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17 オリジン-2-
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「私が技師として働いているのは知っているだろう?」
静寂に耐えかねたかリエに気を遣ってか、彼は自分の仕事について話しておくことにした。
「施術のことですか?」
「いや、ちがう。それとは別に依頼を受けて色々な部品を作っていたんだ。義肢だけでなく、車や船舶に使うような物もね」
「ええ、大体は。何を作っているかまでは知りませんでしたけど」
「その中である工場から請け負っていた仕事がある。注文者は政府。つまりは外注だな」
「ドクターのお手前なら引く手数多だったでしょうね」
「そうでもないぞ。信用してもらうまで時間がかかった。ところがある時、調達屋が銅板を拾ってきたんだ」
「……話が繋がりませんね?」
クジラを中心として世の中にどのような職業があり、どのように関わっているかについて彼女は疎かった。
施設で得られる報酬に不足はなかったから、他に目を向ける機会がなかったのだ。
「銅板はクジラから落ちてきたものだった。よく見ると私が作って依頼人に納めた部品だったんだ」
「つまりその部品は循環していると。政府からクジラに渡って地上に落ちてくる。それがまた別の製品の原料に使われるんですね」
「………………」
彼は何も言えなくなってしまった。
「どうかしましたか?」
しばらく待っていたリエは続きを急かすように問うた。
「ああ、いや、うん……もっと早くきみに相談しておけばよかったなと――それより重要なのは――」
有能な助手に恵まれて幸せだ、と褒めてから彼は続けた。
「さっきのロボットに――私が作ったパーツが使われていたんだ」
さあ驚けと言わんばかりにカイロウは振り返った。
聡明なリエもこれには動揺するにちがいないと。
しかし彼女は特別な反応を示さない。
動じていないというより、話が見えていない様子だった。
「リエ君……?」
「あ、すみません。突然の話だったものですから……」
数秒かけてようやく理解が追いついた。
そうするとひとつの疑問が浮かぶ。
「ドクターはそのことをご存じだったのですか?」
「知ったのはさっきだよ。納めた部品が何に使われるかは秘密だった」
分かっていたら協力しなかったのに、と彼は悔恨した。
「単純に悪者とは言い切れませんよ」
しかしここでもリエは異なる考えをぶつけた。
「見ているとあれらは番人や管理人の役をしているように思えるんです。いわばクジラ全体を動かしているスタッフのような――」
「つまりクジラの手下だろう。忌々しい話だ」
将来ロボットの一部になるパーツを作っていたとなれば、間接的にクジラに貢献したことになる。
調達屋への支払いのため、飛行機の製造のために金が必要だったが、それを得る手段がこのような結果を招くという皮肉には。
彼はどんな顔をして感情の波をやり過ごせばいいか分からなかった。
「そういう見方もできますけど、連れてきた赤ん坊の世話をしていたのもあのロボットかもしれません」
これなら彼らが言葉を知らない理由にもなる、と彼女は言った。
カイロウはそれには何も返さなかった。
そこまで好意的に解釈してやる余裕は彼にはない。
クジラや政府に加担してしまったことへの腹立たしさのほうが強かった。
階段を登りきった先は広い通路になっていた。
左右には扉の類はなく、完全な一本道となっている。
「ヘンなところに出てきましたね。このまま進んでも大丈夫でしょうか」
「いざとなったらこれを使うさ。相手が人間じゃなきゃ気兼ねなく撃てる。きみは念のため、後ろに気を付けてくれ」
隠れられる場所はない。
2人はロボットが出てこないことを祈りながら通路を進んだ。
引き返すという手もあったが、わざわざこんな構造にしているのなら、奥に重要な何かがあるかもしれない。
カイロウはそう判断した。
その考えが正しいかどうかは、ほどなくして目の前に現れた重厚な扉を開ければ明らかになる。
「いや、私が開けよう」
壁のパネルに触れかけたリエを制する。
ここまで幾度となく危険に付き合わせてきた。
聡明な彼女が機転を利かせてくれたおかげで難所を逃れてきたが、カイロウにとってリエはあくまで助手だ。
常に自分が前に立たなければならないという責任感くらいはある。
振り返り、後方に異常がないのを確かめてからパネルに触れる。
扉は――開いた。
だがこれまでとちがい、レール部が錆びついているような金切り声をあげた。
