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8.俺の嫁

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イデオンはドローイングルームに戻りドカっとソファに腰を下ろした。

「くそ、なんだってあんな美人が来たんだ――?」

明るめのミルクティーのような色をした髪の毛。それが白くて小さな顔を柔らかく縁取っていた。驚きに見開かれた目は鳶色で、吸い込まれそうなほど大きい。唇は木苺のように赤くて、頬はバラ色だった。
(人間なんて皆醜くて野蛮だと思っていたのに。鈴の音みたいな声で、全く傲慢さの感じられない物言いをする青年だ。あんな純朴そうな貴族の人間は初めて見た……)

人間とは一年中発情して子作り出来る淫らな種族と聞いている。だからイデオンはてっきり娼婦みたいなオメガが来ると思っていたのだ。

「あの綺麗な顔で実際中身はとんでもなく淫乱な生き物だということか……? クレムス王め、なかなか手ごわい人間を送って来たな。だがその手には乗らぬ……!」

イデオンは尻尾を無意識のうちにゆらゆらさせながらさっきの光景を思い出す。花嫁が到着したと聞き、準備させる暇も与えず素の様子をひと目見てやろうと予告なしで彼の部屋を訪れた。すると開け放ったドアから甘い芳香が漂ってきた。
例の懐かしいライラックの香りだ。そこになんとなく好意的な感情がうかがえる甘さが加わっていて、気づいたら早足で部屋に突進していた。
そこで見たのが、花嫁であるサーシャが従僕のヨエルに抱きついている姿だった。
(今思い出してもはらわたが煮えくり返りそうだ――しかしなんだってこんなに腹が立つ? それにあの匂い、やはりあれは幼少期に会った少年なのか?)

「おい、誰かいるか?」

イデオンが呼び掛けると羊獣人の少年が現れた。

「はい、何か御用でしょうか」
「ヨエルを呼んできてくれ。西側の花嫁の部屋にいるはずだ」
「かしこまりました」



しばらくするとヨエルがやってきた。

「お待たせいたしました陛下」
「で、どうだ」
「どうだ、とおっしゃいますと?」
「花嫁のことに決まっているだろう。なんというか……信用できそうか?」

ヨエルは無表情のまま答えた。

「どうでしょう。まだなんとも――」
「ふん、抱き合うほどの仲なのにか」
「陛下、あれは抱き合っていたのではなくサーシャ様が挨拶のつもりで……」
「まあいい。それで、俺のことは何か言っていたか? その――例えば悪口とか」
「いいえ、とんでもありません。陛下のことはとても綺麗な方で驚いたとおっしゃっていました。むしろ何か無礼があったのではと気にされてらっしゃいましたよ」
「……ふん」

(今はまだおとなしいフリをしているということか。しかしいずれ化けの皮が剥がれる時が来るだろう)

「それでは引き続きしっかり監視してくれ」

お任せください、と言って引き下がろうとしたヨエルをイデオンが呼び止める。

「ああ、ヨエル。言っておくがあいつはだ。わかってるな? これだけはくれぐれも肝に銘じておけよ」

イデオンがそう釘を刺すといつも無表情なヨエルが「フッ」と吹き出した。

「おい、今笑ったのか?」

ヨエルは口元を歪ませて笑いを堪えるような顔をしている。

「いいえ、めっそうもございません」
「何か言いたいことがあるならハッキリ言え」
「……いえ、私はただ陛下にとってこの縁談が良い結果をもたらすような気がしているだけです」

(何が言いたいんだ、こいつは。いつも無表情で何を考えているかわからん)
イデオンはもう一つ思い出して問う。

「それと、ミカルの様子も注意しておいてくれ。俺が結婚するとなるとまた精神的に動揺するかもしれんからな」
「かしこまりました。サーシャ様の件もミカル様の件もお任せください陛下」

ヨエルは頭を下げて部屋から去っていった。
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