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1.御曹司に嫁ぎたくないオメガ

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「うわ、今の見た? 絶っっ対僕にウィンクした……もう死んでもいい!」



僕は藤堂千景とうどう ちかげ
三年前に超人気K-POPアイドルグループZ-Touch(ジェ・トチ)にハマってしまい東京から韓国の大学に編入して現在はソウル住まいの21歳。性別は男性オメガ。

今日も大好きな僕の推し――イジュンを見るため歌番組の観覧に来ている。
そしてランキング発表後の歌唱中にウィンクをもらって卒倒しかけてるところだった。

イジュンのスラリと長い脚に鍛え上げられた腹筋。あのゆるくウェーブしたプラチナブロンドの髪。そしてなによりあのキラッキラの黒い瞳(今日はカラコン入れててブルーだった)。美の女神すらも嫉妬しかねない輝かしいイケメンっぷりに誰もが夢うつつになる――それがイジュン。
イジュンはZ-Touchのビジュアル担当で、そのルックスからCMや最近は俳優業にも引っ張りだこ。僕が日本から追いかけて来た頃はまだ人気もそこそこだったのに、今では押しも押されぬトップアイドルだ。

多くの女性やオメガ男性が彼に恋してるのは知ってる。だけど、会場に来たときだけは、彼が自分の恋人だって思いたい――そう思わせてくれるのが彼なんだ。

――だけど!
そんな僕の現時点で最大の楽しみである「推し活」が、今後できなくなる危機に瀕している。

なんと僕にアルファ男性との縁談が持ち上がり、父が勝手に婚約してしまったのだ。

これだけならなんてことはない。結婚しても観劇やコンサートに行く既婚者はたくさんいる。
だけど今回の縁談の場合問題なのが、相手の住んでいる場所だ。

それがどこかって? 東京だよ!
お相手は日本国内でも名の知れた國重くにしげグループ会長の御曹司で、インターネット関連事業の代表取締役。将来有望なアルファ男性であり、結婚相手の肩書きとしては申し分ないと言える。

だ け ど !

肩書はともかくとして、嫁ぎ先が日本――つまり、海を渡って帰国しなければならないということ。

多い時期なら週五で番組観覧やイベントに通うこの僕が、大学卒業後すぐに遊びもせず嫁ぐなんて絶対に絶対に絶対に嫌だ。ほんと無理――。

僕は旧華族の家に次男として生まれ、オメガだから後継ぎになることもなくふらふらと親の金で留学させてもらっている身だ。だけど今ではしがない零細企業社長でしかない父は財政界にも強力なパイプを持つ國重家との縁談に大変前のめりで、是が非にもと息巻いている。
どんな手を使ったのかわからないけれど、なんとか婚約まで漕ぎ着けた縁談らしい。とてもじゃないけれど格下オメガ側から結婚は遠慮したいなんて言える状況ではなかった。僕から断りでもしようものなら父は即仕送りを断ち切り、ソウルで生活なんてさせてもらえなくなるだろう。

「はぁああ、憂鬱~……」

来月、御曹司様がソウル出張のためこっちに来るらしい。そのついでに彼と顔を合わせろと父から命令された。軽くお茶でも――と先方がご所望だそうだ。

それまでになんとかこの縁談を穏便にぶち壊す方法を考えなければ。
そんな悩みを抱えつつ僕は大学の友人で同じZ-Touchペンファンのオメガ女性ソユンとコーヒーショップで膝を突き合わせていた。

「今日のリダリーダーまじでまじでビジュが最高だったわ~」

彼女はグループの最年長リーダーであるダオンのファンだ。ダオンは背が高いマッチョ体型で、強面の黒髪短髪。ラップ担当で、写真で見るとちょっと怖そうだけどしゃべると面倒見が良くて優しいリーダーだった。

「てかさ、イジュンにウィンクされたんだけど。あれ絶対僕に向けてしてたよね? やっと認知されたかなって気がして嬉しすぎるんだけど」
「はぁ? 自意識過剰だよチカ。あんた前にもそんなこと言ってたけど、サイン会のとき向こうは全然覚えてなかったじゃん」
「なんでそういうこと言うんだよ? イジュニは照れてるだけだって」
「私はダオンに会ったら必ずファンサもらえてるし」
「リダはさ~優しすぎなんだよ~。でもいいんだ。イジュンはあのちょっと冷たい感じが素敵だし」
「重病だわあんた。そんなことより、今日相談あるってなに?」
「そうだった! イジュニのウィンクで全部忘れるとこだった。あのさ、僕婚約者ができたんだよ」
「はぁ!?」

ソユンが大きな目をぱちくりさせて大声を上げた。ここは静かなカフェで、周囲の人の目が痛い。

「ちょっと声抑えてよ」
「だって、婚約ってあんたまだ大学卒業前なのに……ってまさか日本人とじゃないよね」
「日本人に決まってるだろ。こっちに知り合いなんてソユンくらいしかいないんだから」
「それもそうか。あんた推し活以外は引きこもり同然だし」
「大学卒業後もこっちで就職先探すつもりだったのに……日本に帰って結婚しろって父さんが」
「そんなの無視しなよ。あんたも自立しないと」
「そうなんだけど、相手がすごい大企業の御曹司で――」
「は!? それを早く言いなさいよ。それなら話は別じゃん、結婚しな~。玉の輿じゃん」
「いや、だって日本帰ってどうやってイジュンのこと応援するんだよ」
「え~、でも飛行機ですぐじゃない?」
「そんなことないよ。こうやって観覧にもあんまり来れなくなるし、ソユンとも離れ離れになりたくないし」
「はっ。可愛いこと言ってくれるじゃない。だけど私なら玉の輿を選ぶけど――あ、良いこと思いついた!」
「え?」
「この前ユナがレンタル彼氏利用したらすごく良かったって言ってて。私はダオン一筋だから聞き流してたんだけど」
「そんなの僕だって興味ないよ。なんでイジュンがいるのにレンタル彼氏なんて――」
「ちがうちがう。婚約者を撃退するためだってば」
「え?」
「だから、レンタル彼氏を利用して、恋人いるのを匂わせて向こうに婚約破棄してもらえばいいじゃん?」
「あ――それ良いかも!」

ソユンはすぐにユナに連絡し、どこのレンタル彼氏を利用したのか聞いて
くれた。
サイトを見た限り、恋人をはじめとして家族や友人のフリまでなんでもしてくれるらしい。今の僕にぴったりの内容じゃないか。
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