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17 オリジン-4-
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「リエ君、きみは――」
後が続かない。
やはり興味本位で彼女の古傷を抉るべきではない、という想いが働く。
「お前はテッド・カザルス――養父を殺害しているな」
だがオリジンは言わなくてもいいことを言った。
彼が聞きたかったこと、彼女が知られたくなかったことだ。
「ウソですよ! ありもしないことを言って私たちを混乱させようとしているんです!」
耳を貸すな、とリエは苛立った口調で言った。
「偽りではない。調理用ナイフを用いて養父の腹部を刺し、死に至らしめたという事実がある。
お前自身も取り調べの中で容疑を認めているではないか」
「ああ……」
リエは諦念した。
この短いやりとりの中、彼女は確信した。
オリジンと名乗るロボットは、自分についての全てを知っているのだと。
最初に出自について言い当てられた時から分かってはいたことだ。
本人でさえ旧姓を知ったのは成人してからだ。
それを難なく指摘されれば、それだけで蓄えているであろう知識の厖大さは推し量れる。
(彼女の様子……本当に……?)
気遣うようなカイロウの視線は、リエにとっては殺人者を蔑する冷たい目だ。
「ドクター……」
水分を失った喉はまともな発声を許してくれない。
(あなたには信じられないことでしょうね……娘が親を殺すなんて――)
彼が生き別れた娘をどれほど大切に想っているかは分かっている。
だからこそこの事実は伏せておきたかった。
しかし否定すべきは否定しておかなくてはならない。
「あれの言っていることは本当です。でも私が狙ったのは母のほうです」
これはカイロウのためのせめてもの告白だ。
彼が取り戻したいのは実娘であり、そもそも自分とは家庭環境が異なることを彼女は強調した。
「母にはさんざんに責められましたが、それに比べれば父はまだマシでしたから。我慢できなかったんです。
育ててもらった恩以上に虐げられてきましたからね。それを清算するためだと言い聞かせましたよ。止めに入った父に邪魔されましたけどね」
搾り出すように言う口調からは、しかし養父を殺害した後悔のようなものは感じられない。
ただひどく残念がるばかりだった。
「刑期を終えて出所した時、母はもう病気でした。手を下さなくてもじきに死ぬだろうと思ったので最期を看取ることにしたんです」
リエは挑むようにオリジンを見た。
おしゃべりなロボットが余計なことを言う前に、先手を打ってやったと勝ち誇る。
もう自分にはこれ以上の秘密はない。
知られたくない過去も、隠しておきたい傷も。
「そんなことがあったのか……」
彼はどんな顔をすればいいか分からなかった。
親不孝者と罵るワケにはいかず、といって彼女の凶行を称賛するのも正しいとは思えない。
「誰にも言わないつもりでしたが、こんなところで暴露されるとは思いませんでした」
この点についてだけは彼女はついて来たことを後悔した。
「その、なんと言っていいか――」
「お前は何者だ?」
どうにか言を紡ごうとしたところに、オリジンが問うた。
声調も音域も安定している。
精巧に作られた高圧的なロボット――。
彼が最初に抱いた印象はこうであった。
しかしどうやらタイミングよくムードを壊す機転も利くらしい。
おかげでリエにかける言葉に悩まされずに済む。
後が続かない。
やはり興味本位で彼女の古傷を抉るべきではない、という想いが働く。
「お前はテッド・カザルス――養父を殺害しているな」
だがオリジンは言わなくてもいいことを言った。
彼が聞きたかったこと、彼女が知られたくなかったことだ。
「ウソですよ! ありもしないことを言って私たちを混乱させようとしているんです!」
耳を貸すな、とリエは苛立った口調で言った。
「偽りではない。調理用ナイフを用いて養父の腹部を刺し、死に至らしめたという事実がある。
お前自身も取り調べの中で容疑を認めているではないか」
「ああ……」
リエは諦念した。
この短いやりとりの中、彼女は確信した。
オリジンと名乗るロボットは、自分についての全てを知っているのだと。
最初に出自について言い当てられた時から分かってはいたことだ。
本人でさえ旧姓を知ったのは成人してからだ。
それを難なく指摘されれば、それだけで蓄えているであろう知識の厖大さは推し量れる。
(彼女の様子……本当に……?)
気遣うようなカイロウの視線は、リエにとっては殺人者を蔑する冷たい目だ。
「ドクター……」
水分を失った喉はまともな発声を許してくれない。
(あなたには信じられないことでしょうね……娘が親を殺すなんて――)
彼が生き別れた娘をどれほど大切に想っているかは分かっている。
だからこそこの事実は伏せておきたかった。
しかし否定すべきは否定しておかなくてはならない。
「あれの言っていることは本当です。でも私が狙ったのは母のほうです」
これはカイロウのためのせめてもの告白だ。
彼が取り戻したいのは実娘であり、そもそも自分とは家庭環境が異なることを彼女は強調した。
「母にはさんざんに責められましたが、それに比べれば父はまだマシでしたから。我慢できなかったんです。
育ててもらった恩以上に虐げられてきましたからね。それを清算するためだと言い聞かせましたよ。止めに入った父に邪魔されましたけどね」
搾り出すように言う口調からは、しかし養父を殺害した後悔のようなものは感じられない。
ただひどく残念がるばかりだった。
「刑期を終えて出所した時、母はもう病気でした。手を下さなくてもじきに死ぬだろうと思ったので最期を看取ることにしたんです」
リエは挑むようにオリジンを見た。
おしゃべりなロボットが余計なことを言う前に、先手を打ってやったと勝ち誇る。
もう自分にはこれ以上の秘密はない。
知られたくない過去も、隠しておきたい傷も。
「そんなことがあったのか……」
彼はどんな顔をすればいいか分からなかった。
親不孝者と罵るワケにはいかず、といって彼女の凶行を称賛するのも正しいとは思えない。
「誰にも言わないつもりでしたが、こんなところで暴露されるとは思いませんでした」
この点についてだけは彼女はついて来たことを後悔した。
「その、なんと言っていいか――」
「お前は何者だ?」
どうにか言を紡ごうとしたところに、オリジンが問うた。
声調も音域も安定している。
精巧に作られた高圧的なロボット――。
彼が最初に抱いた印象はこうであった。
しかしどうやらタイミングよくムードを壊す機転も利くらしい。
おかげでリエにかける言葉に悩まされずに済む。
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