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15 翔破-4-

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 突然の振動にリエはあやうく舌を噛むところだった。

 多少ぐらつきながらも飛行機は飛び続けている。

「あの男はどうなった!?」

「車輪ごと――落ちたみたいです」

「しゃ、車輪ごとか……」

 その瞬間を見てはいないが、見なくて正解だったと彼女は思った。

 生きていたとはいえ、あの男を撥ねた事実は消えない。

 その上さらに落下するところを目撃してしまっては、忘れたくても一生忘れられない傷になりそうだ。

「気に病むことはないぞ。奴は政府の人間……人間と言っていいのかどうか分からないが――」

「ええ、分かっています」

「落ちたのは海だし、あのしぶとさなら――」

 死にはしないだろう、とカイロウは言った。

「そう願いたいですね……」

 彼女は考えないことにした。

 浜から離れると周囲はたちまち暗闇に包まれる。

 真下に広がっているハズの海も、上空からでは黒くはてしなく巨大な穴のように見えた。

 言うまでもなくテラの生死を確かめることは不可能だ。

「それより……真っ直ぐ飛ばなくなったことのほうが問題だ……」

 カイロウは頭を抱えていた。

「そんな冗談を――」

 ――彼が言うハズがない。

 灯台にぶつけた際に翼の一部を損傷したか、機体はわずかに右に傾いていた。

 幸い燃料が漏れている様子はなく、高度も維持できている。

「方舟が降りてくるのは……6分後です。一度どこかに降りて、方舟がクジラに戻るタイミングに合わせてはどうですか?」

「いや、ダメだ。都合よく着地できる場所が見つかるとは思えないし、もう一度飛べる保証もない。このまま待機する!」

「飛び続けるんですか!?」

「ああ、そうだ! 海上なら目立たないし、何かに衝突する危険もないからね!」

 彼は言うが、暗闇を飛び続けるのも精神には悪い。

 わずかな月明かりのおかげでかろうじて上下が確認できる程度の視界だ。

 もしあの光源が雲に覆われでもすれば、気付かぬうちに高度が下がり、着水してしまう恐れがある。

「ならせめて水平に飛んでくれませんか!?」

 彼女にしては珍しく強い口調での要望だった。

 しかも内容も具体的であったから、

「何か考えがあるのかい?」

 カイロウは助手のアドバイスに頼ろうとした。

 だが返ってきたのは、

「機首を上げ下げするたびにお尻が痛いんです!」

 批難がましい目を向ける彼女の悲痛な訴えだった。

 彼はそれを聞かなかったことにした。

 今のところは月明かりと、信頼性に欠けるが一応は高度計がある。

 平衡感覚さえ失わなければ着水の危険は低いハズだ。

「いいですよ、ドクター。そのまま水平でお願いします」

 この豪胆な助手は真っ暗な海上を飛ぶ恐怖よりも、コックピットの居住性の劣悪さに敏感なようだ。

 しばらく飛行していると、アテにしていた光源がふっと消失した。

 雲ではない。

 クジラだ。

 巨体が機体と月の間に割り込んできたのだ。

「ドクター、見えました! 左です!」

 リエが指差した先を見ると、空にぽっかりと空いた穴から吐き出された楕円状の小舟が飛んでいた。

 見えない糸に引っ張られるように、白色とも銀色ともつかないそれは海の向こうに消えた。

「予定どおりだな。対岸の集積所で荷物を積み込むつもりだ」

 カイロウは操縦桿をぐっと握りしめた。

 方舟が再び浮上したらそれに追従し、クジラに乗り込む算段だ。

 チャンスは一度きり。

 失敗は許されない。

 カイロウは気付かれぬよう、低空を維持して集積所に近づいた。

 国が管理している施設はたいてい高い壁に囲われている。

 そのため2人からは集積所内の様子は窺い知れない。

 ここからはダージやネメアから得た情報が頼りになる。

 操縦に集中しつつも時計からは目を離さないようにし、方舟が浮上するタイミングを計る。

 壁の向こうに白い塊が動いた。

「これも……時間どおりだ」

 桿を握る手はじわりと汗ですべりそうになった。

 いよいよクジラに近づけるという昂揚感もあったが、それ以上に失敗してしまったらという恐れが強い。

 今回が駄目でも次は……というワケにはいかない。

 つまりこの潜入劇は命懸けのミッションだ。

 方舟がふわりと浮かび上がり、船首をクジラのいる方角へ向けた。

(焦るな……まだだ。あれがあの位置に来たら一気に……)

 方舟の飛行ルートも頭に入っている。

 彼は全てが計算のとおりに運ぶよう祈った。
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