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43.ダンスパーティー
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マリアーノは黒い上着を着ていて、口紅が塗られた唇はテカテカと赤く光っていた。耳にはいつもより大きなルビーのイヤリングを付け、レースの派手なクラヴァットにルビーのブローチを付けている。
「ふーん、僕の衣装を断ったからまたどんな安っぽい衣装を着る気なのかと思ったら意外とまともじゃない」
(それって褒めてるの? けなしてるの?)
「ありがとう。マリアーノも綺麗だよ」
「でしょう? 伯父様がプレゼントしてくれたルビーなんだ~うらやましいでしょ?」
マリアーノは自慢げに言うが、あのヴァレンティ男爵からプレゼントされた宝石などちっともうらやましいとは思えなかった。
「そんなことより、マリアーノは焚き火見ないの?」
「焚き火なんて興味ないし。そんなことより、ほら僕がメイクしてあげる」
「え? いいよ。もう支度できたから……」
「だめだめ。そんな素朴でございますみたいな顔でイデオン陛下が色気を感じてくれると思うの?」
マリアーノは「やれやれ」と首を振り、ポケットから小さな金色のスティックを取り出した。
「はい。これ塗ってあげる」
キャップを外すと、口紅が出てきた。
「口紅なんて塗らなくていいよ。さっきヨエルがクリーム塗ってくれたし……」
天然のオイルと蜜蝋でリップクリームのようなものをヨエルが作ってくれて毎日塗ってくれるのだ。しかしマリアーノは有無を言わせぬ口調でサーシャに迫る。
「だーめ。ほら、言うこと聞いて」
「うう……」
顎をぐっと掴まれて無理矢理変な匂いのする口紅を塗られた。
「ああ、やっぱりいいね! 塗ったほうがずっと色っぽい」
ダンスパーティー前に拭いて来たりしたらその場で塗り直すからねと脅されて仕方なくサーシャは紅い唇のまま過ごすことにした。
◇
ダンスパーティーは王宮の大広間で行われる。
この日の夜は焚き火を見て過ごす者もいれば、着飾って大広間にやって来る者もいる。招待された貴族も、王宮で働く使用人たちも各々自由に楽しんでいた。
サーシャはイデオンがまだ焚き火を見ているということで、先に広間で客人たちと談笑していた。貴族たちとの会話は慣れないけれど、いつもお茶会に来てくれる使用人とは話がはずんだ。
そして普段ならば一緒に踊るなど考えられない身分差の相手ともこの日は誘われれば一緒に踊るのがルールだ。サーシャも貴族だけでなく使用人たちとも慣れないダンスを踊った。この世の記憶のないサーシャが踊れるのは盆踊りかヨサコイくらい。しかし出身の国も種族も違うサーシャがダンスを上手く踊れなくても獣人たちは誰も気にしなかった。
しばらくすると、寒空の下焚き火を見に行っていたイデオンが大広間にやって来た。サーシャはその姿を虎獣人の貴族と踊りながらちらちらと目で追っていた。
雪豹王の屈強な体は黒い軍服と黒いブーツに包まれていた。斑点のある白く太い尻尾を揺らしながら彼が大股で歩けば、獣人たちの視線は釘付けになった。
青空をそのまま閉じ込めたような瞳が広間全体を見渡す。そしてサーシャと目が合うと、人集りをかき分けるようにしてイデオンが真っ直ぐこちらにやって来た。
ダンスフロアの端に立ってこちらをじっと見つめながら曲が終わるのを待っている。サーシャは別の獣人と踊りながらピリピリするほどの視線を感じてなんとなく居心地悪くなった。
曲の終わりに虎獣人と礼を交わす。イデオンは長躯の虎獣人が去り際にウィンクしたのを見て一瞬牙を剥いた。それを見て虎獣人は微笑み返したので、どうやら二人は親しい仲らしい。
サーシャの前に立ったイデオンが表情を引き締め手を差し出す。
「一曲踊ってもらえるか?」
彼が大広間に来て真っ先に自分を誘ってくれた。夫だから当然なのかもしれないけれど、それでもサーシャは胸がいっぱいになった。夫の手を取って答える。
「――はい。あの、僕うまく踊れないんだけども――」
「構わない」
楽団が先ほどよりスローテンポな曲を演奏し始めた。イデオンが来る前に何曲か踊って、少しパターンが掴めてきたのでゆっくりであればついていけそうだ。
イデオンは踊り慣れないサーシャをさり気なくリードしてくれる。おかげでサーシャは夢見心地で彼に身を委ねることができた。イデオンの大きな手は外気に触れていたせいで冷えており、サーシャの火照った背中の熱を奪っていく。
ここに来てすぐの頃は、イデオンの冷たい視線と態度が少し怖かった。しかし今は彼が冷たいだけの夫ではないとわかっていた。
(思ったより心配性だし……なんだかんだいっても僕がしてほしいことは叶えてくれるんだよね)
彼と手を取り合って大広間を回りながら、サーシャは自分を見つめるイデオンの瞳に見入っていた。曲の終わりに体を抱き寄せられ、このまま唇が触れ合おうかという瞬間にイデオンがその高い鼻をひくつかせた。
「――こっちへ来い」
「え……?」
次の曲でサーシャと踊ろうと待っていた数名の獣人をひと睨みし、イデオンはサーシャの手を引いて広間から廊下へ出た。
(どうしたんだべ……?)
