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34.獣人にモテるサーシャが気に入らないマリアーノ
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そんなことを話していたサーシャだったが、コンサバトリーの改修が終わる前に「お茶会」は獣人たちの中でいつの間にか話題になっていた。――というのも、例のヘラジカ二人組があの後「王妃様にお茶を振る舞ってもらった」とあちこちで自慢して回ったのだ。
それを聞いた獣人の使用人たちは、話の真偽を確かめようと手すきの時間にコンサバトリーを訪れるようになった。そして作業を手伝ってくれて、休憩時間はサーシャが直々にお茶を淹れるようになった。噂が本当だとわかると、王妃からカップを受け取ろうと更に獣人が増えた。
最初はガラス窓の入れ替えや暖房設備の修繕など、専門技術の必要な箇所以外はサーシャが自力でなんとかしようと思っていた。ヨエルを誘って二人で少しずつ作業すれば来春までには少し見られるようになるかな――と。
しかし「王妃様はいい匂いがして、仕事頑張ろうって気になれます!」と張り切るキツネ獣人や「おきれいな方なのに土を触るのも嫌がらないなんて……」「しかも皆に優しくて、一緒にお茶まで飲んでくださるんだぜ」と関心するジャコウウシ獣人など思いがけず多数の人手が集まった。
そんなわけで、植物の植え替えや木の枝の剪定など力のいる作業も想像以上のスピードで進んでいった。
そして「サーシャのお茶会」はいつの間にか使用人たちの憩いの場になっていた。
これまでサーシャは西棟で世話になっている侍女やヨエルを中心に、屋内で働く者との関わりしかなかった。しかしコンサバトリーの修繕を始めてからは力仕事メインの外で働く使用人とも親しくなっていった。
サーシャがグエルブ王国に来るまで恐れていたヒグマ獣人とも仲良くなった。皆恐ろしそうに見えたが、気のいい獣人たちだ。大きくて力持ちで頼りになる。
獣人たちも、人間はちっぽけで怠け者だと思っていたようだが、サーシャを見て「あんなに小さな体でよく働く」と人間のことを見直してくれた。
サーシャもお互いに歩み寄ることができて嬉しく思っていた。
しかし、そう思っていない人間もいた――。
◇
「ねえサーシャ。今日もまたコンサバトリーに行くのぉ?」
「うん。マリアーノもどう? 今日はヒヤシンスの球根を植えるよ。最近はお茶とかお菓子を皆が持ち寄ってくれて、作業後のお茶会も賑やかなんだ」
先日アンとスーが話してくれた人気のベーカリーカフェで彼女たちは美味しいパンを買って来てくれた。外出できないサーシャは彼女たちの気遣いをとても嬉しく思っていた。
するとマリアーノは顔をしかめた。
「うぇえ、冗談でしょう。僕獣人たちとお茶するのなんて絶対無理。しかも絶対土なんて触りたくなーい! ねえ、ちょっとサーシャの手を見せてよ」
そう言ってマリアーノはサーシャの手を取った。
「ほらぁ! せっかく綺麗な桜貝みたいな爪してるのに、泥が染み付いて指先黒くなってるよ。ほんともうやめたほうがいいって。しかも、何? そのマントからヒグマとか鹿の匂いがぷんぷんするよ」
「え、そう? 匂いするかなぁ……」
「サーシャはそんなことしてる場合じゃないでしょう。使用人とばかり仲良くしていて、イデオン様とは上手く行ってるの?」
「それは――まぁ。たまに部屋に来てくれるし……」
正直なところ、発情期が終わってからイデオンはあまり夜に部屋へ通ってくれなくなった。誘っても、忙しいと断られることがほとんどだ。
「庭いじりもいいけどね、サーシャはお妃様なんだから使用人と一緒にお茶してるなんてまずいんじゃないの?」
「そんなことないよ。皆親切にしてくれるし、一緒に作業してるからこそ向こうも人間のことをわかってくれるようになってきてるんだべさ。僕はそもそも獣人との友好を示すためにここへ嫁いで来たんだから、これでいいに決まってるしょや」
「ふーん。そう? 僕はここの使用人あんまり気に入らなーい。やっぱり獣臭いし。食べ物も口に合わないしぃ」
そう言ってマリアーノはまた派手に着飾ってどこかへ出掛けてしまった。彼は外出を禁止されていないので、城内にとどまらずに王都見物にも出掛けているようだった。
(なんだよ、だはんこいてばっかりでさぁ……結局僕と一緒にいるわけでもないし、ここへ何しに来たんだべね?)
