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異変が起こったのはその数日後だった。
遊び疲れて眠ったティレルがいつまで経っても目を覚まさない。
不審に思ったカイロウが彼女の体を触ると高熱を出していた。
(何か冷やすものはないか……!)
小屋の中には干し草を集めて作ったベッドと粗末な食器くらいしかない。
食べ物を容れる箱はあるが、腐敗を避けるため数日分の果実しか入っていなかった。
「すぐに戻って来るからな!」
カイロウは近くの川に走った。
持っていた小さなゴム製の袋を水のう代わりにする。
急いで小屋に戻り、仰向けに寝かせたティレルの額にそれをあてがう。
「大丈夫だぞ。ちょっと遊び疲れて熱が出ただけだ。すぐに治る」
それから彼は新鮮な果実を細かく砕き、水と混ぜ合わせて即席の流動食を作った。
高熱に浮かされている彼女はなかなか食べようとしなかった。
カイロウは仲間に助けを求めることにした。
彼らはここで10年、20年と時を過ごしている。
言葉は通じなくても娘の様子を見せれば手を打ってくれるハズだ。
外に飛び出した彼は近くの小屋に駆け込んだ。
「頼む、手を貸してくれ! 娘が熱を出したんだ!」
もちろん伝わるハズがない。
難しい単語も構文もまだ教えていないのだ。
しかし身振り手振りがある。
それでもダメなら無理やり手を引いて娘の元に連れていけばいい。
そう思っていた彼だが、言葉が通じないのには別の理由があることに気付いた。
ここは2組の男女が住んでいる大きめのあばら家だったが、入ってすぐのところに男が倒れていた。
うつ伏せになった彼は右腕を前に伸ばしている。
「おい、きみ! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、その手をとる。
冷たくなっていた。
脈も止まっている。
どうやら外に出ようとして力尽きたようだ。
(どうなっているんだ……)
他に人はいないかと中を調べるが誰もいない。
小屋の裏手に回ると女がうずくまっていた。
「どうしたというんだ? いったい何があったんだ?」
女はカイロウの姿を認めると自分の喉元を激しくかきむしった。
何度もそうしたらしい傷痕が白い皮膚に幾筋も走っている。
「喉が痛いのか? よし、待ってろ」
小屋に戻り、手桶を持ち出す。
これもカイロウが作ったものだ。
彼らは喉が渇けばその度に泉や川に行く生活をしていたから、水を持ち運ぶという発想がなかったらしい。
粗末な作りなので隙間からいくらか水が漏れてしまうが、女の元へは充分な量を届けられる。
川から戻ってきた彼は手桶に半分ほどになった水を飲ませようとした。
だが手遅れだった。
彼女は喉に爪を立てたまま事切れていた。
(病気なのか……?)
ためしにと女の額に手を当てる。
やはり高熱を発していた。
普段から裸でいるから風邪をひいたのでは――。
そう思った彼だがすぐにその考えを否定する。
それならとっくにそうなっていただろうし、風邪にしては症状が重すぎる。
周囲には人の気配はない。
この時間なら水を飲みに行く人や、走り回っている子どもの姿があるハズだ。
声どころか足音ひとつしない。
恐ろしくなった彼はあちこちの戸を叩いて回った。
誰でもいい。
この状況下、一緒に行動してくれる人が現れればと。
何軒目かの小屋を訪ねたとき、そっと戸を開けて出迎えた者がいた。
10歳くらいの男の子だ。
(ティレルとよく遊んでいる子だな)
ここには数人の子どもがいるが、彼のことは最も強く印象に残っていた。
利口そうな顔立ちで、実際に言葉の習得も早く、少し教えるだけで道具も器用に使いこなす。
「きみは大丈夫か? どこか痛むところはないか?」
まだ会話ができるレベルには達していないので、体のあちこちを差して異常がないかを確かめる。
「あ……あたま、いたい……」
男の子はこめかみの辺りを押さえた。
(この子もか……)
カイロウは中を覗いた。
予想はしていたがベッドに女が倒れている。
箱庭では家族の概念がなく、老若男女がその日その時で好きな小屋を利用している。
ただ本能的に弱者を守ろうという意識が働いているらしく、子どもがいる小屋には必ず大人もいた。
「ついてきてくれ」
ティレルのことが心配になったカイロウは、彼を連れて戻った。
仲の良い友だちの姿を見れば、少しは元気になるかもしれないという期待があった。
その効果を抜きにしても、頭痛を訴えている子どもを放っておくワケにはいかない。
遊び疲れて眠ったティレルがいつまで経っても目を覚まさない。
不審に思ったカイロウが彼女の体を触ると高熱を出していた。
(何か冷やすものはないか……!)
