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16 楽園-2-
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一歩外に出れば、お祭り騒ぎはここまで聞こえてくる。
裏手にクジラ教の集会所があり、この地域の信者は今夜、そこに集まっているハズだ。
周辺には幟やら旗やらが無数に立っていた。
クジラを称えようという文言が風になぶられて揺れている。
どうやらこの辺りの住民も入信したようである。
坂を下りると小さな商店街ができていた。
簡易のテントやテーブルを並べ、雑貨屋やフードショップが場所を奪い合うようにひしめいている。
「そこの兄さん、ちょっと見ていっておくれよ!」
たまたま目が合った店主に呼び止められる。
ショーケースには子どもが作った粘土細工のようなアクセサリーが展示されていた。
「クジラ教公認の開運グッズだよ。持っていればクジラ様の御利益があるよ」
色も形も不揃いの、言われなければクジラと分からない出来損ないだ。
こんなものが教団公認であるハズがない。
ダージは無視してさらに坂を下った。
普段は通行人もまばらな夜の通りは、人と音と光でごった返している。
音楽をかけて踊りに興じる者もいれば、手当たり次第に声をかけて怪しいビジネスに誘う輩もいる。
いったいこの中のどれだけがクジラのことを真剣に考えているのか。
彼は悩んでいることが腹立たしく思えてきた。
「へえ、あんたもこういうのに参加するんだね」
嫌味っぽく言う声に振り返るとネメアがいた。
「偶然通りかかっただけさ。オレはここいらの連中とはちがうんだ。そっちは?」
「あたしは周辺の警備さ。ヘンなことをしてる奴がいたら縛ってくれってね。クジラ教は報酬をはずんでくれるのよ」
「雇い主は教団か。オレも調達屋を辞めてそっちに移ろうかな」
「あんたにはこの仕事は務まらないよ。それに調達屋のほうが実入りは良いんじゃないのかい? 上得意がいるみたいだし」
「まあ、な」
カイロウが連行された、と打ち明けるワケにもいかず言葉を濁す。
(もしネメアが知ったらどう思うだろうな……)
ボディガードは守秘義務に関してはことのほか厳しい。
彼女たち自身の信用もあるし、依頼主やその周囲の生命もかかっているからだ。
もしかしたらたとえ家族を盾に取られても、秘密を守り通すかもしれない。
「――そうだな。やっぱりオレは調達屋のほうが向いてる」
口の堅い彼女を見て、彼は思い出した。
(オレは身軽だが、口も軽いんだった――)
改めてそう自覚すると、周囲のうるささはあまり気にならなくなった。
どうせこの喧噪も今夜限り。
明日になれば浮かれていたことも忘れて、これまでと変わらない毎日を送るだろう。
彼は信者ではないからそう思うことができた。
カイロウにあれこれ頼まれたおかげで、この2人は知っている。
今夜、クジラがこの近くを泳がないことを。
そして調達屋であれば。
その業の者と行動を共にするボディガードであれば。
クジラが雨以外の恩恵をもたらさないことも知っている。
皆して大教祖に踊らされているのだ。
「あの3人組、ちょっと怪しいわね……」
テントの陰を睨みながら彼女は呟いた。
いかつい風貌の男だちがこそこそと何かをやっている。
「ドラッグの取引でもしてるのかも。ちょっと様子を見てくるわ」
「オレも手を貸そうか。いくら腕っ節に自信があるといっても向こうは3人だぞ」
「平気よ。無線で応援を呼ぶから」
たくましい女だ、とダージは思った。
「じゃあ、オレは適当にぶらついてくるよ」
彼女の仕事の邪魔をしては悪い。
自然なふうを装ってその場を離れた彼だが、万が一を考えてネメアの様子を見ていた。
どうやら本当に違法薬物の密売が行なわれていたようで、彼女と男たちの間で小競り合いが起こる。
ついには殴り合いの暴行事件にまで発展したが、応援が駆けつけた時には男たちは既に伸びていた。
通報を受けた警官によって3人は連行され、取引の場を提供していたと思しき露天商の店主も尋問を受けることとなった。
これだけの騒動になったというのに見物人はほとんどいない。
むしろ密売を咎めるのは野暮と言わんばかりに、彼らはそれぞれの方法で祭りに浮かれていた。
(この様子じゃクジラ様に不敬だとか理由をつけて全員捕まるんじゃないか?)
