2 / 22
2.レンタル彼氏を依頼する
しおりを挟む
僕はオメガで、身なりを整えればそう悪くない容姿だと思う。癖のない黒髪、大きな二重の目。歴代の恋人には「キス顔が最高にそそる」と言われるくらいには唇がチャームポイント。身長は168センチ、細身。
高校と大学の途中までは普通に男遊びもしたけど、イジュンに沼ってからは彼氏も作ってない。
この世には男女の他にアルファ、ベータ、オメガの三種類の性別がある。これらは第二性と呼ばれて僕たち人間社会の中でヒエラルキーをつくり出している。アルファとオメガは人口の10%~20%しか生まれず、そのほかは皆ベータだ。
アルファは生まれつき知力や体力、容貌がずば抜けて優れておりヒエラルキーのトップに君臨する性。反対にオメガは見た目以外の能力がアルファやベータより劣っていて差別を受けがち。ヒエラルキーの底辺に位置する性だが、ただ一つ他の性より優れているのが生殖能力だ。
男性でも子宮を持ち、妊娠が可能。オメガの人間は他の性よりアルファの子孫を残す確率が高いため、裕福なアルファはオメガを「つがい」にして子どもを産ませたがる。
イジュンをはじめとして、トップアイドルは大体がアルファだ。女性アイドルはオメガのことも稀にあるが、アルファのアイドルが圧倒的に多い。カリスマ性とフェロモンが本能的に人を惹きつけるから、事務所もベータよりはアルファを取るというわけだ。
とりあえず僕はサイトをチェックして見た目が比較的好みのアルファ男性を「レンタル彼氏」として予約してみた。本番でいきなり息の合う演技ができるか不安だったから、御曹司様と会う前に事前打ち合わせするつもり。
◇
予約当日、僕は授業中もレンタル彼氏のプロフィール画面をずっと眺めながら思案していた。
――縁談をぶち壊すにしても、父の立場上僕から断るのは角が立つ。どうにか向こうが諦めて婚約を取りやめてくれるようにこの彼氏くんが上手く立ち回ってくれるといいんだけど。
僕は授業が終わると待ち合わせ場所に指定したカフェを訪れた。
実はここ、僕が応援してるZ-Touchの先輩グループであるMr.αメンバーの母親が経営しているカフェなんだ。店内はブラウンでまとめられた落ち着く雰囲気のインテリア。オモニの趣味で、ドライフラワーがあしらわれていて華やかさもあった。僕らK-POPファンは事務所つながりで先輩や後輩グループの動画もよく見るから、なんとなく親近感があってこのお店もよく利用している。コーヒーが美味しいのもリピートする理由。
脱色した髪の毛をひとまとめにした特徴のない顔立ちの女性店員が無表情に注文を取る。僕はアイスアメリカーノを受け取って席に着いた。腕時計を見ると予定より15分早い。相手が来る前に少しだけSNSで最新情報をチェックしておこうと思いスマホを開いたら僕の席の横に人が立った。
「こんにちは。チカゲくんでしょうか?」
「あ……はい!」
ホワイトのオーバーサイズシャツにブルー・グレーのパンツ。脚が長いなと思って見上げた先に、想像より小さな頭――。まるでモデルかアイドルみたいな塩顔イケメンが立っていた。少し長めの黒髪は綺麗にセットされ、微笑みを浮かべた左目の下と、唇の下に星座みたいなほくろが一ずつ。すっきりした一重の目に、整った眉。
「ご利用ありがとうございます。ミストラルコーポレーションのミンジェです」
「あ……よろしくおねがいします」
「今日はデートコースなので敬語じゃないほうがいいでしょうか」
「あ、はい! タメ語で大丈夫です。僕もそうするね」
僕がそう言うと彼はにこっと親しげな笑みを浮かべた。
「よろしく、チカゲ」
「呼びにくいよね、皆チカって呼ぶからチカでいいよ」
「OK、チカ」
彼が会計の方をチラッと見たので僕はすぐに席を立った。
「あ、気づかなくてごめん。飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「チカは何を飲んでるの?」
「アイスアメリカーノ」
「じゃあ同じで」
そうだ。いつもデートはエスコートされる側だからぼんやりしちゃったけど、今日は僕がお金を払ってデートしてもらう側だから僕が全部やらないといけないんだよね。
「お待たせ」
「ありがとうチカ」
――うわぁ……。間近で顔を合わせてもすっごくキレイな顔。
アイドルを見慣れてるから顔にはうるさい自覚があるけれどそれでも彼は文句なしのイケメンだった。アイドルでも、肌管理がちゃんとできずに近くで見ると肌荒れしてたりコンディションによってはむくんでいたりするからね。
