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11.婚約者との旅行(2)

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その後はホテル周辺を散策し、レストランでディナーを食べてから部屋に戻った。
レストランで開けたワインとシャンパンのボトルを部屋に運んでもらい、すっかり暗くなった窓の外を長めながらソファでくつろぐ。

1日一緒にいて、色々話をして、彼に対する警戒心がほとんどなくなっていた。
僕は彼の体に寄り添うように座りながら、グラスを傾ける。それを隣で見ていた滉一が目を細めた。

「見かけによらず結構飲めるね」
「へへ、美味しくてつい」

テーブルにはお酒の他にチーズやマリネなどのオードブル、綺麗にカットされたフルーツの盛り合わせ、チョコレートが並んでいる。
美味しそうな食べ物を眺めながら僕はぼんやりいつものことを思い出す。

もしこれがソユンとコンサートに行った後のホテルなら、セトリがどうだったとか衣装がどうだったなどとあれこれ夜を徹して語るところだ――そんなことを想像したら目の前の状況との差につい笑ってしまった。

「どうしたんだ?」
「いえ、僕の女友達にソユンという子がいるって話したじゃないですか~。その子とホテルに泊まると、いつもスナック菓子やビールでテーブルが埋め尽くされるなって思い出したらおかしくて」
「ふーん、ソユンって子ともホテルへ行くほど仲良しなんだ?」

さっきまで機嫌良さそうに僕の話を聞いていた彼が少し不満そうな顔をする。
あ……れ。もしかして勘違いしてる?

「あ、ソユンはただの友達で――」
「ミンジェくんとは違うってこと? でも君は、色んなアルファやベータと関係を持ってるんだよね」

――そうだった。あんまり快適だったからその設定のこと忘れてた。
ここへは婚約破棄してもらうために来ていたのだ。

――えーと、ミンジェはなんて言ってたっけ? そうだ。二人で一日中一緒にいたら、疲れる瞬間があるからそこでわがままを――って、今のところそんな瞬間はなかった。ずっと居心地良すぎて僕は寝ていたし十分好き勝手わがまました気がするけど、彼は常に笑顔で楽しげだった。

「ねえ、千景」

そう言って彼が僕の手からシャンパングラスを取り上げ、自分のグラスと一緒にテーブルに置いた。
そして、彼の大きな手で僕の手を掴む。

「もし俺のことが嫌じゃなかったら、今後はヒートの時俺を呼んでくれないか?」
「え……」

婚約したなら当然のことではある。そもそも僕はここ何年間もヒートの時は一人で部屋に引きこもり、効きもしない薬を気休めに飲んでやり過ごしていた。誰かにヒートを鎮めてもらっていたなんて大嘘だ。

「最初に千景と会う前は、親が決めた婚約相手だから形式上結婚するだけでいいと思ってた」

――え、そうなの!?

「ああ、そんな目をしないで千景。今は君のことをちゃんと大事にしたいと思ってるよ。初めて君に会って、目が覚めるような気分だったんだ。どうせ親のいいなりで婚約するオメガなら、俺の上辺の肩書きしか見ないだろうって。だからあの日も軽く顔を合わせて、お互い干渉しないようにうまくやろうって言うつもりだった」
「そうだったんだ……」
「だけど君は初対面の俺にも自分を飾らず、弱い面も見せてくれただろ? ミンジェくんを連れてきて正直に話してくれた」

――げげ、やばい。正直どころかそれがまず大ウソなんだけど!

「それでハッとして、俺たちは結婚するんだから、今後は誰よりも俺が君を助けなきゃいけない――守ってあげたいと思ったんだ。だから千景」
「は、はい?」

彼はどこに隠し持っていたのか、手品のように赤いリングケースを取り出した。

――嘘だろ、おいおい……。

「俺と結婚して欲しい。改めてプロポーズするよ。一目惚れなんて嘘だと思うかもしれないけど、君の香りもその可愛らしい表情も、もう他の人間には渡したくないんだ」

彼の真剣な瞳が、そして真摯な言葉が、僕の心の薄汚れた部分を容赦なくえぐっていく。
――僕……自分が推し活したいって理由だけで滉一さんのこと騙して傷つけるところだったんだ。こんな卑怯なやり方をしないで、断りたいなら正々堂々きちんと断らなきゃいけない相手だった――。

それでも、何の因果かイジュンの熱愛報道があったお陰で僕は推し活を続けるモチベーションを失いつつあった。この人がここまで言ってくれるなら、僕はこの指輪を受け取ってもいいのかもしれない。

「今日はこれをここに置いておく」
「え?」

滉一はそのリングケースを蓋も開けずにテーブルの上に置いた。

「俺の気持ちだけわかってほしかったんだ。もしこの旅行で俺のことを気に入ってくれたら、帰るときに受け取ってくれ。もし君にとって俺がふさわしくないと判断したら無理に受け取らなくていい」

滉一の視線は真っ直ぐで曇りがなかった。自分を選ばせるという決意に満ちたアルファの目は今の僕にとって不快ではなく、むしろ好ましいとすら感じた。
――この人の自慢げな態度の裏側には優しさと心遣いがあるんだ。

最初はただ自信満々な変なアルファだと思ったけど、大人の男性の魅力ってこういうことなんだな、となんとなく理解した。
多分この人と長い時間一緒にいたら僕は確実に落とされるだろう――そう予感させる力があった。

滉一が飲んでいた赤ワインの香りに、彼のフェロモンが微かに混じる。
ふと窓を見ると、ガラスに映った僕たちは誰がどう見ても仲の良いカップルだ。
――ていうか僕、酔ってて気づかないうちにかなり滉一さんにもたれかかってる!?

