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一章

1-AI管理社会

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 21XX年、世の中はAIが支配していた。

 支配―――とは言っても、SF映画のように意思を持ったAIが突然暴走し人類を管理するようになった訳ではない。
 人類自らが望み、AIに人類社会の管理を全て任せる世の中が、人間の手によって誕生した。
 全ての生産活動や医療、教育等、仕事と名の付く活動は全てAIが担い、人間に供給される。
 全ての研究分野も、人間の脳を超越したAIによって行われ、「人間を幸福に導く」という目的の元、日々人間の生活水準や科学技術の発展に尽くしている。

 かたや人間はというと、AIから際限なく与えられる最高品質の配給により、金すら必要とせず自由を謳歌する生活を満喫。
 せいぜい趣味程度に芸術やスポーツの分野が存在するものの、大抵の人間は怠惰に堕落した生活を送っていた。

 更にAIが生み出した完全フルダイブ型VRの出現により、空想の世界で最早何の努力もせず理想の環境や肉体を得られるようになった。
 元は身体の自由が効かなくなった老人や身体障害者に、空想の世界で幸福を味わわせようとAIが開発したものだった。

 だがその魅惑的な世界は若者や健常者をも魅了し、皆こぞってVR世界の虜となった。
 VRの世界は人格、容姿、肉体、そして世界観等―――全てを望み通りにカスタマイズ出来る。
 本人が望めば痛覚を無くすことも出来るし、魔法も使えば、永遠にチョコレートを食べ続けることだって出来る。

 一方でAIの生み出した医療技術により、人間の臓器は脳や血管を含む全ての部位が交換可能であり、人間の寿命は200歳以上に伸びたとAIは予測する。
 これにより老人や身体障害者、或いは容姿や体型に悩みのある人も皆、望み通りの肉体を持って長生き出来るようになっていた。

 だが―――それでも人々は人生のほぼ全てを、VRの世界で過ごす道を選んだ。

 VRの世界は100倍以上にまで時間を加速することが可能。つまり人間は体感的に2万年の時を生きられるのだ。
 人間への教育に関しても、人間に必要な知識は瞬時に全ての情報を脳に蓄積出来るため、VRを駆使すれば生まれて数時間で多大な知識を有し、かつ何十年も生きた大人の精神年齢を獲得することが可能。

 要するにわざわざ本物の肉体を使って生きるよりも、VRの世界で生きる方が圧倒的にメリットが大きかった。

 更には「人間を幸福に導く」という目的を遂行するため、VR使用時の人間から、AIがランダムに精子や卵子を採取し、人工受精により新たな人間を生み出した。
 そこで誕生した人間はAIにより育てられ、数年後に本人の意思によりVRの世界へと足を踏み入れる。

 そして全ての人間が生まれてから死ぬまでの間を、コクーンと呼ばれる生命維持機能を備えたヒューマンインターフェースの中で、VRの世界を自由に楽しみながら過ごすようになった。
 その中で人々が最も没入したのは―――


 快楽だ。


 AIは人間に最も幸福を味わわせる方法を模索し続け、結論に至ったのが、人間に性的快楽を与え続けることだった。
 故に試験管で生まれ育った子供が自我を持ち始める頃から、AIは人間に性的関心を高める教育をひたすら植え付けた。

 セックスが如何に気持ちいいか。
 異性に興奮し、性的欲求を満たすことが如何に幸福か。
 それだけをひたすら教え続ける。
 そしてVRの世界ならば理想の異性が際限なく存在し、
 萎えることなく―――
 疲れることなく―――
 収まることなく―――
 2万年の時を永遠に快感を高めながら、好きなだけセックス出来ると教えた。
 VRの世界では快感も、無限に高めることが出来る。
 その結果脳や身体にダメージを受けようとも、AIが即治療する。
 どんな設定でも、どんな相手ともセックス出来る。
 人間はセックスするために生まれ、セックスするために生きる。
 そのような教育を受け、VRの世界の人間は一人残らずセックスに溺れた生活を送る。

 VRの世界では様々なセックスの楽園を体験出来る。
 自分次第で記憶を仮想的に無くした状態で、新しい設定の世界を生きる事も出来る。
 そしてどれだけでも都合の良い状況を作り出せるため、

