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一章

9-理由

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「さて―――それじゃあそろそろ仕事に行くわよ」

 テスが席を立つと同時に、扉がガチャリと開く。

「ぴったりだったわね、イ、ト―――」

 定刻丁度に戻ったイトを迎えようと振り向いたテスは、2人の姿に言葉を失った。

『ズリュンッ』
「はっ……はひっ、はひっ……」

 男根が抜け落ちる音と共に、イズの膣から大量の精液がボトボトと零れ落ちる。
 あれ程イトに行為をせがんでいたイズが、イトに抱えられたまま息も絶え絶えに疲弊していた。

「あなた……どうしたの、それ」
「責任持って相手をするよう言われたが、今から仕事でイズをここに置いていくことになる。だから俺が責任持って施した」

 イトは股間を仕舞いながら、このような状況に至った理由を説明する。

「確かに私達はあなたに、彼女の相手をするよう促したわ。でも……ちょっとやり過ぎじゃないかしら?
 そんなに出して、仕事に影響が出ないといいけど」
「そうだね。良い気遣いだったと思うけど、コクーンを出たばかりの脳に、刺激を与えすぎるのは良くないかもしれない」
「いや、イトはベストを尽くしたと見るべきだ。これは彼女が望んだことでもある。
 むしろ気を失うまで相手をしてやった方が、我々が仕事に行った後、独り欲求不満に苦しまずに済む」

 イトの行動に対し、3人がそれぞれ異なる視点から批評する。
 だが最後のザットの言葉に、他の2人は納得を示したようだ。

「それもそうね。―――あ、丁度眠ったようだし、このままリアに預けて後を任せましょう」

 イトはテスの言葉に頷き、気絶したイズを抱えて隣の部屋へと向かった。すると―――

「ちょっと何よこれ!! 床に滴り落ちてるじゃない!!
 信じらんない!! 一体どれだけすればこんなことになるの!?」

 隣からリアの怒鳴り声が再び鳴り響いた。

「俺はイズが望んだ通りに―――」
「限度ってもんがあるでしょ!! 彼女はまだコクーンを出たばかりなのよ!?
 そんな子の体に負担を掛けるなんて、どう考えても危険すぎるわよ!!」
「……すまない。考えが至らなかった」

 リアの激しい説教に、イトは下を向く。

「そ・れ・に! イズはVRの記憶を持ったままイトが連れてきたんでしょ! そんなイズに正常な判断が出来る訳ないじゃない!
 そういうことを求めるのが悪いとは言わないけど、あなた達や皆が彼女の欲求をコントロールしてあげなきゃ、彼女はずーっと快楽に狂ったままなのよ!?」
「……すまない」

「ハァ……イトがどういうつもりで彼女をコクーンから連れ出したのか分からないけど、今後彼女とどう向き合っていくのかも含めて、もっとよく考えて行動した方がいいわ」
「……善処する」

 リアの一方的なお叱りに、イトはひたすら謝罪を述べ続け、イソイソと3人の待つ部屋へと戻って行った―――



「随分と絞られたようね、イト」
「昔は僕達の方がリアにあれこれ教えてあげていたのに、最近は僕達が彼女に叱られてばかりだね」
「彼女は過去の書籍や映画等からの影響を受け、かつての保守的な思想に固執する傾向が見受けられる。
 アフターコクーンを生きる我々に普遍的な価値観など存在しない故、イトも彼女の言動を気に病む必要はない」

 3人から慰めの言葉を受け、イトはコクリと頷く。

「さて―――それじゃあ出発するわよ、皆」

 テスの号令に男達が立ち上がり、4人は仕事の場へと歩みを向けた―――




『―――シュウゥゥン』

 イト達4人は、猛スピードで走る車の車内にいた。車―――とは言ってもタイヤらしきものは付いておらず、地面から僅かに浮いた状態で飛んでいる。
 そしてその乗り物が向かう先は、塔の方角だ。