――――――――――――
【だはんこく】→わがままを言う、だだをこねる、不平を言うなどの意味。
それを聞いた獣人の使用人たちは、話の真偽を確かめようと手すきの時間にコンサバトリーを訪れるようになった。そして作業を手伝ってくれて、休憩時間はサーシャが直々にお茶を淹れるようになった。噂が本当だとわかると、王妃からカップを受け取ろうと更に獣人が増えた。
最初はガラス窓の入れ替えや暖房設備の修繕など、専門技術の必要な箇所以外はサーシャが自力でなんとかしようと思っていた。ヨエルを誘って二人で少しずつ作業すれば来春までには少し見られるようになるかな――と。
しかし「王妃様はいい匂いがして、仕事頑張ろうって気になれます!」と張り切るキツネ獣人や「おきれいな方なのに土を触るのも嫌がらないなんて……」「しかも皆に優しくて、一緒にお茶まで飲んでくださるんだぜ」と関心するジャコウウシ獣人など思いがけず多数の人手が集まった。
そんなわけで、植物の植え替えや木の枝の剪定など力のいる作業も想像以上のスピードで進んでいった。
そして「サーシャのお茶会」はいつの間にか使用人たちの憩いの場になっていた。
これまでサーシャは西棟で世話になっている侍女やヨエルを中心に、屋内で働く者との関わりしかなかった。しかしコンサバトリーの修繕を始めてからは力仕事メインの外で働く使用人とも親しくなっていった。
サーシャがグエルブ王国に来るまで恐れていたヒグマ獣人とも仲良くなった。皆恐ろしそうに見えたが、気のいい獣人たちだ。大きくて力持ちで頼りになる。
獣人たちも、人間はちっぽけで怠け者だと思っていたようだが、サーシャを見て「あんなに小さな体でよく働く」と人間のことを見直してくれた。
サーシャもお互いに歩み寄ることができて嬉しく思っていた。
しかし、そう思っていない人間もいた――。
◇
「ねえサーシャ。今日もまたコンサバトリーに行くのぉ?」
「うん。マリアーノもどう? 今日はヒヤシンスの球根を植えるよ。最近はお茶とかお菓子を皆が持ち寄ってくれて、作業後のお茶会も賑やかなんだ」
先日アンとスーが話してくれた人気のベーカリーカフェで彼女たちは美味しいパンを買って来てくれた。外出できないサーシャは彼女たちの気遣いをとても嬉しく思っていた。
するとマリアーノは顔をしかめた。
「うぇえ、冗談でしょう。僕獣人たちとお茶するのなんて絶対無理。しかも絶対土なんて触りたくなーい! ねえ、ちょっとサーシャの手を見せてよ」
そう言ってマリアーノはサーシャの手を取った。
「ほらぁ! せっかく綺麗な桜貝みたいな爪してるのに、泥が染み付いて指先黒くなってるよ。ほんともうやめたほうがいいって。しかも、何? そのマントからヒグマとか鹿の匂いがぷんぷんするよ」
「え、そう? 匂いするかなぁ……」
「サーシャはそんなことしてる場合じゃないでしょう。使用人とばかり仲良くしていて、イデオン様とは上手く行ってるの?」
「それは――まぁ。たまに部屋に来てくれるし……」
正直なところ、発情期が終わってからイデオンはあまり夜に部屋へ通ってくれなくなった。誘っても、忙しいと断られることがほとんどだ。
「庭いじりもいいけどね、サーシャはお妃様なんだから使用人と一緒にお茶してるなんてまずいんじゃないの?」
「そんなことないよ。皆親切にしてくれるし、一緒に作業してるからこそ向こうも人間のことをわかってくれるようになってきてるんだべさ。僕はそもそも獣人との友好を示すためにここへ嫁いで来たんだから、これでいいに決まってるしょや」
「ふーん。そう? 僕はここの使用人あんまり気に入らなーい。やっぱり獣臭いし。食べ物も口に合わないしぃ」
そう言ってマリアーノはまた派手に着飾ってどこかへ出掛けてしまった。彼は外出を禁止されていないので、城内にとどまらずに王都見物にも出掛けているようだった。
(なんだよ、だはんこいてばっかりでさぁ……結局僕と一緒にいるわけでもないし、ここへ何しに来たんだべね?)
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【だはんこく】→わがままを言う、だだをこねる、不平を言うなどの意味。
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