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2.究極の選択
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――結婚式から3週間ほど遡った秋晴れの日、クレムス王国ウルムブルク領レーヴェニヒ邸にて。
サーシャ・レーヴェニヒはウルムブルク公爵である父フランツの書斎に呼ばれた。
「サーシャ、お前に頼みたいことがある」
「なんでしょう? 父上」
「お前も知っての通りアンネマリーの事業がうまくいっていない」
サーシャの母アンネマリーがここ数年始めた遊びがどんな結果をもたらしたか、19歳のサーシャは当然理解していた。
「そこでお前にはこの二つのうちどちらかへお嫁に行ってもらわねばならなくなった」
「えっ!?」
そう言ってフランツがサーシャの目の前に二通の書状を差し出した。
「こんなことになって本当に申し訳ないと思っている。しかし我が家にはこれ以外にもう残された手段がないのだ。だからどうか選んでくれ。お前はこの二つのうちどちらとの縁談を望む?」
レーヴェニヒ一族は王家の血を引く由緒正しい公爵家。祖父は現国王の叔父だった。
しかしそんなわが家にはお金がない。
ここ数年飢饉が続いて作物が思うように獲れなかったこともあり、領地全体として収入が減っている。
それなのに母は友人の口車に乗せられて事業に手を出し、見事に大赤字を出した。富豪の知人から次々に借り入れをした結果、雪だるま式に膨らんだ借金で首が回らなくなった。
サーシャのこめかみを汗が伝う。
(急に父上に呼ばれてなにごとかと思えば、こんな話だとは)
「ですが父上、僕はレーヴェニヒ家の長男ですよ。なのに借金の返済のため嫁げとおっしゃるのですか?」
「お前が長男であることはもちろんわかっている。だが、お前はオメガではないか。オメガは家督を継ぐことはできない。それに我々にはダミアンがいる。だから安心してお前はお嫁に行ってくれ」
サーシャの第二性はオメガだ。そしてダミアンは17歳になったベータの弟。年下の彼のほうが体格もよく、頭の出来も良い。
(――僕は用無しというわけか)
「ですが、僕はお嫁に行く気はないとずっと申し上げてきたではありませんか」
「お前の気持ちはよくわかる。しかし、このままではこの屋敷も差し押さえられ、爵位もどうなるか……」
「父上、ですからあんな事業に関わるのはよしてくださいと再三申し上げたではありませんか」
「仕方ないではないか。アンネマリーがやりたいと言うことは夫としてなんでもやらせてあげたかったのだ」
フランツは若い頃この地方一番の美女と言われていたアンネマリーにベタ惚れで、何をするにも言いなりだった。
そして母の美貌を受け継いだサーシャは子どもの頃からアルファ貴族に追いかけ回されてきた。
思春期に一度恋人ができたときはサーシャを巡ってアルファ同士で決闘騒ぎにまで発展。将来を約束し合った恋人のアルファは怯えて決闘の前日に他のオメガと駆け落ちしてしまいサーシャは置き去り。
そんなわけでサーシャはもう二度と恋なんてしないと心に誓っていた。
(僕は誰とも結婚せず、一生一人で過ごそうと決めていたのに――よりによってお金のためにアルファに嫁ぐだなんて)
「とにかくその書状に目を通してみてくれ」
父に促されてまず一通を開いてみる。
二択のうち一方は母が事業で一番多くの借金をしたバルトロメオ・ヴァレンティ男爵だった。
「ヴァレンティ男爵ですか……? あの方はもう40歳近いのでは?」
サーシャは彼が屋敷に来る度に爬虫類のようなジメッとした視線を向けられるのが嫌だった。彼の元へ嫁ぐだなんてありえない。
「なに、彼はまだ38歳だよ。それに私とアンネマリーも15歳差だがこうして仲良く夫婦生活を送っている。年上の夫の方がきっと優しくしてくれるさ」
「そ、そんな――」
彼の冷たくて湿った手がサーシャの手を握ったときのことを思い出して鳥肌がたった。
(会えば毎回妙に近くに寄ってくると思ったら、こんなに年の離れた僕のことをそういう対象として見ていたということか)
「彼もアルファだから孫の顔も拝めるだろうし、私としては顔見知りのヴァレンティ男爵を勧めたいところだ」
「ですが……あの、もう片方も拝見しませんと」
サーシャは彼の元に嫁ぎたくない一心でもう片方の相手に希望を託した。
「ええと、グエルブ王国の……イデオン・ヘレニウス国王……? え、ちょっと待ってくださいグエルブって――」