小屋の中には干し草を集めて作ったベッドと粗末な食器くらいしかない。
食べ物を容れる箱はあるが、腐敗を避けるため数日分の果実しか入っていなかった。
「すぐに戻って来るからな!」
カイロウは近くの川に走った。
持っていた小さなゴム製の袋を水のう代わりにする。
急いで小屋に戻り、仰向けに寝かせたティレルの額にそれをあてがう。
「大丈夫だぞ。ちょっと遊び疲れて熱が出ただけだ。すぐに治る」
それから彼は新鮮な果実を細かく砕き、水と混ぜ合わせて即席の流動食を作った。
高熱に浮かされている彼女はなかなか食べようとしなかった。
カイロウは仲間に助けを求めることにした。
彼らはここで10年、20年と時を過ごしている。
言葉は通じなくても娘の様子を見せれば手を打ってくれるハズだ。
外に飛び出した彼は近くの小屋に駆け込んだ。
「頼む、手を貸してくれ! 娘が熱を出したんだ!」
もちろん伝わるハズがない。
難しい単語も構文もまだ教えていないのだ。
しかし身振り手振りがある。
それでもダメなら無理やり手を引いて娘の元に連れていけばいい。
そう思っていた彼だが、言葉が通じないのには別の理由があることに気付いた。
ここは2組の男女が住んでいる大きめのあばら家だったが、入ってすぐのところに男が倒れていた。
うつ伏せになった彼は右腕を前に伸ばしている。
「おい、きみ! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、その手をとる。
冷たくなっていた。
脈も止まっている。
どうやら外に出ようとして力尽きたようだ。
(どうなっているんだ……)
他に人はいないかと中を調べるが誰もいない。
小屋の裏手に回ると女がうずくまっていた。
「どうしたというんだ? いったい何があったんだ?」
女はカイロウの姿を認めると自分の喉元を激しくかきむしった。
何度もそうしたらしい傷痕が白い皮膚に幾筋も走っている。
「喉が痛いのか? よし、待ってろ」
小屋に戻り、手桶を持ち出す。
これもカイロウが作ったものだ。
彼らは喉が渇けばその度に泉や川に行く生活をしていたから、水を持ち運ぶという発想がなかったらしい。
粗末な作りなので隙間からいくらか水が漏れてしまうが、女の元へは充分な量を届けられる。
川から戻ってきた彼は手桶に半分ほどになった水を飲ませようとした。
だが手遅れだった。
彼女は喉に爪を立てたまま事切れていた。
(病気なのか……?)
ためしにと女の額に手を当てる。
やはり高熱を発していた。
普段から裸でいるから風邪をひいたのでは――。
そう思った彼だがすぐにその考えを否定する。
それならとっくにそうなっていただろうし、風邪にしては症状が重すぎる。
周囲には人の気配はない。
この時間なら水を飲みに行く人や、走り回っている子どもの姿があるハズだ。
声どころか足音ひとつしない。
恐ろしくなった彼はあちこちの戸を叩いて回った。
誰でもいい。
この状況下、一緒に行動してくれる人が現れればと。
何軒目かの小屋を訪ねたとき、そっと戸を開けて出迎えた者がいた。
10歳くらいの男の子だ。
(ティレルとよく遊んでいる子だな)
ここには数人の子どもがいるが、彼のことは最も強く印象に残っていた。
利口そうな顔立ちで、実際に言葉の習得も早く、少し教えるだけで道具も器用に使いこなす。
「きみは大丈夫か? どこか痛むところはないか?」
まだ会話ができるレベルには達していないので、体のあちこちを差して異常がないかを確かめる。
「あ……あたま、いたい……」
男の子はこめかみの辺りを押さえた。
(この子もか……)
カイロウは中を覗いた。
予想はしていたがベッドに女が倒れている。
箱庭では家族の概念がなく、老若男女がその日その時で好きな小屋を利用している。
ただ本能的に弱者を守ろうという意識が働いているらしく、子どもがいる小屋には必ず大人もいた。
「ついてきてくれ」
ティレルのことが心配になったカイロウは、彼を連れて戻った。
仲の良い友だちの姿を見れば、少しは元気になるかもしれないという期待があった。
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