最近のアイドルとは握手会やサイン会、ファンミーティングなどかなり近い距離で接する機会も多い。となると必然的に彼らを見る目も厳しくなりがちだった。
「チカみたいな可愛い子とデートできるなんて嬉しいな。今日ここに来るまでドキドキしてたんだ、どんな子だろうって」
「えっ」
――あぶな。本気でドキッとさせられるじゃん。いきなりリップサービスかよ。
「あはは、ありがとう。お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないよ。俺、あんまりコイビトのこと褒めないんだけどチカはここ最近デートした中で一番可愛い」
お客さんとは言わず、コイビトって言うんだ。徹底してるなぁ。
「じゃあ本気にしちゃおう。でも僕もびっくりした、ミンジェって画像で見るよりずっとイケメンだね」
「俺もお世辞でもチカにそんなこと言われたら調子にのっちゃいそう」
二人ともこれが茶番だとわかっているけど、褒め合って照れてる付き合いたてのカップルみたいなことをしているとむず痒いような、甘酸っぱい妙な気分になる。
――なんだこれ。悪い気しないな……。
ソユンの友人ユナがレンタル彼氏にハマるのもうなずける気がした。彼はこれからのデートが楽しみで仕方ないという様子で尋ねてくる。
「ねぇチカ、今日は何したい? どこへ行く?」
「あ……そうだ。あのさ、今日はちょっと頼みたいことがあって」
「なに? 俺にできることならなんでも言って」
「あのね、実は――僕婚約者ができたんだ」
そこで彼はなんとも言えない表情をした。そりゃそうだ。彼氏って設定でデートをはじめたところなのに婚約者がいるなんて言われたら困るだろう。
「それで、ミンジェに婚約破棄の手伝いをしてもらいたいんだ!」
「え、なにそれ……まじ?」
優しいイケメン彼氏の顔を崩さなかった彼もさすがに頬を引きつらせていた。
高校と大学の途中までは普通に男遊びもしたけど、イジュンに沼ってからは彼氏も作ってない。
この世には男女の他にアルファ、ベータ、オメガの三種類の性別がある。これらは第二性と呼ばれて僕たち人間社会の中でヒエラルキーをつくり出している。アルファとオメガは人口の10%~20%しか生まれず、そのほかは皆ベータだ。
アルファは生まれつき知力や体力、容貌がずば抜けて優れておりヒエラルキーのトップに君臨する性。反対にオメガは見た目以外の能力がアルファやベータより劣っていて差別を受けがち。ヒエラルキーの底辺に位置する性だが、ただ一つ他の性より優れているのが生殖能力だ。
男性でも子宮を持ち、妊娠が可能。オメガの人間は他の性よりアルファの子孫を残す確率が高いため、裕福なアルファはオメガを「つがい」にして子どもを産ませたがる。
イジュンをはじめとして、トップアイドルは大体がアルファだ。女性アイドルはオメガのことも稀にあるが、アルファのアイドルが圧倒的に多い。カリスマ性とフェロモンが本能的に人を惹きつけるから、事務所もベータよりはアルファを取るというわけだ。
とりあえず僕はサイトをチェックして見た目が比較的好みのアルファ男性を「レンタル彼氏」として予約してみた。本番でいきなり息の合う演技ができるか不安だったから、御曹司様と会う前に事前打ち合わせするつもり。
◇
予約当日、僕は授業中もレンタル彼氏のプロフィール画面をずっと眺めながら思案していた。
――縁談をぶち壊すにしても、父の立場上僕から断るのは角が立つ。どうにか向こうが諦めて婚約を取りやめてくれるようにこの彼氏くんが上手く立ち回ってくれるといいんだけど。
僕は授業が終わると待ち合わせ場所に指定したカフェを訪れた。
実はここ、僕が応援してるZ-Touchの先輩グループであるMr.αメンバーの母親が経営しているカフェなんだ。店内はブラウンでまとめられた落ち着く雰囲気のインテリア。オモニの趣味で、ドライフラワーがあしらわれていて華やかさもあった。僕らK-POPファンは事務所つながりで先輩や後輩グループの動画もよく見るから、なんとなく親近感があってこのお店もよく利用している。コーヒーが美味しいのもリピートする理由。
脱色した髪の毛をひとまとめにした特徴のない顔立ちの女性店員が無表情に注文を取る。僕はアイスアメリカーノを受け取って席に着いた。腕時計を見ると予定より15分早い。相手が来る前に少しだけSNSで最新情報をチェックしておこうと思いスマホを開いたら僕の席の横に人が立った。
「こんにちは。チカゲくんでしょうか?」
