カップ麺は死の香り

マサユキ・K

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カップ麺は死の香り!

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「担々麺の作り方は、粉末スープを入れ、お湯を注ぎ、フタをします。そして三分後にフタを取り、トンガラシペーストを入れて完成です。カップ麺を作り慣れている者なら、常識の工程です」

軽太郎はカップ麺を眺めながら、唐突に語り始めた。

「ところがこの担々麺は、トンガラシペーストをお湯を注いでいます。赤い麺と刺激臭がその証拠です。作り慣れている紀幸さんが、こんなミスをするとは思えません。これは明らかに、別の者がやったのです」

「そうか!君が『変だ』とつぶやいたのは、それだったのか」

警部の言葉に、コクリとうなずく軽太郎。

「秋人さん。アナタ、?」

突然の軽太郎の指摘に、ハッとしたように顔を上げる秋人。

「え!?一体何の事か……」

「アナタは先ほど、時間を確認するのに。それも、わざわざバッグから取り出してです……その時分かりました。アナタは普段、という事が……ではなぜ、今はつけているのでしょう」

軽太郎は、目を細めて秋人の顔を眺めた。

「それは、。恐らく紀幸さんと争った時についたのでしょう。たとえば……そう、とか」

その言葉に、皆の視線が秋人の手に集中する。
秋人は苦々しげな表情で、ため息をついた。

「ああ、確かについてるよ。だがこれは、今朝自炊した時に誤って包丁で切ったものだ。恥ずかしいから、時計で隠してるだけさ。争ってついたなんて、言いがかりもはなはだしい!」

語気荒く言い放つと、秋人は腕時計を外した。
そこには、血の乾いた傷痕きずあとがあった。

「紀幸さんを殺害した時、台所には血が飛び散りました。勿論、紀幸さんとです」

秋人の抗議を完全無視し、軽太郎は説明を続けた。

「だがアナタには、それがどちらの血痕か区別がつかなかった。無論、そのままにしておく事はできない。ここでアナタの血痕が見つかれば、争った物証となり得るからです。それでアナタはやむなく、全ての血痕を拭き取ることにした」

軽太郎の視線が、チラリと伊達牧警部の上を走る。
これが血痕の無かった理由であるというサインだ。
警部は、納得したように頷いた。

「調理台や器具の血痕は拭き取りましたが、一箇所だけ拭き取れない箇所がありました……それは、この担々麺のです!」

ここが重要とばかりに、語気を強める軽太郎。

「カップ麺にお湯を注ぐ時、フタは半開きにします。アナタが紀幸さんを襲ったとき、丁度その状態だった。そこに飛び散った血が入ってしまった」

全員の視線が、今度はカップ麺に集まる。

「その事に気づいたアナタはあせったはずです。麺に染み込んだ血は拭き取れない。かと言って、部屋のゴミ箱に捨てるのもまずい。警察はそこも調べるでしょうから……結局、こっそり持ち出そうとしたのですが、そこに思わぬ邪魔が入った」

「あっ、分かったー!管理人さんだー」

リン子が無邪気むじゃきな声を上げる。

「そう、管理人さんが訪ねて来たのです。呼び鈴を鳴らされ、アナタはパニックにおちいった。万が一死体を見られても、第一発見者のフリをすればごまかせるかもしれないが、飛び散ったアナタの血痕はそうはいかない。早くコイツを何とかしなければ……混乱するアナタの目に入ったのが、担々麺のでした。そうだ!あれを入れてしてしまえば、見分けがつかなくなるんじゃないか……そう考えたアナタは、粉末スープとトンガラシペーストを、ポットのお湯を注いでフタをしたんです」

その言葉に、秋人の表情が一気に強張こわばる。

「その後、管理人さんは入室する事なく立ち去りました。そのすきに、アナタも退室し、カップ麺はそのままにしておきました。お湯の入ったものをバッグに入れる訳にはいきませんし、麺を赤くしてごまかしてあるので大丈夫だろうと考えたからです……まあ結果的に、その油断が命取りになったのですが」

軽太郎は実演の終わったマジシャンよろしく、大仰おおぎょうに両手を広げてみせた。

「そんなもの、全部アンタの想像に過ぎない!何の証拠も無いじゃないか!」

秋人は、怒りの眼差まなざしで怒鳴りつけた。
額の汗が、動揺の激しさを物語っている。

「なるほど……証拠ですか……」

軽太郎はポツリと呟き、嬉しそうに微笑んだ。

「犯罪者の思考というヤツは実に面白い。窮地におちいると、皆なぜか同じセリフを吐いてしまう……証拠なら、ここにありますよ」

軽太郎は担々麺のフタを剥《は》ぎ取ると、裏返した。

そこには、小さなが付いていた。

「……それは!?」

秋人の目が大きく見開く。

「見ての通りです。これがもし紀幸さんのものなら、閉じたフタのにあるのはおかしい。それでは殺された後にフタをした事になりますから……では、誰のものなんでしょうね」

「馬鹿な!オレは確かに確認したはず……」

慌てて口を閉ざし、しまったという顔になる秋人。
伊達牧警部が、してやったりとニンマリ笑う。

「きっと粉末スープかペーストを入れる際、フタについちゃったんでしょう。まあ、誰にでもウッカリはあるもんです」

そう言って、軽太郎は満面の笑みを浮かべた。


************


その後、観念した秋人は罪を認めた。
借りた金の返済を迫られ、口論の末に犯行に及んだらしい。
殺害後の行動は、軽太郎の推理通りだった。


「それにしても、フタに血痕が付いてるって、よく分かったねー」

事務所に戻った後、リン子が感心したように言った。

「血痕……ああ、あれはだよ」

「は、ハッタリ!?」

目を丸くするリン子。

「犯人が秋人だというのはすぐに分かった。だが如何いかんせん、証拠が無い。そこでにしたんだ。フタに血が残っているとカマをかけてね」

「でも実際に血痕はあったよー」

「これを使ったのさ」

そう言って、軽太郎はポケットから何やら取り出した。

「……それって!?」

「そ。私が今朝カップ麺に入れそこなっただ。慌てて飛び出したので、ポケットに入れっぱなしだった……おかげで、血痕の代用として役に立ったよ。フタを開ける時、指でこっそりり付けたのさ。うまいもんだろ」

リン子の目が大きく見開く。

称賛とも、非難とも、尊敬とも、軽蔑とも違う表情で、軽太郎を見つめた。

「……やっぱり、カップ麺の神サマだ……」

ポツリと呟くが、軽太郎には聴こえていなかった。

当のは、出来上がったばかりのカップ麺に集中していたからだ。

「む~ん。パーフェクっ……!」

相変わらず、最後の「ト」は言わない。

なぜって?

その方が、カッコいいからに決まってる!
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