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もうひとつのクライシス
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「お前たち何ものだ!」
青空に勇ましい声が響き渡る。
赤や青で彩られた五人のヒーローが、今まさに悪を倒さんとしていた。
「オレ様の名は……」
しめ縄のような巨大な頭部にギョロ目の怪人が唸る。
「悪の化身、いずモン!」
「同じく、すさモン!」
隣に並んだおかっぱ頭に小さな剣を携えた怪人も続く。
「オレたちの世界征服の邪魔はさせん」
おかっぱ頭の構えた剣先に小さな火が灯る。
「この炎で焼き尽くしてやる。キィィ!」
「そんなことは許さない!」
言葉を返すと五人は横一列に並んだ。
「さあみんな、我々に力を貸してくれ!」
その台詞に客席から子どもたちの声援が湧き起こる。
「がんばれー、スマッシュレンジャー!」
黄色い声を背に五人は颯爽とポーズをとる。
「スマッシュアタぁぁっク!」
舞台上に閃光が瞬く。
「ぎやぁぁぁっ!!」
悲鳴と共に二人組の怪人は舞台袖へと消えた。
勝利を収めたヒーローは客席に向かって決めポーズを披露する。
歓声が更に大きくなった。
「お疲れ」
控室の床にどっかと腰を下ろす【いずモン】に【すさモン】が声をかける。
「ああ」
下を向いたまま【いずモン】が呟く。
「どうした?元気ないな」
【いずモン】は大きくため息をついた。
「オレ……この仕事やめようと思う」
「え!?なんでまた急に」
驚いた声で【すさモン】が問い返す。
【いずモン】は宙を睨んだまま語り始めた。
「オレたちは元々、出雲の危機を救うために考案された【ゆるキャラ】だった。スサノオさんたちの尽力でその危機は脱した。その後出雲のために尽くすようにと命も与えてもらった。でも問題はその後だ」
「それって最近のオレたちのことか?」
「ああ、そうだ。子どもたちも最初は喜んで近寄ってきてくれた。一緒に写真を撮り、サインもねだられた。離れると泣き出す子さえいた」
「今は近寄ると怖がって泣きだすからな」
昨今のゆるキャラブームの衰退に【いずモン】たちの人気も日に日に低下していた。
今ではあちこちのヒーローイベントに悪役として出演するしかなかった。
「こないだも歩いてたら石ぶつけられたよ」
そう言って【すさモン】は頭をさすった。
「とにかく自分の存在意義が分からなくなったんだ。子どもたちに夢を与えて、いい大人になってもらう。出雲を誇れる地にしてもらう。それがオレたちの使命だった筈だ。それが今じゃ嫌われるだけの毎日だ。こんなことのために生きてるんじゃない」
【いずモン】は悔しそうに言い放った。
「やれブサイクだの、悪人顔だのと言われるのはウンザリだ。オレはこのまま出て行くよ」
そう言って【いずモン】は立ち上がると出口に向かった。
「ち、ちょっと待てよ!オレはどうなるんだ。まだショーは残ってるんだぜ。なんて言やいいんだ?」
「どうせ人間はオレたちが着ぐるみだと思い込んでる。中の奴が体調壊して帰ったとでも言っておいてくれ」
「そ、そんな……待ってくれよ」
腰にしがみつく【すさモン】をひきずりながら外に出ると妙に騒がしかった。
数名の係員と若い女性、小学生らしき少女が何か叫びながら走り回っている。
若い女性の顔は真っ青で、少女は泣いていた。
【いずモン】は係員の一人をつかまえると何があったか尋ねた。
「あの女性のお子さんがいなくなったんです。ショーの休憩中にお姉さんとかくれんぼをしていたらしいんですが、どこにも見当たらなくて……」
係員はそう告げるとまた捜索に戻って行った。
「あの泣いてる子、お姉ちゃんだな。可哀想に……」
しんみり語る【すさモン】の横で【いずモン】は何か考え込んでいた。
「確かこの会場の裏手に大きな資材倉庫があったよな。スマッシュレンジャーの衣装や舞台セットも収納されてる」
「ああ、あった……てまさか!?」
【すさモン】は驚いたように【いずモン】を見上げた。
「でも普段は閉まってるから誰も入れない筈だぜ」