「あ……はい!」
ホワイトのオーバーサイズシャツにブルー・グレーのパンツ。脚が長いなと思って見上げた先に、想像より小さな頭――。まるでモデルかアイドルみたいな塩顔イケメンが立っていた。少し長めの黒髪は綺麗にセットされ、微笑みを浮かべた左目の下と、唇の下に星座みたいなほくろが一ずつ。すっきりした一重の目に、整った眉。
「ご利用ありがとうございます。ミストラルコーポレーションのミンジェです」
「あ……よろしくおねがいします」
「今日はデートコースなので敬語じゃないほうがいいでしょうか」
「あ、はい! タメ語で大丈夫です。僕もそうするね」
僕がそう言うと彼はにこっと親しげな笑みを浮かべた。
「よろしく、チカゲ」
「呼びにくいよね、皆チカって呼ぶからチカでいいよ」
「OK、チカ」
彼が会計の方をチラッと見たので僕はすぐに席を立った。
「あ、気づかなくてごめん。飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「チカは何を飲んでるの?」
「アイスアメリカーノ」
「じゃあ同じで」
そうだ。いつもデートはエスコートされる側だからぼんやりしちゃったけど、今日は僕がお金を払ってデートしてもらう側だから僕が全部やらないといけないんだよね。
「お待たせ」
「ありがとうチカ」
――うわぁ……。間近で顔を合わせてもすっごくキレイな顔。
アイドルを見慣れてるから顔にはうるさい自覚があるけれどそれでも彼は文句なしのイケメンだった。アイドルでも、肌管理がちゃんとできずに近くで見ると肌荒れしてたりコンディションによってはむくんでいたりするからね。
最近のアイドルとは握手会やサイン会、ファンミーティングなどかなり近い距離で接する機会も多い。となると必然的に彼らを見る目も厳しくなりがちだった。
「チカみたいな可愛い子とデートできるなんて嬉しいな。今日ここに来るまでドキドキしてたんだ、どんな子だろうって」
「えっ」
――あぶな。本気でドキッとさせられるじゃん。いきなりリップサービスかよ。
「あはは、ありがとう。お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないよ。俺、あんまりコイビトのこと褒めないんだけどチカはここ最近デートした中で一番可愛い」
お客さんとは言わず、コイビトって言うんだ。徹底してるなぁ。
「じゃあ本気にしちゃおう。でも僕もびっくりした、ミンジェって画像で見るよりずっとイケメンだね」
「俺もお世辞でもチカにそんなこと言われたら調子にのっちゃいそう」
二人ともこれが茶番だとわかっているけど、褒め合って照れてる付き合いたてのカップルみたいなことをしているとむず痒いような、甘酸っぱい妙な気分になる。
――なんだこれ。悪い気しないな……。
ソユンの友人ユナがレンタル彼氏にハマるのもうなずける気がした。彼はこれからのデートが楽しみで仕方ないという様子で尋ねてくる。
「ねぇチカ、今日は何したい? どこへ行く?」
「あ……そうだ。あのさ、今日はちょっと頼みたいことがあって」
「なに? 俺にできることならなんでも言って」
「あのね、実は――僕婚約者ができたんだ」
そこで彼はなんとも言えない表情をした。そりゃそうだ。彼氏って設定でデートをはじめたところなのに婚約者がいるなんて言われたら困るだろう。
「それで、ミンジェに婚約破棄の手伝いをしてもらいたいんだ!」
「え、なにそれ……まじ?」
優しいイケメン彼氏の顔を崩さなかった彼もさすがに頬を引きつらせていた。
29
お気に入りに追加
446
あなたにおすすめの小説
嘘をついて離れようとしたら逆に離れられなくなった話
よしゆき
BL
何でもかんでも世話を焼いてくる幼馴染みから離れようとして好きだと嘘をついたら「俺も好きだった」と言われて恋人になってしまい離れられなくなってしまった話。
爽やか好青年に見せかけたドロドロ執着系攻め×チョロ受け
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
デリヘルからはじまる恋
よしゆき
BL
デリヘルで働く春陽と、彼を指名する頼斗。いつも優しく抱いてくれる頼斗を、客なのに好きになってしまいそうで春陽はデリヘルを辞める。その後外でばったり頼斗と会い、家に連れ込まれめちゃくちゃされる話。
モロ語で溢れています。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる