。目の前はフェロモンのせいなのか薄く霞がかかったように見えた。美しい妻の顔に手を添え、唇を寄せる。しっとりと柔らかいその感触にイデオンは気持ちを昂ぶらせ、サーシャの体をベッドに押し倒した。
「ぅ……んっ……」
彼の甘い声が室内に響く。イデオンはますます勢いづいて妻の小ぶりな唇を舐め、歯列を割って口内に舌をねじ込んだ。
(甘い……)
二人の熱い息遣いとサーシャの鼻から抜けるような声がイデオンの耳をくすぐる。サーシャの唇は蜂蜜酒とフェロモンの混じり合ったような味がした。
しかしイデオンはそちらへは顔を出さずそのまま自室に戻る。この後の予定に備えて身軽な服装に着替えた。
そして部屋を出る直前、どうにも落ち着かない気分だったので蜂蜜酒を一杯飲んだ。
サーシャの部屋へ行く前にミカルの部屋に寄ると、ヨエルがベッドのそばに膝をついて幼い弟を寝かしつけているところだった。
もう眠りかけていたようで、こちらに気づいたヨエルが無言で人差し指を口に当てた。イデオンは足音を立てぬように近づき、弟の穏やかな寝顔を見下ろした。まだ会話はできないままだが、サーシャがいるときであればミカルは笑顔を見せるようにもなっていた。
イデオンはヨエルに目配せして静かに部屋を出る。
(満足そうな顔だった――ミカルも今年はお菓子集めを楽しめたようだな)
昨年両親が亡くなって崩れてしまったもの――失ったものは大きかった。しかしそれらをようやく取り戻しつつあった。国民の平穏な日常、そして弟の笑顔。その上これからサーシャというつがいを得ようとしている――。全てが上手くいきそうでイデオンは意気揚々と廊下を突き進んだ。
◇
サーシャの部屋のドアをノックして扉を開く。中に入ると、室内には甘い香りが漂っていた。蜂蜜酒と、それからサーシャのフェロモン香――。イデオンがその香りを胸に吸い込むと、快楽の予感に背筋が痺れて軽くめまいがした。
(――早々に酒が回ったか?)
「サーシャ、待たせたな」
「イデオン様……どうぞこちらへ」
天蓋付きのベッドのカーテン越しにサーシャの華奢なシルエットが見える。いつものように先にソファで酒を飲もうと言うつもりはないようだ。
「今夜はもう寝台に上がっているのか」
「ええ、緊張して先にお酒を飲んだものですから――」
カーテンをめくると、サーシャはいつものマントを羽織ってうつむいている。イデオンがフードを脱がせようとするとサーシャがそれを手で制した。
「あの、恥ずかしいからこのまま……」
(可愛いことを言う奴だ)
「わかった」
カーテンを開けてサーシャに近づくとより一層ライラックの香りが濃くなる。目の前はフェロモンのせいなのか薄く霞がかかったように見えた。美しい妻の顔に手を添え、唇を寄せる。しっとりと柔らかいその感触にイデオンは気持ちを昂ぶらせ、サーシャの体をベッドに押し倒した。
「ぅ……んっ……」
彼の甘い声が室内に響く。イデオンはますます勢いづいて妻の小ぶりな唇を舐め、歯列を割って口内に舌をねじ込んだ。
(甘い……)
二人の熱い息遣いとサーシャの鼻から抜けるような声がイデオンの耳をくすぐる。サーシャの唇は蜂蜜酒とフェロモンの混じり合ったような味がした。
64
お気に入りに追加
2,119
あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編連載中】
晦リリ
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる