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38.妻に寄せる想い(2)

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イデオンは膝に乗ったサーシャを見つめた。サーシャは勘違いしたままイデオンの顔を両手で包み込み、ちゅっちゅっと音を立ててキスしてくる。

「酔ってるのか? おい、よせ」

発情した獣のようにサーシャはイデオンの唇を割り、舌を中に押し入れてきた。

「む……っ」

つたない動きの小さな舌。イデオンはその感触に肉欲よりもむしろ庇護欲を掻き立てられて突き放すこともできずにされるがままになっていた。

(こんな風に迫ってくるのも、金のためだというのか?)

サーシャは顔の角度を変えて一生懸命舌を動かしては唇を押し付けてくる。しばらくそうした後ようやく彼は顔を離した。

「ぷはっ。はぁ、はぁ……苦しい」

自分で深く口付けしておきながら苦しいと言うサーシャの間の抜けた言葉につい笑ってしまう。ソファの背もたれに頭を預けたまま妻を見上げて言う。

「酔っぱらいが夫を押し倒そうなどと考えるからだ」
「したって、イデオン様が嬉しいこと言ってくれるから興奮しちゃったんだ」

そう言ってサーシャはイデオンの首に抱きついた。華奢な体からライラックの香りと温もりが伝わってくる。密着した胸元からは少し早くなった鼓動を感じた。

「発情期でもあるまいに、年中さかるのは人間の得意技というわけか」
「そんなことないです。今日は――挿れてとは言いません」
「ほう?」
「僕、最近ミカルくんを抱っこするようになってからすっかりママの気分になってしまって……。僕たちの赤ちゃんは、ミカルくんがもう少し大きくなってからでもいいかなって」
「サーシャ……」

(ミカルのことをそこまで想ってくれるのか。これが全部演技だなどとは到底思えぬ――……)

サーシャは額をイデオンの肩に擦り付けるようにして甘えながら言う。

「ミカルくんや獣人の皆と一緒に過ごしていて、幸せだなって思ったんです。焦ってもしょうがないなって……。だから今夜は、ただ一緒にベッドで寝てくれないべか?」
「一緒に?」
「はい。いつも僕が限界になるまでしてくれたらすぐにイデオン様帰っちゃうべさ。それが寂しいんです。だから、何もしてくれなくていいからせめて今夜は僕が寝るまで一緒にいて欲しいな」

サーシャは大きな目でイデオンを見つめた。発情期中にアルファを誘ってくるのとは違う、穏やかな期待に満ちた視線だった。

(フェロモンが充満しているわけでもない。たまには一緒に寝ても良いか)

「わかった。コンサバトリー修繕の功労者の要望とあらば聞かぬわけにはいくまい」

嬉しそうにまた首に腕を巻き付けた妻を持ち上げてそのままベッドへ運んだ。ミカルほどではないが、軽くて心許ない体つきだ。

(こんなに華奢な身で実家の借金を背負わされ、こんな北国にまで嫁いできたのか。しかも苦手な獣人と子づくりしようと必死になって――)

これまでサーシャに触れることで感じていた性欲とは別の何かがこみ上げて、胸がつまった。

その夜はミカルの赤ん坊の頃の話や、両親との思い出などを聞かれるままぽつりぽつりと話した。今まで二人きりで過ごす時間は二人ともただやみくもに体を求め合っていただけ――。こうしてちゃんとお互いの話をしたこともなかった。

(マリアーノが何と言おうと、話を聞く限りサーシャが獣人を恐れているとは思えぬ)

いつの間にかサーシャはイデオンの尻尾を抱きしめ、満足げな表情で寝息を立てていた。

「マリアーノの言葉より、俺は妻であるお前のことを信じよう」

イデオンは美しい妻の額に口付けをした。
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