「そうだ。例の北の国だ」
「まさか、そんな。だってあそこの国王は――獣人ではありませんか!」
サーシャ・レーヴェニヒはウルムブルク公爵である父フランツの書斎に呼ばれた。
「サーシャ、お前に頼みたいことがある」
「なんでしょう? 父上」
「お前も知っての通りアンネマリーの事業がうまくいっていない」
サーシャの母アンネマリーがここ数年始めた遊びがどんな結果をもたらしたか、19歳のサーシャは当然理解していた。
「そこでお前にはこの二つのうちどちらかへお嫁に行ってもらわねばならなくなった」
「えっ!?」
そう言ってフランツがサーシャの目の前に二通の書状を差し出した。
「こんなことになって本当に申し訳ないと思っている。しかし我が家にはこれ以外にもう残された手段がないのだ。だからどうか選んでくれ。お前はこの二つのうちどちらとの縁談を望む?」
レーヴェニヒ一族は王家の血を引く由緒正しい公爵家。祖父は現国王の叔父だった。
しかしそんなわが家にはお金がない。
ここ数年飢饉が続いて作物が思うように獲れなかったこともあり、領地全体として収入が減っている。
それなのに母は友人の口車に乗せられて事業に手を出し、見事に大赤字を出した。富豪の知人から次々に借り入れをした結果、雪だるま式に膨らんだ借金で首が回らなくなった。
サーシャのこめかみを汗が伝う。
(急に父上に呼ばれてなにごとかと思えば、こんな話だとは)
「ですが父上、僕はレーヴェニヒ家の長男ですよ。なのに借金の返済のため嫁げとおっしゃるのですか?」
「お前が長男であることはもちろんわかっている。だが、お前はオメガではないか。オメガは家督を継ぐことはできない。それに我々にはダミアンがいる。だから安心してお前はお嫁に行ってくれ」
サーシャの第二性はオメガだ。そしてダミアンは17歳になったベータの弟。年下の彼のほうが体格もよく、頭の出来も良い。
(――僕は用無しというわけか)
「ですが、僕はお嫁に行く気はないとずっと申し上げてきたではありませんか」
「お前の気持ちはよくわかる。しかし、このままではこの屋敷も差し押さえられ、爵位もどうなるか……」
「父上、ですからあんな事業に関わるのはよしてくださいと再三申し上げたではありませんか」
「仕方ないではないか。アンネマリーがやりたいと言うことは夫としてなんでもやらせてあげたかったのだ」
フランツは若い頃この地方一番の美女と言われていたアンネマリーにベタ惚れで、何をするにも言いなりだった。
そして母の美貌を受け継いだサーシャは子どもの頃からアルファ貴族に追いかけ回されてきた。
思春期に一度恋人ができたときはサーシャを巡ってアルファ同士で決闘騒ぎにまで発展。将来を約束し合った恋人のアルファは怯えて決闘の前日に他のオメガと駆け落ちしてしまいサーシャは置き去り。
そんなわけでサーシャはもう二度と恋なんてしないと心に誓っていた。
(僕は誰とも結婚せず、一生一人で過ごそうと決めていたのに――よりによってお金のためにアルファに嫁ぐだなんて)
「とにかくその書状に目を通してみてくれ」
父に促されてまず一通を開いてみる。
二択のうち一方は母が事業で一番多くの借金をしたバルトロメオ・ヴァレンティ男爵だった。
「ヴァレンティ男爵ですか……? あの方はもう40歳近いのでは?」
サーシャは彼が屋敷に来る度に爬虫類のようなジメッとした視線を向けられるのが嫌だった。彼の元へ嫁ぐだなんてありえない。
「なに、彼はまだ38歳だよ。それに私とアンネマリーも15歳差だがこうして仲良く夫婦生活を送っている。年上の夫の方がきっと優しくしてくれるさ」
「そ、そんな――」
彼の冷たくて湿った手がサーシャの手を握ったときのことを思い出して鳥肌がたった。
(会えば毎回妙に近くに寄ってくると思ったら、こんなに年の離れた僕のことをそういう対象として見ていたということか)
「彼もアルファだから孫の顔も拝めるだろうし、私としては顔見知りのヴァレンティ男爵を勧めたいところだ」
「ですが……あの、もう片方も拝見しませんと」
サーシャは彼の元に嫁ぎたくない一心でもう片方の相手に希望を託した。
「ええと、グエルブ王国の……イデオン・ヘレニウス国王……? え、ちょっと待ってくださいグエルブって――」
「そうだ。例の北の国だ」
「まさか、そんな。だってあそこの国王は――獣人ではありませんか!」
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