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12.信じがたい事実(1)

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その夜外の見えるジャグジーに二人で入り、汗を流した後はベッドでもう一度体を重ねた。お互いのフェロモンで一種の発情状態になっていたから、アルファの彼にとってはまだまだ足りなかったと思う。だけど翌日もあるからと彼は僕を休ませることを優先した。



翌朝彼に揺り起こされ、目を開けると寝室のベッドは朝日でオレンジ色に染まっていた。窓に目をやると日が昇り羊蹄山ようていざんのシルエットが浮かび上がっている。青みがかった紫色の雲がたなびき、木立の影が地面に黒い模様を描いていた。
裸のまま起き上がり呆然とベッドに座り込む僕の肩に滉一がキスしてくる。

「おはよう千景。起こしてごめん、でもこれを見せたかったんだ」

幻想的な情景に圧倒されて言葉にならない――こんなのずるいよ。
僕みたいなまだ大学生のオメガが、どうやって彼の与えてくれるものに対抗できるっていうんだろう。

「うん。なんか、なんて言っていいかわかんないや……」
「もう少し寝る?」
「ううん。この景色ってお風呂からも見えるよね」
「見えるよ。入ろうか」

僕は頷き、先に立ち上がった彼の手を取った。

その後はルームサービスで朝食をとり、出掛ける用意をした。昨日僕が「最近ショックな事があってあまりよく眠れていなかった」と話したので、滉一は身体を動かそうとラフティングの予約をしてくれたのだ。

元々あまり活発なタイプじゃないし、アウトドアなんて無縁な僕だ。本当はちょっと遠慮したかったんだけど、「嫌なことなんて忘れられるよ」と言われて参加した。
実際はじめての川下りは爽快で、最後は喜んで自ら水の中にダイブしたくらいだ。

アウトドアで疲れていたのにも関わらず、二日目の夜も僕たちはお互いの体を求めあった。
朝早く起きて、川で思い切り遊んで、夜も体を動かして――と、こんなに健康的に過ごしたのなんていつ以来だろう。
今まで付き合ってきたのもどちらかと言うとインドア派な彼氏が多く、滉一のようなタイプと過ごすのは新鮮だった。

この二日間の旅行は想像以上に僕の鬱屈した気分をすっきりさせてくれた。何不自由なく快適に過ごさせてもらえて、余裕のある大人の優しさにどっぷり浸からせてもらった。
おかげで例の騒動については一時的にすっかり忘れていたほどだ。

滉一はたまに冗談で意地悪を言ったりするけれど親切だし、何より彼の前では自然体でいられてとても楽だった。初対面で嘘をついたのは良くなかったけれど、結果的に彼が僕を気に入るきっかけになったのだからよしとしよう。
僕自身も、イジュンに寄せる熱狂的な想いとはちょっと違う、もっと心の奥底から湧いてくるような温かみのある感情を滉一に対して持ち始めていた。

帰りも滉一はマンションの前まで僕を送り届けてくれた。そしてその車中で僕は彼からの指輪を受け取る決意をした。

「俺を受け入れてくれて嬉しいよ、ありがとう千景。必ず幸せにするから」
「僕の方こそ、旅行楽しかったです。指輪もありがとうございます」

彼が用意してくれていた指輪は少し大きすぎたため、次回会うまでにサイズを直してくれると言って一旦持ち帰ってもらった。
彼はその足で日本へと帰ったが、来月また指輪を持って会いに来ると約束してくれたのだった。




こうしてソユンに言われた通り僕は「本当の恋」をして「幸せ」を掴むため一歩踏み出した。イジュンのことはこれからも応援ていこうと思っている。だけど、それは結婚して日本からだってできる――そのように考えが少し変わった。

それなのに……。

帰宅して荷解きしていると、スマホに着信が入った。もしかしてもう滉一が日本に到着して電話をくれたのかも、と思って画面を見るとソユンだった。
ちょうど彼女に良い報告ができると思って僕はスピーカーをオンにして片付けをしながら電話に出た。

ヨボセヨ~もしもし。藤堂千景、ただいま帰ってきました!」
「チカ! チカ帰って来てたんだね。ちょうどよかった」

何やら随分焦った様子のソユンの声に首を傾げる。

「どうかしたの? まさか別のメンバーまで熱愛発覚でもした? あ、ダオンじゃないよね?」
「違うって! ちょっとあんた落ち着いて聞いてよ。あんたが婚約破棄の作戦に使ったのってミストラルコーポレーションだよね」
「うんそう。ユナに聞いてもらったところだよ」
「そこのミンジェって人だったよね?」
「そうそう、ミンジェ。画像も見せただろ。でもあのサイトの画像より本物のほうがずっとかっこよかったよ」
「そんなのどうでもいいから! あのね、イジュンのあのキス写真の相手――あれがそのミンジェだったの!」
「はぁ……?」



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