【完結】転生花嫁と雪豹α王の人質婚〜北海道民の記憶持ちΩは寒さに強くてもふもふ好き〜

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28.うなじを噛めない雪豹王

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イデオンはサーシャが満足げにうつ伏せになるのをなんとも言えぬ気分で眺めた。甘い香りが部屋に充満し、鎮まることを知らないイデオンの下腹部がまた熱く疼きそうになる。
昨夜のようにこのオメガと一緒に寝ては翌日の仕事に支障を来すと思ったイデオンはサーシャの体をざっと拭くと自分は衣服を整えて立ち上がった。
キスして立ち去ろうとすると、サーシャが一緒に寝ようと甘えた声で言ってきた。

(こんなフェロモンだらけの部屋で寝るわけにはいかないんだ)

「――ダメだ。お前はゆっくり寝ていろ。じゃあな」

寂しそうにこちらを見つめる妻の視線から逃げるように寝室を後にした。



翌朝イデオンはサーシャが起きる前の時間帯にヨエルを自室に呼んだ。

「サーシャに何か言ったのか?」
「何か、とおっしゃいますと?」
「子どもを欲しがるのはクレムス王国のためだとして、なぜあいつがうなじを噛まれたいなどと言う?」

男同士でどうやって子づくりするかも知らなかったサーシャが急にあんなことを言うのはおかしいとイデオンは思っていた。

「それは……初夜の翌朝、サーシャ様の首の傷を手当しようとしましたら傷痕がなかったものですから」

それでわざわざ何も知らなかったサーシャに入れ知恵したのか。

「俺は外交上サーシャと結婚はした。しかしまだ人間の花嫁を完全に信用したわけではない。うなじを噛めば一生つがいにならねばならんのだぞ」
「おっしゃる通りです。ただ――」
「なんだというのだ?」
「ただ、つがいになって一生関係を断てずに困るのはオメガだけでは?」
「何が言いたい?」

イデオンは太い眉の間にシワを寄せる。

「陛下はアルファでいらっしゃいますよね。アルファはつがいを何人と結んでも構わないわけですから、サーシャ様とつがいになったとしても何も問題はないのでは? つがいになった上で別れることになったときにダメージを受けるのはオメガ側だけですから」
「……ふん。そんなことはわかっている」
「では、サーシャ様が噛んでほしいとおっしゃるならお好きになさればよろしいではないですか。もしサーシャ様を気に入らなくなったら、今度は獣人の新しい奥様を娶ってつがいになられたらよいだけのことでしょう」

しれっと無表情でこんなことを言うヨエルに無性に腹が立つ。

(いつもほとんど口をきかないというのに、サーシャのことに関してはよく喋る――)

「お前は無害な羊のような顔をしていながら随分冷酷なことを言うのだな。もし暗殺犯がクレムス王国の人間だったとわかり、サーシャと離婚することにでもなったらどうなる? あいつをそのまま放り出せというのか? アルファにつがいを解消されたオメガがどれだけ苦しい思いをするか知っているだろう。お前には情というものが無いのか」

一度つがいになったアルファとオメガは、アルファ側からのみつがいの解消ができる。しかしつがいを解消されたオメガは後遺症に苦しむこととなり、精神的にも肉体的にもダメージを受ける。
イデオンの発言を聞いてヨエルが珍しく目尻を下げて口元をほころばせた。

「ああ、やはり陛下はお優しい方ですね。そんなにサーシャ様のご心配をなさっておいでとは。しかも、人間を恨んだとしてもサーシャ様自身のことは傷つけたくないとおっしゃる」
「――そんなことは言っていないだろうが」
「そうおっしゃったも同然ですよ。陛下、いずれにせよ陛下はもう個人的にサーシャ様を疑ってはいらっしゃらないのでしょう?」
「……どうだかな。あいつは――何を考えているのかわからん」
「簡単ですよ。陛下と仲良くなりたいのです。ただそれだけではありませんか」

イデオンは鼻で笑った。

「ふん、仲良くだと? 人間が、獣人と?」

イデオンはたった一度ふざけて人間を噛んでしまったせいで、彼らが自分を避けて二度と近寄ってこなかったことを忘れられなかった。

「さようでございます。既に使用人たちとは仲良くされていらっしゃいますよ。皆奥様のことを受け入れております」
「……それが気に入らぬというのだ」
「なぜです? 陛下ももっと歩み寄ればよろしいではありませんか」
「そんなことができるか! ミカルが一人さみしく過ごしているというのに……」

イデオンが弟の名を出すとヨエルがため息をつく。

「またミカル様のせいですか? そろそろ弟離れなさってはいかがです。ミカル様のことを気にしているようで、それをご自分が動けない理由にしいらっしゃるだけではないですか?」
「だからお前はどうしてそう冷たいんだ……」
「陛下がお優しすぎるのでは?」
「もうよい。そろそろサーシャが起きる頃だろう、下がれ」

去り際にヨエルがドアの前で振り返った。

「あ、もしかして……陛下はうなじを噛んでサーシャ様に泣かれるのが怖いのですか?」
「何だと!?」
「だって、あんな不恰好なマントなど着せるよりも陛下がうなじを噛んでつがいにさえなれば、サーシャ様のフェロモンはあなた様にしか効果がなくなるのですよ?」
「ぬぅ……」

イデオンは牙を剥いて唸った。

(それは当然承知の上だ――)

「この俺がそのようなことを恐れるわけがないだろう!」
「そうですよね。失礼いたしました。では、なるべく早く奥様とつがいになられるようヨエルは願っております」

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