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24.キスをねだる花嫁
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窓を出てすぐのところでヨエルとすれ違った。彼は国王の姿に気が付き無言で頭を下げる。イデオンはそれに頷き返してサーシャを追いかけた。
彼は庭の奥にあるガラス張りのコンサバトリーを見つけて近付こうとしていた。
(庭から出るなと言ったのに、好奇心旺盛な花嫁で困ったものだ)
ちょっと驚かせてやろうと思い忍び足で近づき背後から無言で彼の体に腕を回した。そしてフードを深くかぶせる。
「何をしている。フードを被るように言ったはずだ」
「わぁっ! な、なに!?」
イデオンの腕の中でサーシャが体を捻ってこちらを見上げた。
「イデオン様……! ああ、びっくりしたぁ~」
そう言って微笑む妻の甘いライラックの香りに頬が緩みそうになる。イデオンは表情を引き締め、威厳を込めて言う。
「どこへ行く気だ? 歩いていいのはこの庭の中だけだと言っただろう」
「あの、あっちにある温室みたいなの何だべかって気になって」
「ああ。あそこは今使っていないんだ。ガラスが割れていて危険だから近づいてはならん」
「そうなんですか……」
サーシャは名残惜しそうにコンサバトリーを眺めていた。
あそこは本来イデオンの母が管理していて、両親の死後わけあって放置されている。
「そういえばさっきヴァレンティ男爵から手紙を受け取った」
「えっ!?」
ヴァレンティの名前を聞いてサーシャは眉をひそめた。
「な、なんだっていうんですか?」
「結婚祝いをかねて甥っ子のマリアーノとやらがお前の話し相手としてここへ来ると言っている。友人なんだろう?」
「え――。マリアーノ……?」
(なんだ? 嬉しくないのか)
「お前が嫌なら断るが」
「いえ……。きっと母とヴァレンティ男爵が決めたんだろうから……」
「そうか?」
浮かない顔でうつむくサーシャの頬にまつ毛が落ちているのに気がついた。
「サーシャ、目を閉じろ」
「え?」
イデオンはサーシャの顎を指で持ち上げた。するとサーシャは言われたとおり目を閉じた。ちょっと頬を染めて、ふわふわと甘いフェロモンを漂わせている。キスを待つような表情に、そのまま唇を寄せそうになる。イデオンはしかし思いとどまり、なめらかな白い頬に指を滑らせまつ毛を取ってやる。
「取れた。もういいぞ」
「え……?」
「まつ毛がついていた。じゃあな、俺はもう行くぞ」
イデオンが背を向けるとサーシャが「えーっ!」と不満げな声を上げた。驚いて振り返る。
「どうしたんだ?」
「キスするんでないの?」
「はぁ? するわけがないだろう。俺は仕事中だ」
「そんなぁ、キスしてくれると思ったのに騙すなんて酷いべさ」
「酷いだと? ……こんなところでキスなどしない」
(何を言い出すんだ……)
「イデオン様は僕の旦那様なのに冷たいんでないですか? 朝はキスしてくれたのに。はい、チュってしてください」
そう言ってサーシャはイデオンの腕を掴んで目を閉じた。寒さで先端が少し赤くなった鼻が愛らしい。
(俺だってさっきからキスしたくてうずうずしている――しかしダメだ)
「駄々をこねるな。子どもじゃあるまいし」
「そんなぁ。じゃあ、今夜またイデオン様のお部屋に行ってもいいですか?」
(あのように間抜けなことをしでかす妻をこれ以上東棟に来させるわけにはいかん)
「……ダメだ」
「ええ~っ!?」
「大きな声を出すな。一体どうしたというんだ」
「だって、昨日最後までできなかったべさ。今夜こそ頑張るからお願い」
「ダメだ」
イデオンはきびすを返して歩き出した。
「あ、待ってよイデオン様!」
なおも追いかけてこようとするサーシャにため息をつく。
「俺が行く」
「え?」
「俺がお前の部屋に行くから待っていろ」
「え……」
イデオンの言葉を聞いてサーシャは立ち止まった。
「外は冷える。そろそろお前も部屋へ戻れ」