「とにかく行ってみよう」
そう言うと【いずモン】は腰に【すさモン】をぶら下げたまま歩きだした。
倉庫は開いていた。
どうやら係員が施錠し忘れたらしい。
中は真っ暗だ。
「行くぞ」
剣先の火を頼りに二人は中に入った。
左右には棚が並び、床にも箱が積まれている。
入り組んだ通路はまるで迷路だった。
「おーい。誰かいるかぁ?」
【いずモン】が叫ぶ。
奥の方からクスンという声が聴こえた。
二人は顔を見合わせると歩を速めた。
棚の陰に少女が一人、蹲っていた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
【いずモン】を見て少女は真っ青になった。
「い、いや……」
首を振りながら後退りする。
そりゃそうだ。
こんな暗闇で悪の化身に出くわしたら誰でも驚く。
「その……なんだ……何もしないよ」
「そうそう、何もしないよ」
【いずモン】の言葉に【すさモン】も追従する。
少女の目にはなお懐疑の色が浮かんでいる。
「こんな所で怖かったろう」
「そうそう、怖かったろう」
「助けてあげるから安心して」
「そうそう、安心して」
「おい、お前。インコみたいに繰り返してないで何か気の利いたこと言えよ」
【いずモン】がツッコむ。
「あなたたち……悪の化身じゃないの?」
恐る恐る少女が口を開く。
「うーん、確かに悪の化身なんだけど……オレたちはいい悪の化身なんだ。いや、悪なのに『いい』っていうのもおかしいか。そうなると『いい悪』と『わるい悪』の説明も必要だし……」
「何訳の分からんこと言ってんだ!」
二人のやり取りに少女はクスリと笑った。
どうやら少し気がほぐれたらしい。
「どうしてこんな所にいたんだい?」
【いずモン】が優しく尋ねる。
「お姉ちゃんとかくれんぼしてたの。この中がいいかなと思って入ったらスマッシュレンジャーのものがいっぱいあったの。見てたら真っ暗になって……」
「それで怖くなってじっとしてたんだ」
その言葉に少女は小さく頷いた。
ガチャン
その時、遠くで扉の閉まる音がした。
「おい、大変だ!出口が……」
慌てて戻る一行。
扉にたどり着くとすでに閉じられていた。
「おーいっ!誰かいないか!」
「中に人がいるんだ!あけてくれぇ!」
扉を叩き叫んだが反応は無かった。
恐らく気付いた係員が施錠したのだろう。
消灯した倉庫内に人がいるとは思わなかったようだ。
「閉じ込められた」
「ママぁっ!ママぁっ!」
再び少女が泣き出す。
「大丈夫だよ。お嬢ちゃん、名前は?」
【いずモン】は少女の前に跪くと優しく声をかけた。
「……うっ……チ……チハ……ル」
ひきつりながら話す少女の頭にそっと手を置く。
「チハルちゃんか。いい名だね。じゃあチハルちゃんにだけいい事を教えてあげよう」
おどけたようなその仕草に、少女の震えが次第におさまってきた。
「いい……こと?」
「そう。スマッシュレンジャーのことだ」
「え、なになに?」
大好きなヒーローの名を出され、途端に少女の眼が好奇心で輝く。
「スマッシュレンジャーとオレたちは本当は仲良しなんだ」
「ええ!ほんとう!?」
「エーっ!本当か!?」
【すさモン】もつられて叫ぶ。
「ああ、本当だよ」
「でも、いつも悪いことして倒されてるよ」
「あれはね、練習をしてるんだ」
「れん……しゅう?」
「ああ、練習。すごく強くて悪い奴が来た時にいつでも倒せるように鍛えてるんだ。オレたちもスマッシュレンジャーと同じ正義の味方なのさ」
「おいおい【いずモン】、いくら子どもでもそんな話通用する訳が……」
「うん。分かった」
少女が大きく頷く。
「いや、分かったんかい!?」
【すさモン】があきれたように肩をすくめる。
「だから泣くんじゃないよ。オレたちが必ず君をおうちに返してあげるからね」
少女の顔に笑みが戻る。
「さてと……ほんじゃ試してみるか」
【いずモン】は立ち上がると【すさモン】の方に向き直った。
「おい【すさモン】、悪いけどお前の火で俺の顔を燃やしてくれないか」
「…………!?」
言葉の意味が分からず【すさモン】は声を詰まらせた。
「いや、別に殺してくれと言ってるんじゃない。藁の部分を少し燻すだけでいいんだ」
「……な、なんでまた……何する気だ」
「いいから、早く」
「……分かったよ」
観念した【すさモン】は剣先を近付けた。
火は藁に燃え移り、たちまち【いずモン】の頭から黒煙が立ち上った。
「チハルちゃん、煙たいかもしれないけど少しだけ我慢してね」
少女が頷くのを確認してから、【いずモン】は暗闇の中を手探りで動き始めた。
暫くして突然倉庫内にけたたましい警報が鳴り響いた。
耳をつんざくその音に全員が飛び上がる。
「チハルちゃん、大丈夫だから。すぐに助けが来るからね。オレのそばから離れないで」
【いずモン】が少女を懸命に励ます。
少女は言われるまま【いずモン】にしがみ付いた。
やがて──
施錠の外れる音がした。
開かれた扉の先に係員と女性が立っていた。
「ママぁっ!」
少女は叫びながら女性のもとに駆け寄った。
「チハル!」
女性は娘の体をしっかりと抱きとめた。
その後──
「それにしてもあの暗い中、よく煙感知器があるって分かったな」
【すさモン】が不思議そうに声をかける。
「直感だよ……倉庫だからなんらかの火災感知器はついてると思った。そして広さからいって熱感知よりは感知精度の高い煙感知の方が可能性は高いと思ったんだ。それなら何かで煙を出せば警報が鳴って人がやって来る。だがやたらとそこらの物を燃やす訳にもいかない。だから一番リスクの小さい自分を燃やすことにしたんだ」
そう言って【いずモン】は、黒焦げになった頭を掻いた。
「へえ~。やるもんだね」
【すさモン】も感心したように頷く。
「いずモン!」
母親に抱きついていた少女が再び駆け寄ってきた。
「ありがとう……大好き!」
そう言って胸に飛び込む。
【いずモン】はあたふたしながら、それでもそっと少女の肩に手を置いた。
「ひみつ誰にも言わないから……バイバイ!」
そう言い残して手を振りながら去って行く。
ゆるキャラだから笑い顔はできない。
だが精一杯手を振り返すことはできる。
ブサイクでも、悪人顔でもいいさ……
胸の中に熱いものが込み上げてきた。
「やっと一人ファンができたな」
隣で【すさモン】がぽつりと呟く。
「一人いりゃ十分さ」
そう答えると、【いずモン】は胸を張って舞台へと歩き出した。
そして雲の上では──
「【いずモン】たち、どうにか持ち直したわね」
煌びやかな衣装を纏った美女が呟く。
「なんせ、あいつら俺の創り出した分身みたいなもんだからな。最後は踏ん張ってくれると思ったよ」
その横で大男が自慢そうに胸を張った。
「PR映画のおかげでやっと参拝者が戻ったと思ったら、今度は監視役のゆるキャラが拗ね出すとは思わなかったわ」
「あの時はオオクニヌシ役の俳優の好演が効いたんじゃて。主役だけ人間にやらせて正解じゃった」
美女の言葉に、白髭に覆われた小柄な爺さんがウインクする。
「私たちってホンモノの古代神ですけど、演技は初めてですもんね」
そう言って一見ギャル風の女子もカラカラと笑う。
「一時的に力を失ったわしらの苦肉の策じゃったが、願力も集まりこうして天上界にも戻って来れた。まだまだ人間も捨てたもんじゃ無いってことじゃて」
爺さんが髭を触りながらフォッフォッと笑う。
「でもきっとまた何か起こって人間界は混乱するんでしょうね。今回は新型ウイルスでしたけど……」
「ああ、たぶんな。さすがに俺たちも自然界の気まぐれまでは予見できんからな……」
顔を曇らせるギャルを見下ろしながら大男が言った。
「これまで人間は幾度も試練に遭い、そして幾度も乗り越えてきた。人間が己自身で道を切り開いた時もあれば、ワシらが手を貸した事もある。そうして心身ともに成長と進化を繰り返していくんじゃよ。人間とはそういうもんじゃ」
爺さんの言葉が雲の間に間に朗々と響き渡った。
皆、神妙な顔で黙り込む。
「まあ……」
やがて静寂を破るように美女が口を開いた。
「私たちと人間が協力しあえば、何とかなるんじゃない。次の危機も……その次の危機も」
美女……天照大神のその言葉に全員の表情が少しだけ緩む。
「確かに、そうだな」
「まったくじゃて」
