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31.落ち込むサーシャ

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「これは、その――」

サーシャは手でうなじを隠す。

「え、結婚式はとっくに済んだんだよね? 初夜ももちろん……って、まさか抱いてもらえてないとか言わないよね……?」

図星を指されてサーシャは咄嗟に答えに詰まった。

「……それは……」

(初夜も、発情期中もイデオン様はちゃんとベッドに来てくれた。ただ、挿れてもらえてないだけで……)

「嘘でしょ。サーシャ……ねぇサーシャって!」
「はい」

うつむくサーシャにマリアーノが畳み掛けるように言う。

「ダメじゃん、全然ダメじゃん! それでどうやって借金返すつもりなの? クレムス王が報奨金を出す条件は、結婚するだけじゃなくて雪豹王との子どもをつくることだよね」
「――うん」

(なしてマリアーノがそこまで知ってるの……?)

「それなのに、つがいになってないどころかまだ抱いてすらもらえてないって?」
「マリアーノ、そんな言い方――」
「言い方がどうとか言ってる場合? どうするの、それでどうやって赤ちゃんが生まれるっていうの? 伯父様はサーシャに甘いけれど永遠に借金返済を待ってはくれないんだよ?」

両肩を掴まれてサーシャは唇を噛む。

(そんなことわかってる。だから僕だって頑張ってんのに……)

このまま妊娠できなければ借金返済ができない。そうするとサーシャの実家はますます困窮することになる。

「全く……サーシャは子どもの頃から動物苦手だっていうのにこんなところにお嫁に来ちゃって――僕はきっと無理だって思ってたんだよ」
「え?」
「そしたら案の定こうだもんね。仕方ないなぁ……わかった。僕がなんとかするから」
「――なんとかって?」
「うーん、ちょっと考えがあるんだ。そんなことよりこの服着よう。ほらほらちゃんと袖通して」

マリアーノがブラウスを着せようとしてくる。しかしサーシャはきらきらした服を着る気分ではなかった。

「ごめん、マリアーノ。せっかくだけども言いつけを破ったらイデオン様に怒られるから」
「ええ?」
「したから、この服は着られない。たくさん持ってきてくれたのにごめんね」
「そんなぁ!」

マリアーノは唇を尖らせた。しかし思いついたように言う。

「あ、そうだ! 僕はサーシャと体型も同じだし、この服僕が着てもいい?」
「うん、もちろん」

マリアーノは「作戦考えるから~」と言って従僕にプレゼントの箱を持たせると部屋から出ていった。
サーシャは自分のブラウスを着て、マリアーノに「臭そう」と言われてしまったマントを羽織った。

(ふん。このマントはいい匂いだし、もこもこで気持ちいいんだから……)

イデオンとちゃんと最後までできていないことは自分自身が一番気にしていたことだった。これじゃだめだとわかってもいる。だけどそれを他人にあからさまに指摘されてつい落ち込んでしまいそうになる。

「はぁ……。だめだめ、次の発情期が来るまでにイデオン様ともっと仲良くなるんだ」

今日は先日イデオンが手配してくれた業者が来てコンサバトリーのガラス修繕が始まる予定だった。

「よし、あの温室ば綺麗に直して、イデオン様に喜んでもらうぞ~!」





サーシャは気持ちを入れ替えてコンサバトリーに向かう。マリアーノが到着する寸前に既に作業員が到着したとヨエルから聞いていた。もう作業は始まってしまっているだろなと思いつつ急ぎ足で庭を通り抜けた。

「すみませーん、遅くなってしまって!」

すると作業服を着たヘラジカ獣人が二人コンサバトリーの入口前に立っていた。

(あれ? なして中に入らないんだべ?)

「あの、どうかしました?」
「あ、これはお妃様。それが実は困ったことになっておりまして――」

彼らが大きな体を避けると、コンサバトリーの入り口が見えた。そしてそこには小さな雪豹獣人が立って両手を広げ、通せんぼしているのだった。

「あれ、君はこの間の……」

サーシャがつぶやくと、ヘラジカの作業員が言う。

「サーシャ様。こちらはイデオン陛下の弟様のミカル殿下でして――」

(やっぱりこの子がそうだったんだ)

「我々が作業のため中に入ろうとしましたら、こうして黙って立ったままどけてくれず……」

体の大きなヘラジカ獣人二人組は小さな王子様を前に困り果てていた。
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