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6.羊のヨウちゃんとの再会?
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サーシャは1週間ほど馬車に揺られて北の国ことグエルブ王国に到着した。
実家を出る前に弟のダミアンには「わざわざ人を食う獣人の国へ行くなんてバカな奴だな」と鼻で笑われた。彼は母親似のサーシャが父から特別に可愛がられているのを子どもの頃からずっと妬んでいた。だからサーシャが屋敷を出ていくのが嬉しいようでニヤニヤと笑っていた。
それに対してサーシャは去り際に「心配してくれてありがとねダミアン。でもこの世にヒグマより怖いものなんてないっしょ!」と元気に告げつつ弟を抱きしめ驚かせた。
途中通り道のデーア大公国でディアナに会うと、彼女はサーシャの動物嫌いを知っていたから心配してくれた。「私のために北の国へ行く気なのだったら申し訳ないわ」と言ってくれたけど、そうじゃない。
前世の記憶を思い出したおかげで、「自ら進んで嫁ぐのだ」と胸を張って言うことができた。
(それにしても獣人ってどんな感じなんだろ。人間みたいな身体に、獣の顔が乗ってるとか? 尻尾は撫でさせてくれるかなぁ。あ、ヒグマの獣人もいるのかな? もしいたらそれだけはおっかないから近づきたくないなぁ)
◇
今のサーシャにはぼんやりとしかこの世界での記憶が残っていない。自分や家族の名前、言語などの記憶は残っている。しかし大きくなってから覚えたような知識は前世の記憶に押し出されて忘れてしまっていることも多い。
そこでサーシャは嫁ぐ前にこの世のことを少しでも勉強しておこうと、馬車の中で第二性についての本を読んでいた。
「えーと……アルファとは。知力体力容姿に優れ、上に立ち主導権を握る性。へぇ、たいしたもんだな。要するにこの世界ではアルファが強いってことだ。えーと、それに対してオメガは多少能力は劣るが、その分生殖に特化した性である、と。ふーん、つまり僕はあんまり優秀じゃないってことかな。それから……オメガは男性でもアルファとの性交で妊娠することができる、か。なんも、能力劣っててもこれだけできればたいしたもんだわ」
今回のクレムス王国側の目的は、王家の血を引く人間が獣人王に嫁いで子どもを産むこと。
それさえできれば国王が我が家の借金を全額肩代わりしてくれる約束だった。
ぱらぱらとページをめくってオメガの項を見る。
「オメガ、オメガ……と。ああ、ここだ。オメガには三ヶ月に一回発情期が訪れ、その期間中は何よりも生殖行動が最優先される。そのため通常の生活が送れない……? それはゆるくないな。そんでもってなになに――発情期中にオメガが発するフェロモンはアルファを誘惑し、発情させる効果がある――って動物みたいなもんだな。ん? そういや僕の発情期っていつ来るんだろ。聞いてこればよかったなぁ」
長い道中、はじめのうちは真面目に勉強していた。しかし元の神経質な性格から一転しておおらかで能天気になってしまったサーシャは途中でうとうとして最後は寝落ちしてしまった。
オメガの花嫁は爆睡したまま王都入りし、馬車は無事グエルブの王城に到着。そして迎えに出てきたキツネ獣人の使用人は貴族らしからぬゆるんだ顔で寝こけるサーシャを見て目を丸くした。
サーシャは夢の中で「私が運びましょう」という柔らかい声を聞いてなんだか懐かしいような気がした。
(あ~このふかふか感……なんまらあずましい……実家の羊たちを思い出すなぁ。このままずーっと寝てたい……)
「サーシャ様。起きてください、サーシャ様」
「ん……。もう着いた……?」
揺り起こされて目を開ける。するとサーシャの目の前に懐かしい姿があった。
「え、ヨウちゃん!? なしてここにヨウちゃんが? 生きてたんだ、ヨウちゃん! よかったぁ~~あ、こんな姿になっちゃったけど僕だよ。ミノルだよ! わかる?」
「――失礼ながら私はヨウちゃんではありません。本日からサーシャ様の身の回りのお世話をさせていただくヨエルと申します」
羊獣人が無表情に言う。
「へ? あれ、ヨウちゃんじゃないの?」
