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四章
53-友達
しおりを挟む翌日―――学校に着いてからというものの、俺は左隣が気になってどうしようもなくなっていた。
圓に乙音を犯すように言われたため、乙音の顔をチラリと見ては、邪な妄想を膨らませてしまう。
一体何処でどのように乙音を襲えばいいのか。
というより、俺は本当に乙音と行為に及ぶのか。
後ろに立つ圓は、俺が視線を送るとチラリと乙音の方を見やり、クスリと笑う。
あの様子だと本当に、俺が乙音を犯すことに期待している。
(乙音とは友達になったのに、それを無理矢理犯すなんて……!
ああっ、で、でもっ……圓先生の期待に応えたい!)
教室で一人、葛藤に悩まされていると―――
「―――それじゃあ今からホロに表示された画面に、自分の夢を書いてもらう。
各々書き終わったら、隣の席の者と交互に発表しろ。
そしてそれに対する意見を各自述べるように」
姫華先生が、次のカリキュラムの内容について説明する。
すると目の前には真っ白い画面が表示され、そこには「将来の夢」という文字が書かれていた。
(将来の―――夢?)
その言葉の響きに、突如俺の頭の中は真っ白になった。
そういえば前世でも似たようなものを書かされた記憶がある。
だが、奴隷として生まれ変わってからというものの、俺は今までこの方将来の夢などというものに思いを馳せたことがない。
(夢って言われてもなぁ……一体何を書けばいいのか―――)
適当に将来を想像してみるが、今の俺は圓とセックスしている光景しか思い浮かばない。
職業に就いて自立したいとは考えていたが、男の俺がどのような職に就けるのかまだ不明瞭過ぎる。
適当に金を稼ぎながら、圓先生と一緒に暮らして、ひたすらセックスして過ごせれば他に何もなりたいものなんて―――
そのように考えていると―――
「はい、書けたわよ。
そっちはどう? 游子」
乙音はもう書けたようで、余裕の表情で俺の方に体を向けながら様子を伺ってくる。
「え、え~っと、まだ全然……」
かたや俺はまだ一文字も書けていない。
それにしてもまだ殆ど時間は経っていないというのに書けてしまうとは、一体どのような夢なのだろうか。
「そのさ……私まだ全然書けてないから、よ、良かったら参考に見せて欲しいなぁ~なんて―――」
「何よあんた、夢とか何にもないの?
別に良いわよ。先に私のを見せてあげる」
そう言うと乙音は自信満々にホロを送ってきた。
そこに書かれていた文字は―――
『政治家』
「せっ……政治家ぁ!?」
余りにも壮大な夢に、俺は思わずたまげる。
「な、何よ。私には無理とでも言いたいの?」
「い、いやそうじゃなくて……
なんでまた、政治家になんてなりたいのかなぁと……」
「そりゃあ勿論……今の世の中が嫌いだからよ」
理由は至極単純なものだった。
確かに乙音が周りに不満を抱いていても違和感はない。
だが政治家にまでなろうとしているとは、実に大袈裟な話だ。
「だってそうでしょ?
周りは皆エッチなことばっかり考えてて、寝ても覚めてもセックスセックス。
本当馬鹿みたい」
正直俺にとっては実に耳の痛い話だ。
だが次に乙音の口から飛び出したのは、意外な言葉だった。
「それに―――同じ人間なのに、男だけを奴隷として扱うのって、何か変じゃん」
「えっ―――」
俺の体に衝撃が走った。
乙音の言う通り、俺達男は皆同じ思いを抱いて生きている。
前世を生きていた俺ならば、尚更今の世の中には違和感を拭えない。
幾ら男の数が減って、セックスし放題だとは言っても、俺以外の男は皆性欲がない。
味わわされるのは苦痛ばかりだ。
現に精通を迎えるまでの俺もそうだった。
だがそれを、まさか女の口から聞くなどとは、思ってもみなかった。
「昔の男女はお互いに愛し合って、仲良く暮らしてた訳でしょ?
それがこんな風に女だけ性欲が増して、男は性欲が無くなって―――
それで男を奴隷にするなんて、そんなの可哀想じゃん。
だから私は世の中を昔のように戻したいの。
皆が自由に生きられる社会に―――」
俺はその言葉に目頭が熱くなる程、感情の昂りを覚えた。
(そんな風に俺達男のことを考えてくれる女がいたなんて―――)
乙音が語る壮大な夢に、俺は感動を禁じ得なかった。
乙音は、俺達男を奴隷ではなく、一人の人間として見ていてくれたのだ。
「も、もし私が……そ、その……男だったとしたら、乙音はどうする?」
確かめたい。
俺達男に自由を与えようとする乙音は、もし俺が男だと知ったらどうするのか。
「え、何よ藪から棒に……
そうねぇ~……游子は游子のままで、本当は男だったらってこと?
そんなの決まってるじゃん―――」
『ゴクリ』
俺は固唾を呑んで乙音の答えを待つ。
「あんたが男だろうと何だろうと、游子は游子なんだから―――
私の友達よ」
そう当たり前のように語った乙音の言葉に、俺の頭の中で何かが弾けた。
「―――フフッ、アハハッ」
自然と体の奥から笑いが込み上げる。
涙が溢れる程に。
「ちょっと! 何がおかしいのよ!」
笑い転げる俺に対し、乙音は顔を真っ赤にして怒った。
全く笑える。
この女は、本当に頭のおかしな奴だ。
いや、頭がおかしいのは世の中の方か。
俺は調教時代も、自由を得た今も、女達から性の対象としてしか見られて来なかった。
性欲が戻った俺は、そのことに何の不満も抱いていなかった。
だが、本当は寂しかったのかもしれない。
誰も俺自身を、一人の人間として受け入れてくれないことに。
だが灰原乙音という少女は違った。
俺に対し、何の下心もなく友人として見てくれている。
一人の人間として。
そんな乙音に対して、最早良からぬことを働こうなどという気持ちは、微塵も湧いてこなかった。
「いや、ごめんごめん。
そうだな、俺達は―――友達だ」
「何よ……その気持ち悪い一人称は。
あんた、本当に男になりたいとでも思ってんの?
似合ってないから止めなさいよ」
似合っていない……か。
確かに今の俺は偽りの姿で過ごしている。
見た目も随分と女々しい―――が、
「いやぁ、何だか乙音の前ではこっちの方がしっくり来る気がしてね。
これからもこれで行かせて貰うよ」
「まぁ……あんたがそうしたいなら好きにすれば?」
乙音に対し、本当に男であることを明かす時が来るかは分からないが、少なくともこの友人の前で自分を取り繕うのは止めよう。
乙音の前では、素の自分でいたい。
俺はそう、心に決めた。
「ところであんた―――将来の夢は決まったの?」
「げっ―――」
そういえば忘れていた。
今は将来の夢を決めている最中だった。
「そうだなぁ……乙音が政治家になるなら―――
俺は乙音の秘書にでもなろうかな」
「プッ、何それ。低い目標ね。
私に合わせるんなら、せめて私が総理大臣で、あんたが官房長官になるくらいの夢を持ちなさいよ」
明らかにその場しのぎの夢を、乙音が笑い飛ばす。
俺達は紛うことなき友人同士の会話に、楽しく笑い合った。
その光景を唯一人、圓が不穏な目で後ろから見つめていた―――
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