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4. 残念なイケメンに助けられる

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ミンジェと打ち合わせをした日の夜、僕は行きつけの美容クリニックに予約を入れた。

そして今日がその施術日。僕は顔に水光注射の施術を受け、ポツポツと赤く痕の残る顔を隠すためサングラスとマスクにキャップを被ってクリニックを後にした。
施術後のダウンタイムで数日は腫れがひどくなるだろう。そして腫れが引いた皮膚は内側から光るような艶が出るはず。

――まあ、一応来週には御曹司と対面するわけだし? 舐められないためにも肌だけ整えておかないとね。

別にミンジェと会うからってわけじゃない。彼は確かにイケメンだったけど僕の好みのタイプとは違うし――あくまでも協力者ってだけ。でも正直、彼の前に出るには少しでも綺麗にしておきたいという気持ちはあった。これも推し活をする者の心理で、美しく尊い存在の隣に立つなら自分の見た目にも気を遣わないと――と思ってしまう。

あの日ミンジェは残りの時間で僕の買い物に付き合ってくれて、店員以上に褒めちぎってくるからつい洋服だけじゃなく靴まで購入してしまった。普段選ばない系統のデザインだったけど、彼に勧められて試着したら思いのほか肌が明るく見えて気に入ったんだよね。
僕は良い気分になって、彼にお礼として帽子をプレゼントした。気に入った相手に貢ぎたくなるのはもう染みついた癖みたいなもの。
これまでにイジュンに対してもどれだけソンムルプレゼントを贈ったかわからない。服、帽子、バッグ、時計――金額にしたら安い車くらいは買えるかな。推し活って本当にお金がかかる。



婚約破棄計画なんて面倒なだけだと思ってたけど、またミンジェに会えるなら悪くないかな――そんなふうに考えながら街中を歩く。

――ああ、ダメダメ。僕は浮気はしないからね、イジュン!

ついミンジェのことを思い浮かべてしまう自分を心の中で叱責し、財布に入れてある写真を取り出した。セルカ会でイジュンと撮れた奇跡のツーショット。それをプリントして常に財布に入れているんだ。
しかも塩対応で有名なイジュンが、この日は珍しく向こうから頬がくっつくくらい近くに寄ってハグしてくれたんだよ。

「はぁー チンチャモシッタほんとかっこいい……」

写真のイジュンに見惚れていたら、前から来たおばさんにドンっとぶつかった。こっちって割と避けてくれない人いるんだよね、なんて思ってたら風が吹いて写真が飛ばされた。

「え、うそ、うそうそ!  アンデだめェ!」

――僕の宝ものなのに!

道路側まで飛ばされた写真を追いかけて必死で走る。いくらプリントアウトしたものとはいっても、イジュンの姿が写っているものは絶対粗末にできない。交通量多めな通りに出てしまったら終わりだ――。

チャッカンマンちょっと待って!」

なんとかダッシュで追いつき、しゃがんで拾おうとしたそのとき。

「あっ!」

また風が吹いて、再び飛ばされた写真に手を伸ばし僕は一歩車道へ踏み出した。なんとか手が届いたと思ったその瞬間、緊迫した声が耳に飛び込んできた。

「危ない!」

車のヘッドライトが左側から近づくのが見えたと同時に後ろからお腹を抱えられそのまま背後に引っ張られる。世界が反転して夜空が見えたが、視界に入った手には写真がちゃんと握られていた。

――よかったぁ……。

イジュンの写真を見つめてホッと一息ついた時後ろから声がした。

「怪我はないか?」

――え?
倒れたのに痛くないなと思ったら、僕は人の上に乗っかっていた。
すると下敷きになった男性が僕の脇に手を入れて、猫や子どもを抱えるみたいにして立ち上がった。足が地につかない状態のまま、ぶらぶらと運ばれて歩道に降ろされる。
この人デカい……。190センチ以上あるんじゃない?

「轢かれるところだった、気をつけて」
「あ…… チェソンハムニダすみません

とっさに韓国語で謝った後、相手を見上げた僕は目を見張った。
――待って、イジュン!?

「君、大丈夫か?」

いや、よく似てるけれど別人だ。イジュンはここまで背が高くないしこんなにがっしり体型でもない。それに髪の毛も黒いしイジュンより短い。だけどイジュンをもう少し大人っぽくワイルドにしたらこんな感じかも――。

彼は返事もせず呆然と立ち尽くす僕を見て韓国人だと思ったようだ。英語で「Are you OK?」と言い直してキャップを手渡してくれる。僕はテンパって何語で返事して良いかわからなくなりウンウンと頷いた。
すると、別の男性が駆け寄ってきて彼に話しかける。

「どうしました?」
「いや、なんでもないよ。大丈夫そうだから行こう」

僕がボケっとしてるうちにその人は連れの男性と共に歩き出した。僕の横を通り過ぎてタクシーでも拾う気なのか道路側に立つ。

――イジュンに似た人に助けられちゃった……。
声質も少し似てる。今の人の方が低めだけど、よく響く良い声。ていうか日本語だった、日本人か……。どこの香水だろ、めちゃめちゃ良い匂い――ちがう、これってアルファのフェロモン? ――なんて思ったとき。

「クラブ行く前にオメガをナンパしてるのかと思ってヒヤヒヤしましたよ。韓国語もわからないくせに」と彼の連れが言うのが聞こえた。

――へえ、これからクラブ行くんだ?

あの見た目にフェロモン、絶対アルファだよね。クラブなんて行ったら皆放っておかないだろうな。
一見して高価そうなスーツに時計も高級品。派手じゃないけど身に付けてるものが全部ハイブランドなのはすぐにわかった。しかもイジュンに似たイケメンだなんて――施術後じゃなかったら後をつけたいくらい。

「あれがオメガだって? 近寄ったらベビーパウダーみたいな匂いがしたぞ。まだ子どもだろ」

彼の発言にビクっとして、咄嗟に後ろを向いた。
――子どもって僕のこと? ちゃんと成人してますけど!

「でもほら、あんなに顔隠してるってことは芸能人かもしれませんよ。アイドルっぽい体型じゃありません? あの細い足」
「ふーん、あれがお前の好みなのか? 俺はああいうお子様体型に興味はないね。もう少し尻の肉付き良くないとそそられないだろ」

――は……?

「ちょっと聞こえますよ社長」
「大丈夫だ、どうせ日本語わからないんだから」
「あ、それもそうですね」

――おいおい、ちょっと待てよ。全部聞こえてるっつーの!
アイムジャパニーズ!!

僕は怒りのあまりイジュンの写真を握りしめてぶるぶる震えた。
そうこうしているうちに、彼らはタクシーをつかまえて走り去った。

失礼なことを言われてムカッときたけど、今の僕ときたら酷い格好だ。美容クリニック帰りでマスクにサングラスにキャップ、誰とも会う予定がないからソユンにもらった変なキャラクター柄のTシャツに洗いすぎてダルダルのショートパンツ姿。住んでる場所からひと駅の距離だからって油断した――。

あいにく女じゃないので尻に肉はつかない。そそる体型じゃなくて悪かったな!
イジュンと似てるなんて思ったのは推しに失礼だった。
あんなやつ、イジュンと似ても似つかないよ!
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