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2.レンタル彼氏を依頼する

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僕はオメガで、身なりを整えればそう悪くない容姿だと思う。癖のない黒髪、大きな二重の目。歴代の恋人には「キス顔が最高にそそる」と言われるくらいには唇がチャームポイント。身長は168センチ、細身。
高校と大学の途中までは普通に男遊びもしたけど、イジュンに沼ってからは彼氏も作ってない。

この世には男女の他にアルファ、ベータ、オメガの三種類の性別がある。これらは第二性と呼ばれて僕たち人間社会の中でヒエラルキーをつくり出している。アルファとオメガは人口の10%~20%しか生まれず、そのほかは皆ベータだ。
アルファは生まれつき知力や体力、容貌がずば抜けて優れておりヒエラルキーのトップに君臨する性。反対にオメガは見た目以外の能力がアルファやベータより劣っていて差別を受けがち。ヒエラルキーの底辺に位置する性だが、ただ一つ他の性より優れているのが生殖能力だ。
男性でも子宮を持ち、妊娠が可能。オメガの人間は他の性よりアルファの子孫を残す確率が高いため、裕福なアルファはオメガを「つがい」にして子どもを産ませたがる。

イジュンをはじめとして、トップアイドルは大体がアルファだ。女性アイドルはオメガのことも稀にあるが、アルファのアイドルが圧倒的に多い。カリスマ性とフェロモンが本能的に人を惹きつけるから、事務所もベータよりはアルファを取るというわけだ。

とりあえず僕はサイトをチェックして見た目が比較的好みのアルファ男性を「レンタル彼氏」として予約してみた。本番でいきなり息の合う演技ができるか不安だったから、御曹司様と会う前に事前打ち合わせするつもり。





予約当日、僕は授業中もレンタル彼氏のプロフィール画面をずっと眺めながら思案していた。
――縁談をぶち壊すにしても、父の立場上僕から断るのは角が立つ。どうにか向こうが諦めて婚約を取りやめてくれるようにこの彼氏くんが上手く立ち回ってくれるといいんだけど。

僕は授業が終わると待ち合わせ場所に指定したカフェを訪れた。
実はここ、僕が応援してるZ-Touchの先輩グループであるMr.αメンバーの母親オモニが経営しているカフェなんだ。店内はブラウンでまとめられた落ち着く雰囲気のインテリア。オモニの趣味で、ドライフラワーがあしらわれていて華やかさもあった。僕らK-POPファンは事務所つながりで先輩や後輩グループの動画もよく見るから、なんとなく親近感があってこのお店もよく利用している。コーヒーが美味しいのもリピートする理由。

脱色した髪の毛をひとまとめにした特徴のない顔立ちの女性店員が無表情に注文を取る。僕はアイスアメリカーノを受け取って席に着いた。腕時計を見ると予定より15分早い。相手が来る前に少しだけSNSで最新情報をチェックしておこうと思いスマホを開いたら僕の席の横に人が立った。

「こんにちは。チカゲくんでしょうか?」
「あ……はい!」

ホワイトのオーバーサイズシャツにブルー・グレーのパンツ。脚が長いなと思って見上げた先に、想像より小さな頭――。まるでモデルかアイドルみたいな塩顔イケメンが立っていた。少し長めの黒髪は綺麗にセットされ、微笑みを浮かべた左目の下と、唇の下に星座みたいなほくろが一ずつ。すっきりした一重の目に、整った眉。

「ご利用ありがとうございます。ミストラルコーポレーションのミンジェです」
「あ……よろしくおねがいします」
「今日はデートコースなので敬語じゃないほうがいいでしょうか」
「あ、はい! タメ語で大丈夫です。僕もそうするね」

僕がそう言うと彼はにこっと親しげな笑みを浮かべた。

「よろしく、チカゲ」
「呼びにくいよね、皆チカって呼ぶからチカでいいよ」
「OK、チカ」

彼が会計の方をチラッと見たので僕はすぐに席を立った。

「あ、気づかなくてごめん。飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「チカは何を飲んでるの?」
「アイスアメリカーノ」
「じゃあ同じで」

そうだ。いつもデートはエスコートされる側だからぼんやりしちゃったけど、今日は僕がお金を払ってデートしてもらう側だから僕が全部やらないといけないんだよね。

「お待たせ」
「ありがとうチカ」

――うわぁ……。間近で顔を合わせてもすっごくキレイな顔。
アイドルを見慣れてるから顔にはうるさい自覚があるけれどそれでも彼は文句なしのイケメンだった。アイドルでも、肌管理がちゃんとできずに近くで見ると肌荒れしてたりコンディションによってはむくんでいたりするからね。
最近のアイドルとは握手会やサイン会、ファンミーティングなどかなり近い距離で接する機会も多い。となると必然的に彼らを見る目も厳しくなりがちだった。

「チカみたいな可愛い子とデートできるなんて嬉しいな。今日ここに来るまでドキドキしてたんだ、どんな子だろうって」
「えっ」

――あぶな。本気でドキッとさせられるじゃん。いきなりリップサービスかよ。

「あはは、ありがとう。お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないよ。俺、あんまりコイビトのこと褒めないんだけどチカはここ最近デートした中で一番可愛い」

お客さんとは言わず、コイビトって言うんだ。徹底してるなぁ。

「じゃあ本気にしちゃおう。でも僕もびっくりした、ミンジェって画像で見るよりずっとイケメンだね」
「俺もお世辞でもチカにそんなこと言われたら調子にのっちゃいそう」

二人ともこれが茶番だとわかっているけど、褒め合って照れてる付き合いたてのカップルみたいなことをしているとむず痒いような、甘酸っぱい妙な気分になる。

――なんだこれ。悪い気しないな……。

ソユンの友人ユナがレンタル彼氏にハマるのもうなずける気がした。彼はこれからのデートが楽しみで仕方ないという様子で尋ねてくる。

「ねぇチカ、今日は何したい? どこへ行く?」
「あ……そうだ。あのさ、今日はちょっと頼みたいことがあって」
「なに? 俺にできることならなんでも言って」
「あのね、実は――僕婚約者ができたんだ」

そこで彼はなんとも言えない表情をした。そりゃそうだ。彼氏って設定でデートをはじめたところなのに婚約者がいるなんて言われたら困るだろう。

「それで、ミンジェに婚約破棄の手伝いをしてもらいたいんだ!」
「え、なにそれ……まじ?」

優しいイケメン彼氏の顔を崩さなかった彼もさすがに頬を引きつらせていた。

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