振り返らずに言葉をかけ、イデオンは執務室へ戻った。
(こんなはずでは……結局サーシャの匂いに負けて約束してしまった……)
彼は庭の奥にあるガラス張りのコンサバトリーを見つけて近付こうとしていた。
(庭から出るなと言ったのに、好奇心旺盛な花嫁で困ったものだ)
ちょっと驚かせてやろうと思い忍び足で近づき背後から無言で彼の体に腕を回した。そしてフードを深くかぶせる。
「何をしている。フードを被るように言ったはずだ」
「わぁっ! な、なに!?」
イデオンの腕の中でサーシャが体を捻ってこちらを見上げた。
「イデオン様……! ああ、びっくりしたぁ~」
そう言って微笑む妻の甘いライラックの香りに頬が緩みそうになる。イデオンは表情を引き締め、威厳を込めて言う。
「どこへ行く気だ? 歩いていいのはこの庭の中だけだと言っただろう」
「あの、あっちにある温室みたいなの何だべかって気になって」
「ああ。あそこは今使っていないんだ。ガラスが割れていて危険だから近づいてはならん」
「そうなんですか……」
サーシャは名残惜しそうにコンサバトリーを眺めていた。
あそこは本来イデオンの母が管理していて、両親の死後わけあって放置されている。
「そういえばさっきヴァレンティ男爵から手紙を受け取った」
「えっ!?」
ヴァレンティの名前を聞いてサーシャは眉をひそめた。
「な、なんだっていうんですか?」
「結婚祝いをかねて甥っ子のマリアーノとやらがお前の話し相手としてここへ来ると言っている。友人なんだろう?」
「え――。マリアーノ……?」
(なんだ? 嬉しくないのか)
「お前が嫌なら断るが」
「いえ……。きっと母とヴァレンティ男爵が決めたんだろうから……」
「そうか?」
浮かない顔でうつむくサーシャの頬にまつ毛が落ちているのに気がついた。
「サーシャ、目を閉じろ」
「え?」
イデオンはサーシャの顎を指で持ち上げた。するとサーシャは言われたとおり目を閉じた。ちょっと頬を染めて、ふわふわと甘いフェロモンを漂わせている。キスを待つような表情に、そのまま唇を寄せそうになる。イデオンはしかし思いとどまり、なめらかな白い頬に指を滑らせまつ毛を取ってやる。
「取れた。もういいぞ」
「え……?」
「まつ毛がついていた。じゃあな、俺はもう行くぞ」
イデオンが背を向けるとサーシャが「えーっ!」と不満げな声を上げた。驚いて振り返る。
「どうしたんだ?」
「キスするんでないの?」
「はぁ? するわけがないだろう。俺は仕事中だ」
「そんなぁ、キスしてくれると思ったのに騙すなんて酷いべさ」
「酷いだと? ……こんなところでキスなどしない」
(何を言い出すんだ……)
「イデオン様は僕の旦那様なのに冷たいんでないですか? 朝はキスしてくれたのに。はい、チュってしてください」
そう言ってサーシャはイデオンの腕を掴んで目を閉じた。寒さで先端が少し赤くなった鼻が愛らしい。
(俺だってさっきからキスしたくてうずうずしている――しかしダメだ)
「駄々をこねるな。子どもじゃあるまいし」
「そんなぁ。じゃあ、今夜またイデオン様のお部屋に行ってもいいですか?」
(あのように間抜けなことをしでかす妻をこれ以上東棟に来させるわけにはいかん)
「……ダメだ」
「ええ~っ!?」
「大きな声を出すな。一体どうしたというんだ」
「だって、昨日最後までできなかったべさ。今夜こそ頑張るからお願い」
「ダメだ」
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「あ、待ってよイデオン様!」
なおも追いかけてこようとするサーシャにため息をつく。
「俺が行く」
「え?」
「俺がお前の部屋に行くから待っていろ」
「え……」
イデオンの言葉を聞いてサーシャは立ち止まった。
「外は冷える。そろそろお前も部屋へ戻れ」
振り返らずに言葉をかけ、イデオンは執務室へ戻った。
(こんなはずでは……結局サーシャの匂いに負けて約束してしまった……)
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