「ホントホント」
賛同の言葉を口にしながら、その場の全員──須佐之男命、少彦名命、木俣神も大きく頷くのだった。
青空に勇ましい声が響き渡る。
赤や青で彩られた五人のヒーローが、今まさに悪を倒さんとしていた。
「オレ様の名は……」
しめ縄のような巨大な頭部にギョロ目の怪人が唸る。
「悪の化身、いずモン!」
「同じく、すさモン!」
隣に並んだおかっぱ頭に小さな剣を携えた怪人も続く。
「オレたちの世界征服の邪魔はさせん」
おかっぱ頭の構えた剣先に小さな火が灯る。
「この炎で焼き尽くしてやる。キィィ!」
「そんなことは許さない!」
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黄色い声を背に五人は颯爽とポーズをとる。
「スマッシュアタぁぁっク!」
舞台上に閃光が瞬く。
「ぎやぁぁぁっ!!」
悲鳴と共に二人組の怪人は舞台袖へと消えた。
勝利を収めたヒーローは客席に向かって決めポーズを披露する。
歓声が更に大きくなった。
「お疲れ」
控室の床にどっかと腰を下ろす【いずモン】に【すさモン】が声をかける。
「ああ」
下を向いたまま【いずモン】が呟く。
「どうした?元気ないな」
【いずモン】は大きくため息をついた。
「オレ……この仕事やめようと思う」
「え!?なんでまた急に」
驚いた声で【すさモン】が問い返す。
【いずモン】は宙を睨んだまま語り始めた。
「オレたちは元々、出雲の危機を救うために考案された【ゆるキャラ】だった。スサノオさんたちの尽力でその危機は脱した。その後出雲のために尽くすようにと命も与えてもらった。でも問題はその後だ」
「それって最近のオレたちのことか?」
「ああ、そうだ。子どもたちも最初は喜んで近寄ってきてくれた。一緒に写真を撮り、サインもねだられた。離れると泣き出す子さえいた」
「今は近寄ると怖がって泣きだすからな」
昨今のゆるキャラブームの衰退に【いずモン】たちの人気も日に日に低下していた。
今ではあちこちのヒーローイベントに悪役として出演するしかなかった。
「こないだも歩いてたら石ぶつけられたよ」
そう言って【すさモン】は頭をさすった。
「とにかく自分の存在意義が分からなくなったんだ。子どもたちに夢を与えて、いい大人になってもらう。出雲を誇れる地にしてもらう。それがオレたちの使命だった筈だ。それが今じゃ嫌われるだけの毎日だ。こんなことのために生きてるんじゃない」
【いずモン】は悔しそうに言い放った。
「やれブサイクだの、悪人顔だのと言われるのはウンザリだ。オレはこのまま出て行くよ」
そう言って【いずモン】は立ち上がると出口に向かった。
「ち、ちょっと待てよ!オレはどうなるんだ。まだショーは残ってるんだぜ。なんて言やいいんだ?」
「どうせ人間はオレたちが着ぐるみだと思い込んでる。中の奴が体調壊して帰ったとでも言っておいてくれ」
「そ、そんな……待ってくれよ」
腰にしがみつく【すさモン】をひきずりながら外に出ると妙に騒がしかった。
数名の係員と若い女性、小学生らしき少女が何か叫びながら走り回っている。
若い女性の顔は真っ青で、少女は泣いていた。
【いずモン】は係員の一人をつかまえると何があったか尋ねた。
「あの女性のお子さんがいなくなったんです。ショーの休憩中にお姉さんとかくれんぼをしていたらしいんですが、どこにも見当たらなくて……」
係員はそう告げるとまた捜索に戻って行った。
「あの泣いてる子、お姉ちゃんだな。可哀想に……」
しんみり語る【すさモン】の横で【いずモン】は何か考え込んでいた。
「確かこの会場の裏手に大きな資材倉庫があったよな。スマッシュレンジャーの衣装や舞台セットも収納されてる」
「ああ、あった……てまさか!?」
【すさモン】は驚いたように【いずモン】を見上げた。
「でも普段は閉まってるから誰も入れない筈だぜ」
「とにかく行ってみよう」
そう言うと【いずモン】は腰に【すさモン】をぶら下げたまま歩きだした。
倉庫は開いていた。
どうやら係員が施錠し忘れたらしい。
中は真っ暗だ。
「行くぞ」
剣先の火を頼りに二人は中に入った。
