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12.新婚初夜もゆるくない

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サーシャは緊張のため顔を強ばらせていた。ヨエルに連れられ、まだ足を踏み入れたことのない東側の棟へと進んでいく。

「今夜は人払いしてありますが、普段この辺りはアルファの衛兵が守っている区域なのでお一人では出歩かないでください」
「うん、わかった」

イデオンの寝室に案内されたが、待っていると思っていた部屋の主は不在だった。

「陛下も準備なさっておいでですので、これを飲んで寝台の上でお待ちになっていてください」
「わかった――」

ヨエルがテーブルの上のグラスに飴色のお酒らしきものを注いでくれる。サーシャはそれを手にとった。鼻を近づけると、薬のようなツンとした匂いと、甘い蜂蜜の香りがした。

「それでは私はこれで失礼します。明日の朝こちらにお迎えにあがります」

サーシャは不安になり、頭を下げて部屋から出ようとするヨエルを引き止めた。

「あ、待ってヨエル!」
「なんでしょう」
「その――……イデオン様、今日のお式のこと怒ってるべか?」
「いいえ、怒ってなどいらっしゃいませんよ」
「そう……。でも僕、いつもはなんとかなるっしょ~って思うんだけども、イデオン様に冷たくされるとなんか胸がギューってなってすーすーしてくるんだよね」

(ヨエルにこんなことを言っても仕方ないのはわかってるんだけど――)

すると珍しくヨエルが微笑みながら頷いた。

「サーシャ様。心配いりませんよ。陛下は少し警戒心が強いだけです。さあ、それをお飲みになって寝台へ」

サーシャは言われたとおりに飲み干した。アルコール度数が高めなその飲み物のせいで喉から胸にかけてカッと熱くなる。サーシャが寝台に上がるのを見届けたヨエルは静かに部屋から出ていった。



「イデオン様まだかなぁ……」

サーシャは酒に弱いわけではなかったが、緊張のせいかさきほどイデオンにキスされたときのように心臓がバクバクしてきた。

「んん……この服苦しい……」

ギュッと結ばれた胸元の紐が気になる。

「いずい……はぁ……これ、取りたい……」

ちょっとだけ緩めようとして紐の結び目を解いた。少し楽になり、更にもう少し解いてみる。そしてもう一度結び直そうと思ったがうまくいかなかった。

「やばい、どうしよう。なんだよこの結び目、わやくちゃになっちゃったじゃん」

何度か解いては結び、解いては結びしてみたが状況は悪化するばかり。紐を解いたせいで夜着自体がだらしなく緩んで胸元が見えてしまっている。

「どうしよう、どうしよう。もうイデオン様来ちゃう……誰か! 誰かいませんか~!?」

ベッドから大声で呼んでもしんとしていて誰も来ない。そういえばさっきヨエルが今夜は人払いしてあると話していた。
しかし大事な初夜に乱れた服装で国王を迎えるわけにもいかない。サーシャは寝台から降り、肩からずり落ちそうになる夜着を手で押さえながら扉を開く。

「す、すいませーん! 誰か~! 誰か助け――」

そのとき白い影が嵐のような速さでぶつかって来たかと思うと、サーシャは抱えられてベッドに放り投げられた。

「ひえっ!」
「お前はそんな格好で一体何をしているんだ!?」
「あ……」

ベッドの横に仁王立ちしてサーシャを見下ろしたのは髪の毛が逆立ちそうなほど怒ったイデオンだった。
(初対面の時のデジャブじゃん~! もうなしてこう毎回タイミング悪く現れるんだべイデオン様は?)


――――――――――

【わやくちゃ】→めちゃくちゃの意味。
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