「改めて聞くけど―――イトはどうしてイジーをコロニーに連れてきたんだい?
 いつもみたいに仕事で解放レリースしてあげるんじゃなくて、わざわざ記憶を残した状態でさ」

 車内ではオルフがイトに対して、質問を投げかけていた。

「俺がイズを対象者ターゲットとして解放レリースしなかった理由は……俺もよく分からない」

「分からない……?」

 本人すら理由を把握出来ていないことに、オルフは首を傾げた。

「それはイトが彼女に対して、私達と同じ解放者レリーサーとなってくれることへの期待が大きかったから?」
「確かに、解放者レリーサーは今のところ我々4人しかいない。故にイトが彼女への期待を捨て切れなかったとするならば、イトの行動にも説明が付く」

 テスの推察にザットも同調する。だがイトは下を向いたまま、未だ納得素振りを見せない。

「―――俺は、イズのVRにアクセスしたくない、と感じた」

 イトの答えに、3人は深く考え込んだ。

「イト……その躊躇いは、今までにも感じたことがある? もしかしたら……イトにとってこの仕事が、精神的な負担になっている可能性はないかしら」
「まぁ、再び観たくなるような光景は滅多にないしね」
「滅多に、どころではない。自分があそこに残る側の人間でなかったことを、つくづく幸運に思う程だ」

 テス達は仕事がイトへのストレスになっている可能性を危惧した。
 だがイトは首を横に振ってそれを否定する。

「今までに同じような感情を抱いたことはない。だからこれからの仕事については問題ない。
 ただ皆が言うように、イズは解放者レリーサーの候補だったため、以前から彼女に興味を持っていたのは事実だ。だから俺は別の方法で、彼女をコクーンから連れ出した」

「きっと……イトはそれだけ、彼女が解放者レリーサーとなることを期待していたってことじゃないかしら。期待が大きいと、希望が叶わなかった時の落胆も大きくなるわ」
「うん。ひょっとしたらイトには、新たな解放者レリーサーを失うことへの未練があったのかもしれないね。
 だとしたら、イトが彼女の記憶を消さずに連れ出したくなった気持ちも理解出来るよ」

 テスの予測に、オルフも賛同して頷く。

「だが過ぎたことだ。仕事仲間が増えるのは喜ばしいことだが、例えこれ以上解放者レリーサーが増えなくとも、我々は今まで通り我々の願望に従い、コロニーの発展に尽くすのみだ」

「ザットの言う通りね。今後イズの記憶を消去すべきかどうかや、どのように再教育をしていくかについては、様子を見ながら考えましょう。
 あ―――どうやら塔に着いたみたいね」

 テスが塔の麓に辿り着いたことに気が付くと、オルフとザットは降りる準備をし始めた。
 そんな中イトは一人、床を見つめながら未だ思慮し続けていた。

「落胆、未練……確かにそうかもしれない。
 だがあの時、イズのVRにアクセスすることを考えた時に俺が感じた、妙な胸のわだかまりは……本当にそれだけなのだろうか」

 イトが監視に訪れた時点で、イズは解放者レリーサーとなる可能性が低くなっていた。故に本来ならば次はイズを帰還者リターナーとするため、対象者ターゲットとして彼女のVRにアクセスし、解放レリースする仕事が待っていた。
 それはつまりイズが解放者レリーサーとなる道を断つことであり、それを期待していた身として憚られる感情が芽生えても不思議ではない。

 そして解放者レリーサーはイト達のように、VR内の記憶を持ったままコクーンを出た者達がその役目を負っている。
 オルフの言うように、イズの解放者レリーサーとなる道が途絶えたことへの未練から、イトはイズの記憶を消さずに連れ出してしまったと考えれば、取った行動にも説明が付く。
 だが―――

「あの時俺が、観たくないと感じたのは―――」

 イトが自分の心に抱いた、別の感情を探ろうとしたところ、

「イト、何してるの? 早く仕事に行くわよ」

 テスの呼ぶ声がし、イトの思考は遮られた。

「ああ、今行く」

 イトは掴みようのない心情から視線を逸らし、これから行う仕事へと意識を向けた―――


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