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8.嫌な予感【豪】

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数ヶ月間、俺は冬樹の元を離れてくだらない時間を過ごしていた。そろそろまた冬樹のベッドに潜り込む時期だ。
最近彼は俺を避けるように、研究室にこもって実験ばかりしているようだった。
二人とも大学は同じだが、俺とは学部が違う。彼の在籍する工学部の棟は少し離れているのであまり学内で会うことはなかった。たまには彼氏が迎えに行っても文句は言われないだろう。
俺はそう思って冬樹のいる研究室を訪ねた。すると背の高い、眼鏡のガリ勉っぽい奴が言う。

「久藤先輩なら体調不良で休んでます」
「なに……?」

ガリ勉くんが「今忙しいので」とこちらを睨み、俺は追い出された。

「体調崩してるなら言ってくれればいいのに」

いや、そんなことを冬樹が言うわけがない。俺を頼るなんてことはしない彼だ。
いきなり顔を出したら驚くかな。今夜は特別優しくしてやろう。





合鍵で冬樹の部屋に入ると、まだ寝るのには早い時間だというのに部屋の中は暗かった。

「冬樹」
「豪……?」

冬樹はベッドにいた。具合が悪くて休んでると聞いて心配したが、彼は部屋を暗くして映画を見ていた。

「なんだよ、具合悪いって聞いたから来たんだぞ」
「ああ……いや、大したことはないよ」
「そうなのか? つーか、お前それ……」

冬樹はベッドの上でポテトチップスを食べていて、キャンディの包み紙も大量に散らばっていた。スナックや菓子類を好んで食べる方じゃないのにどうしたっていうんだ。

「あー……汚くてごめん。何か食べながら映画観たくて」
「具合悪いならもう少しマシな物を食えよ。何か買ってこようか?」
「え?」

彼は不思議そうな顔で俺を見た。買い出しに俺が行くなんてことはまず無いからだ。

「いや……いい。食べるものは家にあるから。あ、豪が食べたいの?」
「いや。俺はお前を食いたい」

冬樹は元々あまり片付けは得意じゃない。俺の方がきれい好きなくらいだ。俺はベッドの上のゴミを床に落ちていた袋にまとめた。冬樹は「ごめん」と言ったが、気だるそうに俺の動きを見ているだけで手伝いはしなかった。

「さあ、きれいになった。俺のご馳走はどこかな?」

そう言って彼の顔を両手で包む。すると彼は目を伏せた。

「豪……今日はやめてくれないか」
「何? こんなに良い匂いがするのに?」

彼の言葉を無視してキスすると、冬樹の唇はさっきまで食べていたポテトチップスのせいで少し塩からかった。甘い匂いと混じっていつもと違う味に感じる。

「んー、甘じょっぱい」
「豪……本当に今日はダメだ」

眉をひそめ、俺の体を弱々しく押し返す冬樹。俺はいつもの「嫌なふり」だと思って無理矢理彼の服を剥いだ。
その後も、いつもなら俺のことを受け入れるのに彼は最後まで拒み続けた。





「まるでレイプしてる気分だった……」
「この馬鹿が。それは立派なレイプだろう」 
「アラン……俺はどうしたらいい?」
「早く謝れ。そして、愛してるって跪いて許しを乞うことだな」
「出来ない……そんなの無理だ」
「何でだよ? だから早くツガイになれって何度も言ったじゃないか」
「無理なんだよ! だって、愛してるって言って拒まれたら? 番にしてから彼に――俺じゃ嫌だと言われたら? 俺はもう生きていけない」

頭を抱えた俺にアランはため息をついた。

「豪……どうしてそんな――」
「怖いんだ。冬樹はきっと許してくれない。最初から間違ってた。俺は――俺はもうダメだ」

あの日無理矢理抱いた時の冬樹の目。すぐ目の前にいる俺のことを映してもいなくて、まるでどこか遠くを見てるような……。

「フユキは運命のツガイだろ? 大丈夫だよ、嫌われてるわけない」
「いや、違う。俺は見たんだ」



冬樹の部屋はいつもどこか雑然としていた。片付ける気はあるらしく、所々整理しようとした形跡が見られる。

ある日冬樹を抱いた後、彼が黙ってシャワーに行ってしまった時のことだ。せっかくの余韻を楽しみたいのに、彼が俺の腕を抜け出したのが面白くなかった。散らかった部屋にイラついて、少し片付けようと思ってある引き出しを開けた。
デスクの上も、その下の床も書類や筆記具、衣類でゴチャついてる。なのに、その引き出しの中だけは整然と片付いていた。

「ん?」

その中に入っている物には見覚えがあった。そこだけきれいに並べられているのは、俺が今までプレゼントした時計やアクセサリーのケースだった。何を渡しても、冬樹は一度も身に付けてくれたことがなかった。それが不満でアランに話したら「気に入らなくて売ったんだろ」と言われてキレた事がある。

「何だよあいつ、大事そうに並べてんじゃん」

俺は頬が緩むのを止められなかった。捨てたんじゃなかった。大事にしまってた……。それだけで俺は冬樹の普段の冷たい態度も別に何でもない事のように思えた。
いくつかの箱を開けて、これは誕生日にあげた時計だ、とかこれはクリスマスにあげた指輪――とニヤニヤしながら眺めていた。すると、奥の方にそれとはまた別の紙箱があるのに気付いた。

「薬?」

俺はそれを見るべきではなかった。



アランが俺に尋ねる。

「何の薬だよ?」
「緊急避妊薬だった。冬樹は俺が帰った後にいつも飲んでたんだ」

彼にしては珍しく驚いたような顔をした。

「いやでも、飲んでるとは限らないだろ」
「封が切られてて、薬は何錠か減ってた! 飲まないならなんであんなものが引き出しに入ってる? 冬樹は俺との子どもを望んでない――結婚する前に俺を捨てる気なんだ!」

アランもこの話を聞いて、それ以上「大丈夫だ」とは言わなかった。



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