「はい。私の名はヨエルです。それよりミノル様とはどういうことですか? あなたが陛下のご結婚相手のサーシャ様ではないのですか?」
(ヨエルっていうのか。でもヨウちゃんそっくりの耳なのに……)
前世で飼っていた羊のヨウちゃんは耳が片方黒くて特徴的だった。ヨエルの耳はそれにそっくりなのだ。
目をこすって頭をしゃきっとさせるため深呼吸する。
「ごめん寝ぼけてた。僕は正真正銘サーシャ・レーヴェニヒだよ」
獣人を恐れてクレムス王国側からは誰もついてきてくれなかったので自分で書状を渡す。
それを受け取ったヨエルと名乗る侍従をじっと見る。白いシャツに緑色のベスト、黒いキュロットに白いタイツ姿だ。なんとなく、前世の記憶的に北ヨーロッパのような服装だなとサーシャは思った。
ヨエルの顔と身体は人間と変わらないが、頭の横に羊の耳と角が生えていた。切れ長の一重まぶたが涼しげな塩顔イケメンで髪の毛は黒く少し長めなのを後ろで一つに結んでいる。
(これが獣人なんだ……聞いてたとおり人間よりひとまわりでっかいな)
「この世界――じゃなくてこの国のことは全然わからないから、何かと迷惑かけると思うけどよろしくね」
「はい。お困りのことがあればなんなりとお申し付けください」
「あ、じゃあさ! ヨエルのことさヨウちゃんって呼んでもいいべか?」
「……はぁ、構いませんが……」
ヨエルは無表情だったが、少し困っているみたいだ。サーシャは一応クレムス王国にいる間はなるべく標準語を話そうと心がけていた。しかし、グエルブ王国に来たらもう元のサーシャを知る者はいない。だから好きにしゃべることにした。もしかして口調のせいで変な人間だと思われているのかもしれない。
(したけどあの耳、きっとヨエルはヨウちゃんの生まれ変わりだよね。嬉しいな、また会えて)
自然と笑みがこぼれる。
「仲良くしような! ヨウちゃん」
(こったらおおきくなって、本当によかったなぁ~)
嬉しくなったサーシャは前世でヨウちゃんを抱きしめていた頃の感覚でヨエルに抱きついた。すると開け放たれた部屋の入り口から白い影が現れた。
――――――――
【ゆるくない】→容易じゃない、楽ではない、きつい、しんどいなどの意味。
【あずましい】→心地が良いという意味。
実家を出る前に弟のダミアンには「わざわざ人を食う獣人の国へ行くなんてバカな奴だな」と鼻で笑われた。彼は母親似のサーシャが父から特別に可愛がられているのを子どもの頃からずっと妬んでいた。だからサーシャが屋敷を出ていくのが嬉しいようでニヤニヤと笑っていた。
それに対してサーシャは去り際に「心配してくれてありがとねダミアン。でもこの世にヒグマより怖いものなんてないっしょ!」と元気に告げつつ弟を抱きしめ驚かせた。
途中通り道のデーア大公国でディアナに会うと、彼女はサーシャの動物嫌いを知っていたから心配してくれた。「私のために北の国へ行く気なのだったら申し訳ないわ」と言ってくれたけど、そうじゃない。
前世の記憶を思い出したおかげで、「自ら進んで嫁ぐのだ」と胸を張って言うことができた。
(それにしても獣人ってどんな感じなんだろ。人間みたいな身体に、獣の顔が乗ってるとか? 尻尾は撫でさせてくれるかなぁ。あ、ヒグマの獣人もいるのかな? もしいたらそれだけはおっかないから近づきたくないなぁ)
◇
今のサーシャにはぼんやりとしかこの世界での記憶が残っていない。自分や家族の名前、言語などの記憶は残っている。しかし大きくなってから覚えたような知識は前世の記憶に押し出されて忘れてしまっていることも多い。
そこでサーシャは嫁ぐ前にこの世のことを少しでも勉強しておこうと、馬車の中で第二性についての本を読んでいた。
「えーと……アルファとは。知力体力容姿に優れ、上に立ち主導権を握る性。へぇ、たいしたもんだな。要するにこの世界ではアルファが強いってことだ。えーと、それに対してオメガは多少能力は劣るが、その分生殖に特化した性である、と。ふーん、つまり僕はあんまり優秀じゃないってことかな。それから……オメガは男性でもアルファとの性交で妊娠することができる、か。なんも、能力劣っててもこれだけできればたいしたもんだわ」
今回のクレムス王国側の目的は、王家の血を引く人間が獣人王に嫁いで子どもを産むこと。
それさえできれば国王が我が家の借金を全額肩代わりしてくれる約束だった。