「こんなに年が下の子と付き合ったことがないんだ。俺のことが怖い?」

彼は29歳で、僕より8つ年上だけどそんなのもう気にならなかった。
僕は首を振る。

「怖くない」

怖かったら、こんなにリラックス出来ないよ。
彼はほっと息を吐いて僕の額に彼の額をくっつけた。至近距離で見ても完璧に整った顔立ちだ。

「よかった。実を言うと怖いのは俺なのかも」
「え?」
「君みたいに若くて純粋無垢な子に触れたいと思うなんて――俺はおかしくなったのかもしれないってここ最近悩んでいた」
「僕、そんな純粋って柄じゃないです。とっくに成人ですし」
「じゃあこの匂いは何? こんな初々しい匂いのオメガ……君しか知らない」

彼はこめかみや、首筋の匂いを嗅いでくる。そうすると彼のフェロモンもふわふわと漂ってきた。甘いムスクのような香り――大人の男の汗の匂いに混じってすごく官能的な香りがした。彼に匂いを嗅がれているだけで体が熱くなり下腹部がきゅうっと締め付けられるような気がする。

「そんなこと言われたことないです。どんな匂い?」
「湯上がりに温まった肌にベビーパウダーをはたいたみたいだ。誰にも傷つけられないように綺麗に包んで守りたくなる――それなのに触れたくて仕方ないんだ。だから怖くて、おかしくなりそうだよ」

彼が僕の手にそっと指を絡ませ、撫でてくる。その指先の感触だけでゾクゾクし、吐息が漏れた。

「ん……」
「千景、そんな甘い息吐いて俺を誘惑する気?」
「ちが……っ」

すると滉一が僕の腕を引っ張って、僕の身体を彼の膝の上に向かい合わせに座らせた。

「こ、滉一さん」
「嫌? 君が嫌ならこれ以上は触れない」

彼の黒曜石のような目が室内灯を反射して煌めき、僕の許しを待っていた。切実すぎず、怠惰すぎない視線。二人のフェロモンは甘く溶け合いはじめており、今更「だめ」だなんて口で言っても無駄なのは明白だった。
僕はその香りに引き寄せられるように彼の顔に自分の顔を近づけていく。唇が触れる直前に目を閉じると、彼の温かい皮膚がそっと僕の唇を包んだ。
――ああ、久しぶりのキス……。
しかも、自分のずっと憧れていた彼にそっくりなアルファと。

彼の大きな手が僕の後頭部に優しく添えられ、僕たちはそれを合図に唇を開いてお互いの温かい舌を迎え入れた。彼の舌はワインの味がしたから、おそらく僕の方はシャンパン味だろう。でも、それもすぐぐちゃぐちゃになってわからなくなった。

「……ふぅ……んっ」
「千景、君の香り……どんどん甘くなる」

彼があの日子どもっぽくて嫌だと言った僕の香りが、オメガの発情しかけたフェロモンで少しでも「そそる」香りになっていればいいけれど――。
こんなふうに彼と寝るつもりで来たわけじゃないのに、今はもう彼に抱かれることしか考えられなかった。しばらく僕を抱っこしたまま彼は身体を撫でていたが、とうとうソファに押し倒された。

「あっ、滉一さん」

彼が僕の双丘の間に指を滑り込ませる。そこはもうアルファを受け入れようとして濡れはじめていた。

「恥ずかしい……」
「大丈夫、綺麗だよ千景。痛くない?」

彼に聞かれて僕は頷く。同年代の彼氏って恥ずかしがってここまで甘い言葉を囁いてはくれない。僕は年上の彼の言葉にいちいちむず痒い気分を味わいながら、彼の巧みな指の動きを感じていた。
アルファとこうやって寝るのもかなり久しぶりでうまくできるか少し不安だったけど、そんなのは杞憂だった。
滉一はこわれものでも扱うみたいに僕のことを丁寧にほぐし開き、優しく触ってくれる。

――今までの彼氏とは全然違う。年上の人とエッチするのってこんな感じなのか……。
同年代の恋人に指を入れられると、動きが雑で痛いだけなこともある。動画などで見た知識なのか、早く動かせば感じると勘違いしてる男もいた。
だけど滉一の手つきはあくまでも柔らかく、オメガの良いところを探ってそこだけを攻めてくる。

あやうく自分から「もう入れて」と言いそうになったくらいで、彼のものが入ってきたときは知らぬ間に涙が出ていた。
それを見て滉一は焦っていたけど、久々にしたからびっくりしただけと言ったら恐る恐る動き始めた。

本当はもっと激しくしてくれても良いくらい。だけど彼の優しさが嬉しかったから、僕もゆったりとした彼の律動に合わせて楽しんだ。
――そう、楽しんだんだ。僕は。

婚約破棄しようとしていた相手と、初めてのお泊りでしっかり深い関係になってしまった。ミンジェに協力してもらったのはなんだったんだというくらい、僕は滉一と過ごす夜に夢中になっていた。
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