政府の強権的なやり口を見ればあり得ないことではない。
ネメアの奮闘ぶりに溜飲を下げたダージは、人混みに紛れて自宅に戻ることにした。
裏手にクジラ教の集会所があり、この地域の信者は今夜、そこに集まっているハズだ。
周辺には幟やら旗やらが無数に立っていた。
クジラを称えようという文言が風になぶられて揺れている。
どうやらこの辺りの住民も入信したようである。
坂を下りると小さな商店街ができていた。
簡易のテントやテーブルを並べ、雑貨屋やフードショップが場所を奪い合うようにひしめいている。
「そこの兄さん、ちょっと見ていっておくれよ!」
たまたま目が合った店主に呼び止められる。
ショーケースには子どもが作った粘土細工のようなアクセサリーが展示されていた。
「クジラ教公認の開運グッズだよ。持っていればクジラ様の御利益があるよ」
色も形も不揃いの、言われなければクジラと分からない出来損ないだ。
こんなものが教団公認であるハズがない。
ダージは無視してさらに坂を下った。
普段は通行人もまばらな夜の通りは、人と音と光でごった返している。
音楽をかけて踊りに興じる者もいれば、手当たり次第に声をかけて怪しいビジネスに誘う輩もいる。
いったいこの中のどれだけがクジラのことを真剣に考えているのか。
彼は悩んでいることが腹立たしく思えてきた。
「へえ、あんたもこういうのに参加するんだね」
嫌味っぽく言う声に振り返るとネメアがいた。
「偶然通りかかっただけさ。オレはここいらの連中とはちがうんだ。そっちは?」
「あたしは周辺の警備さ。ヘンなことをしてる奴がいたら縛ってくれってね。クジラ教は報酬をはずんでくれるのよ」
「雇い主は教団か。オレも調達屋を辞めてそっちに移ろうかな」
「あんたにはこの仕事は務まらないよ。それに調達屋のほうが実入りは良いんじゃないのかい? 上得意がいるみたいだし」
「まあ、な」
カイロウが連行された、と打ち明けるワケにもいかず言葉を濁す。
(もしネメアが知ったらどう思うだろうな……)
ボディガードは守秘義務に関してはことのほか厳しい。
彼女たち自身の信用もあるし、依頼主やその周囲の生命もかかっているからだ。
もしかしたらたとえ家族を盾に取られても、秘密を守り通すかもしれない。
「――そうだな。やっぱりオレは調達屋のほうが向いてる」
口の堅い彼女を見て、彼は思い出した。
(オレは身軽だが、口も軽いんだった――)
改めてそう自覚すると、周囲のうるささはあまり気にならなくなった。
どうせこの喧噪も今夜限り。
明日になれば浮かれていたことも忘れて、これまでと変わらない毎日を送るだろう。
彼は信者ではないからそう思うことができた。
カイロウにあれこれ頼まれたおかげで、この2人は知っている。
今夜、クジラがこの近くを泳がないことを。
そして調達屋であれば。
その業の者と行動を共にするボディガードであれば。
クジラが雨以外の恩恵をもたらさないことも知っている。
皆して大教祖に踊らされているのだ。
「あの3人組、ちょっと怪しいわね……」
テントの陰を睨みながら彼女は呟いた。
いかつい風貌の男だちがこそこそと何かをやっている。
「ドラッグの取引でもしてるのかも。ちょっと様子を見てくるわ」
「オレも手を貸そうか。いくら腕っ節に自信があるといっても向こうは3人だぞ」
「平気よ。無線で応援を呼ぶから」
たくましい女だ、とダージは思った。
「じゃあ、オレは適当にぶらついてくるよ」
彼女の仕事の邪魔をしては悪い。
自然なふうを装ってその場を離れた彼だが、万が一を考えてネメアの様子を見ていた。
どうやら本当に違法薬物の密売が行なわれていたようで、彼女と男たちの間で小競り合いが起こる。
ついには殴り合いの暴行事件にまで発展したが、応援が駆けつけた時には男たちは既に伸びていた。
通報を受けた警官によって3人は連行され、取引の場を提供していたと思しき露天商の店主も尋問を受けることとなった。
これだけの騒動になったというのに見物人はほとんどいない。
むしろ密売を咎めるのは野暮と言わんばかりに、彼らはそれぞれの方法で祭りに浮かれていた。
(この様子じゃクジラ様に不敬だとか理由をつけて全員捕まるんじゃないか?)
政府の強権的なやり口を見ればあり得ないことではない。
ネメアの奮闘ぶりに溜飲を下げたダージは、人混みに紛れて自宅に戻ることにした。
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