左右には棚が並び、床にも箱が積まれている。
入り組んだ通路はまるで迷路だった。
「おーい。誰かいるかぁ?」
【いずモン】が叫ぶ。
奥の方からクスンという声が聴こえた。
二人は顔を見合わせると歩を速めた。
棚の陰に少女が一人、蹲っていた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
【いずモン】を見て少女は真っ青になった。
「い、いや……」
首を振りながら後退りする。
そりゃそうだ。
こんな暗闇で悪の化身に出くわしたら誰でも驚く。
「その……なんだ……何もしないよ」
「そうそう、何もしないよ」
【いずモン】の言葉に【すさモン】も追従する。
少女の目にはなお懐疑の色が浮かんでいる。
「こんな所で怖かったろう」
「そうそう、怖かったろう」
「助けてあげるから安心して」
「そうそう、安心して」
「おい、お前。インコみたいに繰り返してないで何か気の利いたこと言えよ」
【いずモン】がツッコむ。
「あなたたち……悪の化身じゃないの?」
恐る恐る少女が口を開く。
「うーん、確かに悪の化身なんだけど……オレたちはいい悪の化身なんだ。いや、悪なのに『いい』っていうのもおかしいか。そうなると『いい悪』と『わるい悪』の説明も必要だし……」
「何訳の分からんこと言ってんだ!」
二人のやり取りに少女はクスリと笑った。
どうやら少し気がほぐれたらしい。
「どうしてこんな所にいたんだい?」
【いずモン】が優しく尋ねる。
「お姉ちゃんとかくれんぼしてたの。この中がいいかなと思って入ったらスマッシュレンジャーのものがいっぱいあったの。見てたら真っ暗になって……」
「それで怖くなってじっとしてたんだ」
その言葉に少女は小さく頷いた。
ガチャン
その時、遠くで扉の閉まる音がした。
「おい、大変だ!出口が……」
慌てて戻る一行。
扉にたどり着くとすでに閉じられていた。
「おーいっ!誰かいないか!」
「中に人がいるんだ!あけてくれぇ!」
扉を叩き叫んだが反応は無かった。
恐らく気付いた係員が施錠したのだろう。
消灯した倉庫内に人がいるとは思わなかったようだ。
「閉じ込められた」
「ママぁっ!ママぁっ!」
再び少女が泣き出す。
「大丈夫だよ。お嬢ちゃん、名前は?」
【いずモン】は少女の前に跪くと優しく声をかけた。
「……うっ……チ……チハ……ル」
ひきつりながら話す少女の頭にそっと手を置く。
「チハルちゃんか。いい名だね。じゃあチハルちゃんにだけいい事を教えてあげよう」
おどけたようなその仕草に、少女の震えが次第におさまってきた。
「いい……こと?」
「そう。スマッシュレンジャーのことだ」
「え、なになに?」
大好きなヒーローの名を出され、途端に少女の眼が好奇心で輝く。
「スマッシュレンジャーとオレたちは本当は仲良しなんだ」
「ええ!ほんとう!?」
「エーっ!本当か!?」
【すさモン】もつられて叫ぶ。
「ああ、本当だよ」
「でも、いつも悪いことして倒されてるよ」
「あれはね、練習をしてるんだ」
「れん……しゅう?」
「ああ、練習。すごく強くて悪い奴が来た時にいつでも倒せるように鍛えてるんだ。オレたちもスマッシュレンジャーと同じ正義の味方なのさ」
「おいおい【いずモン】、いくら子どもでもそんな話通用する訳が……」
「うん。分かった」
少女が大きく頷く。
「いや、分かったんかい!?」
【すさモン】があきれたように肩をすくめる。
「だから泣くんじゃないよ。オレたちが必ず君をおうちに返してあげるからね」
少女の顔に笑みが戻る。
「さてと……ほんじゃ試してみるか」
【いずモン】は立ち上がると【すさモン】の方に向き直った。
「おい【すさモン】、悪いけどお前の火で俺の顔を燃やしてくれないか」
「…………!?」
言葉の意味が分からず【すさモン】は声を詰まらせた。
「いや、別に殺してくれと言ってるんじゃない。藁の部分を少し燻すだけでいいんだ」
「……な、なんでまた……何する気だ」
「いいから、早く」
「……分かったよ」
観念した【すさモン】は剣先を近付けた。
火は藁に燃え移り、たちまち【いずモン】の頭から黒煙が立ち上った。