ぱらぱらとページをめくってオメガの項を見る。
「オメガ、オメガ……と。ああ、ここだ。オメガには三ヶ月に一回発情期が訪れ、その期間中は何よりも生殖行動が最優先される。そのため通常の生活が送れない……? それはゆるくないな。そんでもってなになに――発情期中にオメガが発するフェロモンはアルファを誘惑し、発情させる効果がある――って動物みたいなもんだな。ん? そういや僕の発情期っていつ来るんだろ。聞いてこればよかったなぁ」
長い道中、はじめのうちは真面目に勉強していた。しかし元の神経質な性格から一転しておおらかで能天気になってしまったサーシャは途中でうとうとして最後は寝落ちしてしまった。
オメガの花嫁は爆睡したまま王都入りし、馬車は無事グエルブの王城に到着。そして迎えに出てきたキツネ獣人の使用人は貴族らしからぬゆるんだ顔で寝こけるサーシャを見て目を丸くした。
サーシャは夢の中で「私が運びましょう」という柔らかい声を聞いてなんだか懐かしいような気がした。
(あ~このふかふか感……なんまらあずましい……実家の羊たちを思い出すなぁ。このままずーっと寝てたい……)
「サーシャ様。起きてください、サーシャ様」
「ん……。もう着いた……?」
揺り起こされて目を開ける。するとサーシャの目の前に懐かしい姿があった。
「え、ヨウちゃん!? なしてここにヨウちゃんが? 生きてたんだ、ヨウちゃん! よかったぁ~~あ、こんな姿になっちゃったけど僕だよ。ミノルだよ! わかる?」
「――失礼ながら私はヨウちゃんではありません。本日からサーシャ様の身の回りのお世話をさせていただくヨエルと申します」
羊獣人が無表情に言う。
「へ? あれ、ヨウちゃんじゃないの?」
「はい。私の名はヨエルです。それよりミノル様とはどういうことですか? あなたが陛下のご結婚相手のサーシャ様ではないのですか?」
(ヨエルっていうのか。でもヨウちゃんそっくりの耳なのに……)
前世で飼っていた羊のヨウちゃんは耳が片方黒くて特徴的だった。ヨエルの耳はそれにそっくりなのだ。
目をこすって頭をしゃきっとさせるため深呼吸する。
「ごめん寝ぼけてた。僕は正真正銘サーシャ・レーヴェニヒだよ」
獣人を恐れてクレムス王国側からは誰もついてきてくれなかったので自分で書状を渡す。
それを受け取ったヨエルと名乗る侍従をじっと見る。白いシャツに緑色のベスト、黒いキュロットに白いタイツ姿だ。なんとなく、前世の記憶的に北ヨーロッパのような服装だなとサーシャは思った。
ヨエルの顔と身体は人間と変わらないが、頭の横に羊の耳と角が生えていた。切れ長の一重まぶたが涼しげな塩顔イケメンで髪の毛は黒く少し長めなのを後ろで一つに結んでいる。
(これが獣人なんだ……聞いてたとおり人間よりひとまわりでっかいな)
「この世界――じゃなくてこの国のことは全然わからないから、何かと迷惑かけると思うけどよろしくね」
「はい。お困りのことがあればなんなりとお申し付けください」
「あ、じゃあさ! ヨエルのことさヨウちゃんって呼んでもいいべか?」
「……はぁ、構いませんが……」
ヨエルは無表情だったが、少し困っているみたいだ。サーシャは一応クレムス王国にいる間はなるべく標準語を話そうと心がけていた。しかし、グエルブ王国に来たらもう元のサーシャを知る者はいない。だから好きにしゃべることにした。もしかして口調のせいで変な人間だと思われているのかもしれない。
(したけどあの耳、きっとヨエルはヨウちゃんの生まれ変わりだよね。嬉しいな、また会えて)
自然と笑みがこぼれる。
「仲良くしような! ヨウちゃん」
(こったらおおきくなって、本当によかったなぁ~)
嬉しくなったサーシャは前世でヨウちゃんを抱きしめていた頃の感覚でヨエルに抱きついた。すると開け放たれた部屋の入り口から白い影が現れた。
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【ゆるくない】→容易じゃない、楽ではない、きつい、しんどいなどの意味。
【あずましい】→心地が良いという意味。
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