「ふーん、僕の衣装を断ったからまたどんな安っぽい衣装を着る気なのかと思ったら意外とまともじゃない」
(それって褒めてるの? けなしてるの?)
「ありがとう。マリアーノも綺麗だよ」
「でしょう? 伯父様がプレゼントしてくれたルビーなんだ~うらやましいでしょ?」
マリアーノは自慢げに言うが、あのヴァレンティ男爵からプレゼントされた宝石などちっともうらやましいとは思えなかった。
「そんなことより、マリアーノは焚き火見ないの?」
「焚き火なんて興味ないし。そんなことより、ほら僕がメイクしてあげる」
「え? いいよ。もう支度できたから……」
「だめだめ。そんな素朴でございますみたいな顔でイデオン陛下が色気を感じてくれると思うの?」
マリアーノは「やれやれ」と首を振り、ポケットから小さな金色のスティックを取り出した。
「はい。これ塗ってあげる」
キャップを外すと、口紅が出てきた。
「口紅なんて塗らなくていいよ。さっきヨエルがクリーム塗ってくれたし……」
天然のオイルと蜜蝋でリップクリームのようなものをヨエルが作ってくれて毎日塗ってくれるのだ。しかしマリアーノは有無を言わせぬ口調でサーシャに迫る。
「だーめ。ほら、言うこと聞いて」
「うう……」
顎をぐっと掴まれて無理矢理変な匂いのする口紅を塗られた。
「ああ、やっぱりいいね! 塗ったほうがずっと色っぽい」
ダンスパーティー前に拭いて来たりしたらその場で塗り直すからねと脅されて仕方なくサーシャは紅い唇のまま過ごすことにした。
◇
ダンスパーティーは王宮の大広間で行われる。
この日の夜は焚き火を見て過ごす者もいれば、着飾って大広間にやって来る者もいる。招待された貴族も、王宮で働く使用人たちも各々自由に楽しんでいた。
サーシャはイデオンがまだ焚き火を見ているということで、先に広間で客人たちと談笑していた。貴族たちとの会話は慣れないけれど、いつもお茶会に来てくれる使用人とは話がはずんだ。
そして普段ならば一緒に踊るなど考えられない身分差の相手ともこの日は誘われれば一緒に踊るのがルールだ。サーシャも貴族だけでなく使用人たちとも慣れないダンスを踊った。この世の記憶のないサーシャが踊れるのは盆踊りかヨサコイくらい。しかし出身の国も種族も違うサーシャがダンスを上手く踊れなくても獣人たちは誰も気にしなかった。
しばらくすると、寒空の下焚き火を見に行っていたイデオンが大広間にやって来た。サーシャはその姿を虎獣人の貴族と踊りながらちらちらと目で追っていた。
雪豹王の屈強な体は黒い軍服と黒いブーツに包まれていた。斑点のある白く太い尻尾を揺らしながら彼が大股で歩けば、獣人たちの視線は釘付けになった。
青空をそのまま閉じ込めたような瞳が広間全体を見渡す。そしてサーシャと目が合うと、人集りをかき分けるようにしてイデオンが真っ直ぐこちらにやって来た。
ダンスフロアの端に立ってこちらをじっと見つめながら曲が終わるのを待っている。サーシャは別の獣人と踊りながらピリピリするほどの視線を感じてなんとなく居心地悪くなった。
曲の終わりに虎獣人と礼を交わす。イデオンは長躯の虎獣人が去り際にウィンクしたのを見て一瞬牙を剥いた。それを見て虎獣人は微笑み返したので、どうやら二人は親しい仲らしい。
サーシャの前に立ったイデオンが表情を引き締め手を差し出す。
「一曲踊ってもらえるか?」
彼が大広間に来て真っ先に自分を誘ってくれた。夫だから当然なのかもしれないけれど、それでもサーシャは胸がいっぱいになった。夫の手を取って答える。
「――はい。あの、僕うまく踊れないんだけども――」
「構わない」
楽団が先ほどよりスローテンポな曲を演奏し始めた。イデオンが来る前に何曲か踊って、少しパターンが掴めてきたのでゆっくりであればついていけそうだ。
イデオンは踊り慣れないサーシャをさり気なくリードしてくれる。おかげでサーシャは夢見心地で彼に身を委ねることができた。イデオンの大きな手は外気に触れていたせいで冷えており、サーシャの火照った背中の熱を奪っていく。
ここに来てすぐの頃は、イデオンの冷たい視線と態度が少し怖かった。しかし今は彼が冷たいだけの夫ではないとわかっていた。
(思ったより心配性だし……なんだかんだいっても僕がしてほしいことは叶えてくれるんだよね)
彼と手を取り合って大広間を回りながら、サーシャは自分を見つめるイデオンの瞳に見入っていた。曲の終わりに体を抱き寄せられ、このまま唇が触れ合おうかという瞬間にイデオンがその高い鼻をひくつかせた。
「――こっちへ来い」
「え……?」
次の曲でサーシャと踊ろうと待っていた数名の獣人をひと睨みし、イデオンはサーシャの手を引いて広間から廊下へ出た。
(どうしたんだべ……?)
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