「チハルちゃん、煙たいかもしれないけど少しだけ我慢してね」
少女が頷くのを確認してから、【いずモン】は暗闇の中を手探りで動き始めた。
暫くして突然倉庫内にけたたましい警報が鳴り響いた。
耳をつんざくその音に全員が飛び上がる。
「チハルちゃん、大丈夫だから。すぐに助けが来るからね。オレのそばから離れないで」
【いずモン】が少女を懸命に励ます。
少女は言われるまま【いずモン】にしがみ付いた。
やがて──
施錠の外れる音がした。
開かれた扉の先に係員と女性が立っていた。
「ママぁっ!」
少女は叫びながら女性のもとに駆け寄った。
「チハル!」
女性は娘の体をしっかりと抱きとめた。
その後──
「それにしてもあの暗い中、よく煙感知器があるって分かったな」
【すさモン】が不思議そうに声をかける。
「直感だよ……倉庫だからなんらかの火災感知器はついてると思った。そして広さからいって熱感知よりは感知精度の高い煙感知の方が可能性は高いと思ったんだ。それなら何かで煙を出せば警報が鳴って人がやって来る。だがやたらとそこらの物を燃やす訳にもいかない。だから一番リスクの小さい自分を燃やすことにしたんだ」
そう言って【いずモン】は、黒焦げになった頭を掻いた。
「へえ~。やるもんだね」
【すさモン】も感心したように頷く。
「いずモン!」
母親に抱きついていた少女が再び駆け寄ってきた。
「ありがとう……大好き!」
そう言って胸に飛び込む。
【いずモン】はあたふたしながら、それでもそっと少女の肩に手を置いた。
「ひみつ誰にも言わないから……バイバイ!」
そう言い残して手を振りながら去って行く。
ゆるキャラだから笑い顔はできない。
だが精一杯手を振り返すことはできる。
ブサイクでも、悪人顔でもいいさ……
胸の中に熱いものが込み上げてきた。
「やっと一人ファンができたな」
隣で【すさモン】がぽつりと呟く。
「一人いりゃ十分さ」
そう答えると、【いずモン】は胸を張って舞台へと歩き出した。
そして雲の上では──
「【いずモン】たち、どうにか持ち直したわね」
煌びやかな衣装を纏った美女が呟く。
「なんせ、あいつら俺の創り出した分身みたいなもんだからな。最後は踏ん張ってくれると思ったよ」
その横で大男が自慢そうに胸を張った。
「PR映画のおかげでやっと参拝者が戻ったと思ったら、今度は監視役のゆるキャラが拗ね出すとは思わなかったわ」
「あの時はオオクニヌシ役の俳優の好演が効いたんじゃて。主役だけ人間にやらせて正解じゃった」
美女の言葉に、白髭に覆われた小柄な爺さんがウインクする。
「私たちってホンモノの古代神ですけど、演技は初めてですもんね」
そう言って一見ギャル風の女子もカラカラと笑う。
「一時的に力を失ったわしらの苦肉の策じゃったが、願力も集まりこうして天上界にも戻って来れた。まだまだ人間も捨てたもんじゃ無いってことじゃて」
爺さんが髭を触りながらフォッフォッと笑う。
「でもきっとまた何か起こって人間界は混乱するんでしょうね。今回は新型ウイルスでしたけど……」
「ああ、たぶんな。さすがに俺たちも自然界の気まぐれまでは予見できんからな……」
顔を曇らせるギャルを見下ろしながら大男が言った。
「これまで人間は幾度も試練に遭い、そして幾度も乗り越えてきた。人間が己自身で道を切り開いた時もあれば、ワシらが手を貸した事もある。そうして心身ともに成長と進化を繰り返していくんじゃよ。人間とはそういうもんじゃ」
爺さんの言葉が雲の間に間に朗々と響き渡った。
皆、神妙な顔で黙り込む。
「まあ……」
やがて静寂を破るように美女が口を開いた。
「私たちと人間が協力しあえば、何とかなるんじゃない。次の危機も……その次の危機も」
美女……天照大神のその言葉に全員の表情が少しだけ緩む。
「確かに、そうだな」
「まったくじゃて」
「ホントホント」
賛同の言葉を口にしながら、その場の全員──須佐之男命、少彦名命、木俣神も大きく頷くのだった。
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