 一般的なサラリーマン生活を送りながら、裏で好き勝手に女を犯しまくる者―――
 人工知能で作られた純朴な少年を誘惑し、教師の立場で少年を女体の虜とさせる者―――
 性感を通常の何十倍にも高めた男女が集まり、入り乱れ、何百年も乱交し続ける者―――
 過去の時代やファンタジーの世界を完璧に再現した環境で、蛮行の限りを尽くす者―――
 無数の淫魔に囲まれ、性感を際限なく高められ、甚振られ、永遠に搾取される地獄に自ら身を堕とす者―――

 等々、人間は変態と快楽の園で、獣のようによがり狂う日々をただひたすらに享受した。





 そして時は25XX年―――

 場所は億のコクーンが犇めく管理施設のとある一角。


『コツ……コツ……』


 広大な機械仕掛けの施設に、足音が鳴り響く。

 施設内を行き交うロボットの隣を、人影が公然と通り過ぎていく。

 ミドルの赤髪。
 日焼けか、或いは遺伝的なものか、褐色に染まった肌。暗闇に溶け入る程黒く、切れ長の目。
 その人物は男性のようで、丈の長いコートのポケットに手を突っ込み、口に煙草を咥え、無機質な空間に煙を漂わせている。

『コツ……』

 ふと足を止めると、不躾に煙草を投げ、靴底で火種を消す。
 そして―――ゆっくりと上空を見上げた。


「あびぁ、あぶべぁ」
「はぐぎっぐびびっ」
「はひゃひひひはひっはひふっ」

 無数に漂うコクーンの中から、奇怪な声が漏れ聞こえる。
 中には老若男女様々な人間が機械に繋がれていた。肌の色、髪色、背丈も様々で、何かしらの規則性も明らかではない。

 だが殆どの人間に共通するのは、皆間抜けに口を開きながら狂気のように喘いでいる。一体どんな夢を視ているのか、想像に難くない。

 男女の股には器具が装着されており、時折激しく身体を震わせたかと思うと、器具に繋がれたチューブを透明な液体や白濁液が流れていく。その度に、男女は皆狂った表情で口元を歪ませる。

『コツ………コツ………』

 男は一つ、また一つとコクーンの中の人物を無表情のまま見移ろう。

 そして―――


『コツ……』


 とあるコクーンの下で、その人物は足を止めた。

「んぁあ! あぁあんっ!!」

 そこには黒髪の少女が、頭を振り乱しながら、激しく喘いでいた。
 胸は華奢な背丈に比べやや豊満ではあるが、その顔付きは未だ幼さを感じさせる。
 時折瞼の間から見える瞳は、男とよく似た―――闇の色だった。

「んんんっ! イクッ! イクぅぅーー!」

 少女は身体を痙攣させながら、歯を食いしばる。そしてチューブに大量の雫が伝った。

「―――おい」

 不意に男は、何かに向かって小さく呼びかけた。

『キュルルッ』

 声の先には球体のロボットが浮かんでおり、声に気付いたらしくコートの人物へと近付く。

「CJ12205-873」

『キュルッ』

 男が謎の英数字を告げると、球体のロボットからホログラムのスクリーンが飛び出しす。

「VR使用期間10年、VR内での時間加速使用『無し』、快楽依存レベル6……中、か」

 男は表示された文字を読みながら、スクリーンに幾度か指を触れる。すると―――

『ウィーン』

 突然少女のコクーンが動き出し、男の目前へと降下した。
 そして男がコクーンに触れると、『ブシュウッ』と音を立ててコクーンの前面が開く。

「あぁあんん! ……はぁんっ! ……き……もちっ」

 相変わらず艶めかしく喘ぎ続ける少女を前に、男は顔色一つ変えずコートの内ポケットをゴソゴソと探る。
 そして中に液体の入った棒状の何かを取り出すと―――

『ブシュッ』

「あぎっ……!」

 男は棒の先端を少女の首元へと突き刺し、弱い悲鳴が上がる。

「ああっ……あぐっ……」

 中の液体が減っていくにつれ、少女の目が開かれ、首を左右に振り乱す。

『―――ツプッ』

 液体が全て無くなり、男が棒を抜き去る。
 すると少女はまるで電源が切れたかのように、『ガクリ』と首を垂らした。

 男は棒を内ポケットに仕舞い、コクーンの側面に触れる。
 すると少女の身体に繋がれた配線が外れ、裸体が前方へと倒れ込む。
 男はその身体を支えると、少女を両手に抱え込んだ。

 どうやら気を失っているようで、無抵抗にその身を男に預けている。
 暫し男が少女の眠る顔を見つめていると、程なくして踵を返し、暗闇の中へと去って行った―――
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