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番外編 遼太が頑張るifバージョン

悪夢のような恋人たち 【遼太】(7)

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ここで迷っていても仕方がない。あの男が体調の悪い先輩に酷いことをするとは思えないが、様子を見に行くことにした。身支度を整えて建物を出たところで、先輩からメッセージが届いた。

『うちに来て』

――どういうことだ。彼の方から部屋に呼ばれたことは一度もなかったので嫌な予感がした。





「お邪魔します」
「悪いな、実験頼んだ上に呼び出して」

額に冷却シートを貼った先輩が出迎えてくれた。起き上がれるくらいだから体調はそこまで悪くはなさそうだ。
しかし、それよりも部屋の奥から感じる負のオーラに俺は圧倒されそうだった。
――神林豪……やっぱり来ていたか。

部屋に入ると、ベッドを背に座っている神林がこちらを睨んでいた。先程研究室で見せた明るい笑顔から一転して険しい表情を浮かべている。

「豪、こちらはゼミの後輩の菅井遼太。遼太、あそこに座ってるのは神林豪。僕の……彼氏というか、婚約者……だった人」
「冬樹。俺は別れるなんて認めてないぞ」

地の底から響いてくるような不機嫌な声。さっきと同一人物には見えなかった。彼の彫りの深い顔はシーリングライトで照らされ、瞳が闇の中に沈んでいるみたいだ。

「はじめまして。いや、さっき会いましたね」
「え、そうなの?」
「はい。研究室で」

俺が神林を見ながら言うと、彼は俺を無視して先輩の方を見て言った。

「具合が悪いって言うから来たのに、こんな奴まで呼んでどういうつもりだ? 別れるなんて俺が許すと思ってるのか?」
「豪。僕はもう豪のことを黙って待つのをやめたんだ。悪いけど、もう耐えられない。ずっとそう言いたかったのに言えなかった。でも……」

先輩がこちらに目配せした。どうやら先輩はちゃんとこの男と別れるつもりらしい。助けてほしいってことならいくらでも手を貸す。

「神林さん。話は聞かせてもらいました。いくら先輩が運命の番だからって、付き合っていながら卒業まではお互い自由になんてそんなのおかしいですよ」
「……お前は何様のつもりなんだ? 俺たち二人のことなんだから、外野は黙ってろよ」
「いいえ、そういうわけには行きません。先輩、俺を呼んだってことは俺のこと選んでくれたと思っていいんですよね?」
「何? どういうことだ」

俺は先輩の返事を待った。すると先輩はこちらを見て頷き、神林の方を怯えた目で窺いつつ俺の陰に隠れた。ただでさえデカくて威圧感のある男だ。それが不機嫌さ丸出しで、アルファの威嚇のフェロモンを漂わせ始めた。

「冬樹……まさかそこの眼鏡と寝たのか?」

先輩が俺のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。その手は小刻みに震えていた。それは神林の質問を肯定したのと同じだった。彼の発する威嚇のフェロモンにより皮膚がビリビリと痺れるのを感じた。

「お前! 冬樹が俺のオメガだとわかってて手を出したのか? 覚悟はできてるんだろうな」

神林がこちらを睨みながら立ち上がった。今はリアルで殴り合うなんてこともほとんど無い時代だ。アルファ同士の喧嘩で威嚇し合うなどという経験は俺にはなかった。こういうことができるのは知っていたが、受けたこともこっちがそういうフェロモンを出したことも無い。先輩を背中に隠して立っているだけでもかなりきつかった。
すると先輩が背後から神林に向かって言う。

「豪……やめろ……!」
「神林さん、落ち着いてくださ――」
「うるさい! 黙れ!」

神林が大声を出した途端に、周囲の空気に静電気が走るような感じがした。俺が顔を背けると、後に居た先輩が耐えきれずに膝をついた。

「痛……っ」
「先輩!?」

頭を押さえてうずくまる先輩を見て神林がようやく正気に戻ったようだ。

「冬樹……!」
「神林さん、先輩は体調が悪くて休んでたんですよ! こんなときに威嚇のフェロモン撒き散らすとかありえないでしょう!」
「す、すまない……俺は……俺は……」

呆然と立ち尽くす神林を尻目に、俺は先輩の身体を抱き上げてベッドに寝かせた。

「先輩、大丈夫ですか?」
「ごめん、遼太……ちょっと頭が痛くなっただけ……」
「救急車呼びます?」
「いや、大丈夫。少し横になれば……」

先輩は青い顔をして目を閉じた。10分ほど様子を見ていると、呼吸が安定してきた。どうやら眠ったようで、すぐに病院に行かなくても大丈夫そうだ。俺は立ったまま固まっている神林に向き直った。先輩を起こさないように小声で言う。

「いい加減に目を覚ましてくださいよ。こんなの大人のやることとは思えない。中学生がするような恋愛ごっこの延長だ」

俺の発言に彼の瞳が揺れた。さっきまでの怒りはもう感じられず、自分のせいで倒れた先輩を見てすっかりしょげてしまったようだった。こうなると上に立つ者としての風格などは消え去り、悪さをして叱られた大型犬みたいに見えた。

「運命に縛られて、二人とも身動きも出来ない。何が卒業まで自由になろうだよ? あんた、外で浮気すればするほど先輩にのめり込んでいってるんじゃないのか? それが先輩をどれだけ苦しめたと思ってるんだ?」
「俺は……ただ冬樹のことを……愛してるんだ」
「いいや、そんなのは愛じゃない。先輩を見てくださいよ。あんたにされてきたことが積み重なってもう精神ボロボロなんだ。そんなに愛してるなら、先輩を解放してやってください」

神林の顔に苦悶の表情が浮かんだ。図星を刺されて言い返すことができないでいる。おそらく自分でも彼を傷つけていたことがわかっているのだろう。

「このまま神林さんといたら、先輩はどんどんおかしくなっちゃいますよ。それが愛だとでも言うんですか? このままじゃ先輩だけじゃなくて、二人で共倒れになりますよ」

神林は先輩の机の方を見た。この男もあの引き出しに何が入ってるか知っているのだ。

「俺は冬樹を愛してる。だけど……冬樹は俺を見てはくれなかった――中学の時からずっと」
「はい?」
「君の言う通りだ。俺が冬樹を苦しめてるのは……自分でもわかってた。だけど、どうしてもやめられなかった……」

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