まるでここだけが長いこと開閉されていなかったように、扉はゆっくりとスライドする。
静寂に耐えかねたかリエに気を遣ってか、彼は自分の仕事について話しておくことにした。
「施術のことですか?」
「いや、ちがう。それとは別に依頼を受けて色々な部品を作っていたんだ。義肢だけでなく、車や船舶に使うような物もね」
「ええ、大体は。何を作っているかまでは知りませんでしたけど」
「その中である工場から請け負っていた仕事がある。注文者は政府。つまりは外注だな」
「ドクターのお手前なら引く手数多だったでしょうね」
「そうでもないぞ。信用してもらうまで時間がかかった。ところがある時、調達屋が銅板を拾ってきたんだ」
「……話が繋がりませんね?」
クジラを中心として世の中にどのような職業があり、どのように関わっているかについて彼女は疎かった。
施設で得られる報酬に不足はなかったから、他に目を向ける機会がなかったのだ。
「銅板はクジラから落ちてきたものだった。よく見ると私が作って依頼人に納めた部品だったんだ」
「つまりその部品は循環していると。政府からクジラに渡って地上に落ちてくる。それがまた別の製品の原料に使われるんですね」
「………………」
彼は何も言えなくなってしまった。
「どうかしましたか?」
しばらく待っていたリエは続きを急かすように問うた。
「ああ、いや、うん……もっと早くきみに相談しておけばよかったなと――それより重要なのは――」
有能な助手に恵まれて幸せだ、と褒めてから彼は続けた。
「さっきのロボットに――私が作ったパーツが使われていたんだ」
さあ驚けと言わんばかりにカイロウは振り返った。
聡明なリエもこれには動揺するにちがいないと。
しかし彼女は特別な反応を示さない。
動じていないというより、話が見えていない様子だった。
「リエ君……?」
「あ、すみません。突然の話だったものですから……」
数秒かけてようやく理解が追いついた。
そうするとひとつの疑問が浮かぶ。
「ドクターはそのことをご存じだったのですか?」
「知ったのはさっきだよ。納めた部品が何に使われるかは秘密だった」
分かっていたら協力しなかったのに、と彼は悔恨した。
「単純に悪者とは言い切れませんよ」
しかしここでもリエは異なる考えをぶつけた。
「見ているとあれらは番人や管理人の役をしているように思えるんです。いわばクジラ全体を動かしているスタッフのような――」
「つまりクジラの手下だろう。忌々しい話だ」
将来ロボットの一部になるパーツを作っていたとなれば、間接的にクジラに貢献したことになる。
調達屋への支払いのため、飛行機の製造のために金が必要だったが、それを得る手段がこのような結果を招くという皮肉には。
彼はどんな顔をして感情の波をやり過ごせばいいか分からなかった。
「そういう見方もできますけど、連れてきた赤ん坊の世話をしていたのもあのロボットかもしれません」
これなら彼らが言葉を知らない理由にもなる、と彼女は言った。
カイロウはそれには何も返さなかった。
そこまで好意的に解釈してやる余裕は彼にはない。
クジラや政府に加担してしまったことへの腹立たしさのほうが強かった。
階段を登りきった先は広い通路になっていた。
左右には扉の類はなく、完全な一本道となっている。
「ヘンなところに出てきましたね。このまま進んでも大丈夫でしょうか」
「いざとなったらこれを使うさ。相手が人間じゃなきゃ気兼ねなく撃てる。きみは念のため、後ろに気を付けてくれ」
隠れられる場所はない。
2人はロボットが出てこないことを祈りながら通路を進んだ。
引き返すという手もあったが、わざわざこんな構造にしているのなら、奥に重要な何かがあるかもしれない。
カイロウはそう判断した。
その考えが正しいかどうかは、ほどなくして目の前に現れた重厚な扉を開ければ明らかになる。
「いや、私が開けよう」
壁のパネルに触れかけたリエを制する。
ここまで幾度となく危険に付き合わせてきた。
聡明な彼女が機転を利かせてくれたおかげで難所を逃れてきたが、カイロウにとってリエはあくまで助手だ。
常に自分が前に立たなければならないという責任感くらいはある。
振り返り、後方に異常がないのを確かめてからパネルに触れる。
扉は――開いた。
だがこれまでとちがい、レール部が錆びついているような金切り声をあげた。
まるでここだけが長いこと開閉されていなかったように、扉はゆっくりとスライドする。
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